会見の行われていたホールを走り抜け、反対側の廊下へ出る。誰もいない廊下を見ると、絨毯に染みが続いていた。
「こっちか?」
 廊下を走り抜けるティナ。背中にマシンガンのベルトが食い込む。廊下を曲がると、挙動不審な動きをするアンドロイドが数体、マネキンのように立っていたが、ティナを見るといきなり動き出した。普段はベッドメイキングや掃除ばかりしているようなメイド型アンドロイドが、ティナの命を狙っている。
「遅い!」
 ドドドドドド!
 ティナはマシンガンの弾をアンドロイドに撃ち込む。撃ちながら染みの方向へ走っていく。残骸となったアンドロイドが廊下に転がっていく。何かに操られているのは明らかだ。
「ひどいことになってる、くそっ!」
 廊下を抜け、階段へ出るティナ。階段の登り方向に向かって、液が落ちている。見たところ、上に続いている階段は屋上に出るようだ。階段の上には別のアンドロイドが立っている。後ろからは機械音を立てながら半壊したアンドロイドの群がにじりよってくる。立ち止まっている時間はないようだ。
「遊んで欲しいならかかってきな!」
 ティナはマシンガンを持ち上げ、階段上のアンドロイドに向けて発砲した。勢いで階段を上り、所々に立っているアンドロイドを銃弾でなぎ倒す。
 ガキンッ
 鋭い金属音と共にヘヴィマシンガンは作動を停止した。ボックスマガジンの中が空になっているのが隙間から見える。
「150発入ってたのに、もうなくなったか…」
 熱くなった銃身に気をつけながら銃を持ち直し、階段を駆け上がるティナ。染みが最後の階段の途中でなくなり、半開きの屋上への扉が見える。
 バンッ!
 マシンガンを構え外に出る。外には、機銃を向けるモデルファイブと、フェンス際に座り込むアメリアがいた。モデルファイブは片腕が裂け、オイルが漏れ出すとともに、ジジジと放電音が聞こえる。アメリアとの距離はおよそ3メートル程度。この距離で銃を撃てば、よほどのことがない限り当たるだろう。
「そこまでよ。投降なさい」
 ヘヴィマシンガンの銃口がモデルファイブを狙う。モデルファイブはティナを一瞥し、目線をアメリアに戻した。
「邪魔をしないで。今いいところなの」
「ゲーム中のガキじゃあるまいし、ナマ言ってんじゃないよ。あんた達を操ってるマスターも、そろそろ捕まるはずよ。これが見えないの?」
 ティナはヘヴィマシンガンを軽く振った。中には弾が入っていないが、これでも十分はったりになるはずだ。
『気づくなよ、気づかれたらすぐには持ち変えられない』
 脅しをかけるようにじりじりと近づきながら、ティナは心の中でつぶやいた。
「マスター?誰のことかしら?」
 ふふんと鼻で笑うモデルファイブ。その目には勝利の確信が見えている。
「ティナさん、この子は…」
 バタン!
 アメリアが何かを叫んだその時、屋上への扉が開いた。ティナはその音を聞き、振り返りざまにヘヴィマシンガンを向けた。
「待って!俺らだよ!」
 そこにいたのはジョンとジェームスだった。ジョンはティナの所持武器の中から持ってきたらしいサブマシンガンを持っている。
「なにやってんの、マスターを追えと言ったでしょう!」
「ここにいるんだ!ちょうどあっちの方に…」
 ジョンが指さした先には、モデルファイブしかいない。モデルファイブはおおよそ機械らしからぬ、いやらしい微笑みを浮かべる。
「後ろから新手が来るぞ、ちくしょう!少年、手伝え!」
 ジェームスが叫び、階段の下めがけて銃を乱射した。ジョンがジェームスと反対側に立ち、サブマシンガンを撃つ。反動が少年の手を跳ね上げ、銃弾は天井を貫いた。どちらかの撃った弾がクリーンヒットしたらしい音と、重い物が転がる音が響いた。
「きりがない、閉めるぞ!」
 バタンッ
 金属製の重いドアをしめ、背中で押さえるジェームスとジョン。かなりの数のアンドロイドが昇ってきているようだ。
「私が操ってるの。兄弟みたいなものだから、簡単なのよ?」
 くすくすと笑うモデルファイブ。ティナは急に不快感を覚え、銃を持ち直した。
「投降しないと破壊するよ!」
 ガチャッ
 ヘヴィマシンガンの銃口をモデルファイブに向け直すティナ。引き金に指をかける。
「やめてください!」
 アメリアが唐突に叫び、ティナは体をびくりと体を震わせた。
「この子は、この子は私の、私の、親友です…」
「…何言ってるの?」
 いきなりのアメリアの言葉に、ティナが思わずモデルファイブを睨む。どう見てもアンドロイドだ。サイボーグなどではない。
「アタッカーのお姉さんにも教えてあげる。私は、半年前に死んだ、アメリアの妹よ」
 ティナだけではなく、ジェームスとジョンもモデルファイブの方へ顔を向けた。2人とも、驚いた顔をしている。
「もっとも、妹同然の友人というだけで、本当の妹ではないけれどね。見てくれる?この体…」
 モデルファイブがくるりとその場で一回転する。アンドロイドには違いないが、とても人間に近いアンドロイドだ。体を動かす挙動から、顔の人工筋肉の動き方まで、人間そっくりになっている。破損した腕と、機銃が出ている腕を見れば、アンドロイドだとわかるが、そうでなければ普通の人間とは変わらないだろう。
「親切な人が、私を機械の体にしてくれたの。実験だと言っていた。いろいろな理由を聞かされて、外へは出られなかったけれど、生き返ることが出来たのは嬉しかった」
 淡々とした口調で語るモデルファイブ。ビル風でスーツがばたばたと揺れ、下から人工皮膚が見える。
「ある日、私は見た。死んだ私を忘れ、女優を続ける姉さんを。許せなかった!私を忘れて、一人で目立って!ほんとに楽しそう、許せない…!」
 わなわなと震えるモデルファイブを、アメリアが申し訳なさそうな顔で見ている。ティナは話を聞きながら、周りの位置関係を確認していた。アメリアの装備しているシールドは実験品で、スラッグ弾を確実に防げるかわからない。所持しているマシンガンの弾はない。これを捨ててハンドガンを取り出したとしても、ハンドガンでは致命傷は与えられないだろう。モデルファイブとの距離は近く、踏み込んで回し蹴りを叩きこもうと思えば可能だろうが、それが決定打になるとは思えない。こうしている間にも、操られたアンドロイドが近づいてきている。
「私を生き返らせてくれた人の元からは、悪いけれど逃げ出したわ。姉さんには最後のチャンスをあげたかった。体は機械でも、心は人間だったから。女優をやめて、私のことだけ思って生きていてほしかったの。でも、それをしてくれない姉さんは、私にとってはもう必要ない。死にましょう、一緒に」
 再度目をアメリアに向けるモデルファイブ。動かないアメリアに向かって、機銃を向ける。
「ごめんなさい。私は一緒に死ぬことは出来ないわ」
 アメリアは申し訳なさそうな顔をして首を横に振る。目には涙が溜まっている。
「なぜ?どうして?」
 モデルファイブはアメリアに問いかけながら、いかにも気に入らないといった顔で、銃を向け続ける。
「私はみんなに必要とされている。それを自覚しているし、傲るつもりもないわ。誰かのために生き続けなければならない。あなただけを見て、あなただけのために死ぬことはできないの。それに…」
 ガシャンッ
 アメリアが懇親の力を出し、手の甲でフェンスを殴った。
「私、まだ生きていたいわ」
 彼女の目には生きる意欲が見えていた。弱々しく、泣きそうな目に涙を溜め、体を震わせてはいるが、死に行く人間の顔ではない。
「ごめんね。私はあなたに死んでほしいから死んでもらうの」
 モデルファイブの声には、どこかサディスティックな調子が含まれている。征服感を感じているのかも知れない。
「一方的だよ!そんなこと、許されるわけ…」
「黙れ!」
 ドンッ!
 ジョンが叫び、前に一歩出たとたん、モデルファイブがジョンに向かって発砲した。
「わ、あ!」
 スラッグ弾がジョンにあたり、吹き飛ばされるように後ろに倒れる。サブマシンガンがジョンの手を放れ足下を転がった。
「ジョン!」
 ヘヴィマシンガンを下ろしてジョンを抱き抱えるティナ。弾は脇腹のガンホルスターに当たり、ジョンの持つハンドガンで跳ね返ったらしい。スチールで出来た銃身は割れ、割れた銃の破片がシャツを切り裂いていた。
「大丈夫、じゃないかな…銃ももう使えないし…くっ…ううう…いたぁ…」
 ジョンはうめきながら、ティナの手を借り起きあがる。脇腹を切り裂いた破片が落ちた。シャツにはうっすらと血の染みができている。顔は痛みにゆがみ、目は憎々しげにモデルファイブの顔を捉えていた。
「運がよかったのね。殺すつもりだったのに」
 モデルファイブの声は機械には思えない声だった。残虐な人間の声だ。
「あなた、なんてことを…」
 アメリアが呆然とモデルファイブを見つめる。体がかたかたと震えているのが傍目にもわかる。
 ガン!ガン!
 屋上へ上がる金属製のドアが、内側から強烈な力で叩かれている。背中で押さえているジェームスの体が何度も浮き上がった。
「がっかりだよ。生き返って心まで機械になったか」
 ジェームスがモデルファイブに向かって、吐き捨てるように言い放った。
「…何か言った?」
 機銃の銃口がジェームスを正確に狙う。中身は人間と言えど、その体の扱いは機械と同じだ。寸分の狂いもない。
「私がアメリアのマネージャーを始めたのが5ヶ月ほど前のことだ。事務所の命令で、新人だった私が配属された。そのとき、彼女はかなりの精神的な苦痛を背負っていた。聞けば、妹が事故で死んだという。本当の妹ではないが、大事な友人だった人間を失ったと」
 ガン!
 ひときわ強く扉が叩かれ、大きな音を立てた。
「彼女は裏では泣いてばかりだった。だが、それでも映画を撮り終えた。プロとして仕事をきっちりこなしたんだ。そして、稼いだ収入で購入したアンドロイドに、死んでしまった妹の名前をつけた。忘れないように、いつでも思っていられるようにと」
 ジェームスは一語一語、口から絞り出す。そんな思い出話にも、モデルファイブは顔色一つ変えない。
「それがこんな妄想狂の殺人鬼だったとは。何が姉さんだ…」
 わなわなと、ジェームスの体が震えた。
「がっかりだよ、サーナ!」
 ジェームスが大きな声で、その名を呼んだ。モデルファイブが、はっとした顔になる。今になってようやく見せた、人間らしい表情だ。
「嘘だ…う、嘘だ!サーナ?わ、私の名前?私は、モデル、ファイブ…うああ!」
 モデルファイブが目に見えて動揺をしはじめた。体がかたかたと揺れた。
 ドンッ!
 大きく震えた腕がスラッグ弾を吐き出す。スラッグ弾は床に跳ね返り、コンクリートの破片が飛び散った。銃の発砲音を聞き、アメリアがすくむ。
「ふっ」
 懐から銃を抜くティナ。マッドキャットの銃口がモデルファイブを捉える。
 ドン!ドン!ドン!ドン!
 銃弾がまっすぐにモデルファイブに襲いかかる。頭に弾が当たったモデルファイブが、衝撃でのけぞり、後ろによろよろと動く。漏電する音が響き、体中が機械のように、ぎちぎちと痙攣した。
「作動停止、する、前に…!」
 ぎりぎりとあがった腕がアメリアに狙いを定めた。顔、それも真ん中に銃口が向く。ティナは止めさせようと引き金を引いたが、弾が出ない。
「弾切れって…くそっ!」
 モデルファイブに向かって走り出すティナ。間に合わない。銃は放たれようとしている。
「さよ、なら、姉さん…!」
 ドンッ!
 スラッグ弾がアメリアの顔、数センチ横を飛び、アメリアは目を伏せた。弾の衝撃で頬が切れる。モデルファイブの腕から煙が吹く。モデルファイブを押さえ込もうとしたティナは、寸前で立ち止まった。
「当たった…」
 ジョンがつぶやく。彼が手に持っていたのは、セルジオから譲り受けた、R40リボルバーだった。黒い銃身が光り、銃口からはうっすらと煙を吐きだしている。
 ガシャン
 膝をついたモデルファイブの目には、すでに生きている光はなかった。体中の動作機関が停止し、倒れ込む。
「大丈夫?」
 アメリアの腕を取り、立たせるティナ。答えることのない彼女を、ティナは強く抱きしめた。
「ティナさん、わ、私、あ…あ…」
 アメリアの目から大粒の涙がこぼれる。緊張の糸が切れ、抑えていた涙が、滝のようにあふれ出す。ティナはもう一度きゅっと抱きしめ、彼女から離れた。
「最後のはジョン、あんた?」
 ティナはアメリアの手を引いて、リボルバーをポケットにしまうジョンに近づく。
「うん。腕を撃って、方向を変えさせたんだ。なんとか当たってよかったよ…」
 親指を立てて見せるジョン。だがすぐに、がっくりと膝をついた。血がシャツを染めている。
「ジョン!」
 ティナが倒れそうになったジョンを抱え上げる。シャツをめくって腹を見ると、大きな切り傷が出来ている。予想していたより傷が大きいようだ。本当ならば叫び声の一つでもあげるだろうところを、我慢していたということに、ティナは気がついた。ジョンは気を失ったようで、揺さぶっても起きあがろうとしない。
「待ってろ、今救急車を呼ぶ」
 ジェームスがはっと気がついたように携帯電話を出す。他のアンドロイドは停止したらしく、ドアを叩く音も、あがってくる音も、もう聞こえない。
「ジョン?」
 抱きかかえ、脈を採る。血の流れが弱くなっていることがわかる。ジャケットを伝って、血液がコップをひっくり返したように落ちる。腕の中の少年が、少しずつ冷たくなるのを、ティナは感じた。不意に彼女の心に、死という言葉が浮かび上がる。
「お、おい、死ぬなよ!馬鹿!」
 ティナの呼び声が響きわたる。ジョンは目を閉じたままぐんにゃりと、ティナの腕の中でなすがままになっている。
「なんだよ!なんなんだよ!こんなの、認めない!起きてよ!ねえ!ねえってば!」
 最後には涙声になりながら、ティナがジョンを揺さぶる。血の臭いが漂う屋上に、風が起こる。遠くから警官車両のサイレンが聞こえ、エア・フライヤーが近づいてくるのが見えた。


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