食事をした後、ティナとジョンは交互にシャワーを借り、身だしなみを整えた。用意された寝室でティナは銃の整備をしながら、今日一日のことを考えていた。それと知らず、ジョンはテレビのコミカルなアニメーションを見て笑っている。
「銃の整備なんて、お風呂入る前にすればよかったのに。汚れちゃうよ？」
　ジョンがベッドにうつぶせに寝ころびながら言った。
「大丈夫さ。あんたも整備しときな？いざというときに壊れてからじゃ遅いよ。撃ったあとはすぐ整備。これ、いいガンナーの鉄則ね」
　ティナの前には、昼間に使用したオリオンが置いてある。部品単位にばらされたそれは、サブマシンガンだと説明されないとわからないだろう。
「さっき整理したときにもうしといたよ。新聞紙、そのときに一枚もらったからね」
「感心感心、そうであるべきよ。基礎は身に付いたみたいね」
　ジョンの枕元のベッドテーブルには弾を装弾していない飛燕が置いてある。マガジンと弾が横に置いてあるが、弾は発火しないようにケースに詰められたままだ。
「それで、どうだったの？なんか聞けた？」
　テレビ画面でアボガドに手足の生えたようなキャラクターが山の斜面を駆け下りている。そのうち転び、高速で回転しながら斜面をごろごろと転がり、岩にぶち当たって停止した。頭に星を浮かべながら言う「なんてこったイ、割れるかと思ったヨ」という台詞のイントネーションが珍妙で、ジョンは思わずまた笑ってしまった。
「友人は最近来ていない。彼氏も過去にはいない。ファンにはこの家の場所を公開していない。だから、単純に考えると、自宅に脅迫状が来るとしたら、知り合いの誰かってことになる…」
　ティナはオリオンの銃口にクリーニングロッドを差し込みながら、後半はつぶやくように言った。
「住所なんて、ネットにハッキングかければ、いくらでも調べられると思うけど？」
「そういう重要な情報は、個別ネットになってるのが普通でしょ？警察や州の住所登録なんか、最近はどこでも外界と隔絶して、専用ネット引いてるんだから」
「ああ、そうか。そのままじゃつなげないか」
　自分の携帯電話をちらりと見るジョン。主流となっているハイパーネットは、五段階に分かれたネットで、一般人はランク1、パソコンに精通している人間や企業の人間でもランク2までしか接続できない。アタッカーは職業柄、ランク3まで接続できる。ランク五となると存在すら怪しいと噂されており、接続しようとしたハッカーが毎年ダース単位で逮捕されている。一般人は、ネットにランクがあることすら知らされず、いわゆる「インターネット」だけで満足した生活を送る。
　それとは別に個人ネットや専門ネットなどの情報ネットは、外部の端末がアクセスできないようになっており、もしデータを手に入れようと思ったら、その場所に赴いて端末に接続しなければならない。
「なんか引っかかるんだよねー。アメリアを襲撃して、何が得になるかってこと。お前を殺して俺も死ぬ、みたいな、オールドタイプのストーカーだったらやだなー」
　そんなことをつぶやきながら、かしゃかしゃと音を立て、銃を組み上げていくティナ。オリオンは一分もかからない間に元のサブマシンガンの形を取り戻した。
「家の場所を知りながら、ここに来ないっていうのも不自然だね。なんでわざわざ目立つ移動中に襲ったのかもわかんないし…」
　テレビの画面を見ながらジョンが言い、2人は黙り込んだ。
「相手の姿形や行動原理もわからない。次のボディガードが来る前に解決してあげたいけど、無理かな」
　オリオンをしまい、マッドキャットを取り出すティナ。慣れているらしく、数秒で解体し、整備し始める。
「行動原理ねえ…独占欲の強いストーカー。寂しがり屋の無理心中。自分の犯罪を人に誇示したい狂人。どれにしろろくなもんじゃないよね」
　なんとなしにジョンが答える。マッドキャットのバレルを掃除しながら、ティナが思わず吹き出した。
「子供が言う言葉じゃないよ。似合わない」
「よく言われるよ」
　テレビのアニメが終了し、ジョンはチャンネルを変え始めた。バラエティ番組やトーク番組が並ぶ中、ニュースが入っているチャンネルでジョンは手を止めた。リモコンを操作し、ニュースの内容と目次を見るが、アメリアの乗るリムジンがアンドロイドに襲撃を受けた事件は載っていない。
「あれ、ニュースになってないなあ。なんでだろ？」
「混乱を招きたくないんでしょ。正体不明の人間に命を狙われてるなんてことを放送したら、どうなるかわかったもんじゃないしね」
　整備し終えたマッドキャットを組み上げ、ホルスターに入れるティナ。そのホルスターを鞄に入れ、新聞紙を折り畳み、ゴミ箱に捨てる。持ってきた鞄の中には、オリオンやマッドキャットの他に、ソードオフショットガンやナイフ、グレネード、弾などが詰まっている。これだけあれば戦争だって出来そうだ。もちろん、アタッカーだからと言って所持が許可されているわけではない品もある。
「整備終了、と。ああ、まだ11時か」
　ティナは壁にかけてある時計を見て言った。時計は午後11時を指し示している。ティナは日付を越えるくらいには時間が経っているように思えていたが、彼女が思うほどには時間は経ってないようだ。
「そういえば、アメリアさん、ほっといていいの？護衛対象なんでしょ？」
　ジョンがテレビを消し、ベッドに寝そべりながら聞く。
「今は彼女もお風呂。終わったらこっちに来るように言ってあるから、たぶん大丈夫さ」
「ほんとかなあ。その少しの間になにかあったら怖いよね」
「そう思うなら見てきたら？あたしはここで待ってるから」
　ティナが武器のチェックをしながら答える。
「ん、そうだね。ちょっと行ってこようかな」
　ベッドから降りたジョンは靴をはき直し、腰に銃を差して部屋の外にでた。ジョンが外に出ると同時に、廊下のセンサーが働き、明かりがつく。
「バスルームは下だっけ…」
　独り言をつぶやき、階段を下りる。一階廊下の明かりもつき、屋敷はいきなり明るくなった。バスルームの場所を思い出し、覗いてみるが明かりはついていなかった。
「もうあがったのかな」
　脱衣所に入り、周りを見回すジョン。塗れたタオルが置いてあることから、アメリアがもうあがった後だということがわかる。
『今すれ違わなかったし、どこ行ったんだろう。争った音もなかったし…』
　ふと見た洗濯機の中に、女性物の下着が見え、ジョンははっと息を飲んだ。数瞬の後、罪悪感が彼の中に芽生え、バスルームの外に出た。
「ダメだよなあ、うん、ダメだよ」
　どんっ
　下を向き、ぶつぶつと独り言を言いながら歩いていたジョンは、何かに当たって顔を上げる。そこにはパジャマを来たアメリアが立っていた。背中から何かに当たられ、びくっとした彼女だが、ジョンだとわかってすぐに落ち着いた。
「ダメって、どうかしましたか？」
　何も知らない顔でジョンに問うアメリア。ジョンはしばらくもごもごと何を答えていいかわからない顔をしていたが、思いついたように言う。
「いや、他の人がいないって、大丈夫かなあって。やっぱ、部屋の前で一晩徹夜とかかなって思って」
「ああ、そのことですか。今日は同じ部屋で寝るということで、ティナさんから聞いてますよ？」
　いきなりの言葉にジョンは面食らったが、しばらくしてようやく納得した。
「ああ、うん、そうだよね。うん。聞いてなくて…」
　自分の考えの浅さに恥ずかしさを感じながらアメリアと一緒に階段を昇るジョン。一階のセンサーが人がいなくなったことを関知し、明かりが消える。先ほどの部屋へ戻ると、荷物をまとめ終わったティナがベッドに座っていた。
「ティナ、アメリアさんも一緒の部屋で寝るんだね」
　部屋に入り、開口一番にティナに言うジョン。あまり面白そうな顔ではない。
「あれ、言わなかった？護衛対象を一人にするわけにもいかないでしょう」
　ジョンの言葉に、ティナは当たり前だという顔をして答える。
「まあ、そうだけどさ。知らなかったんだよ」
　不機嫌そうなジョンの顔を見て、ティナがくすりと笑う。
「あたしとジョンが同じベッド。いつものことだから別に問題もないでしょう？」
　ティナの言葉に、ジョンはまだ何か言いたそうな顔をしたが、すぐに口を閉じた。
「ごめんなさい。なんだか、悪いことしちゃったみたいで」
　アメリアが少し困った顔で言い、ティナが座っている方ではないベッドに座る。ジョンは首を横に振った。
「アメリアさんのせいじゃなくて、ちゃんと情報を伝達してもらってないから、やっぱティナには頼りにされてないのかなって思っただけだよ」
　ふてくされたように靴を脱いでベッドに寝転がるジョン。口ではこんなことを言いながらも、心では別のことを思っていた。
　ちらりとアメリアを見ると、枕を整えたりと寝る準備をしている。先ほどの、彼女の物であろう下着の色や形が彼の脳内で再生され、どこかリアリティを持った幻想が彼の目の前をちらちらとうろついている。冷房の冷たい風は、素知らぬ顔で部屋の中をぐるぐる回っていた。
「悪い、もうてっきり言ったものだと思ってさ。そうむくれるなよ」
　笑いながらティナが言い、ジャケットをハンガーに掛けてベッドに腰掛けなおす。ジョンは何か言うと自分のいやらしい考えがティナにばれる気がして、何も答えなかった。
「そうそう、悪いけれど、この部屋にセンサーを仕掛けたよ。あたしたち以外の人間や、ある程度以上の大きさがある動体が中に入ると、モーションを関知して音を出すようにしてある。起こしたらごめんね」
　ティナが足下に仕掛けてある小型の機械を指さしてアメリアに言う。機械の大きさは口紅程度で、円筒形をしている。
「わかりました。ごめんなさいね、守っていただいているのに何もお礼ができなくて…」
　申し訳なさそうな顔をするアメリアを、ティナは安心させるように微笑みかけた。
「いいさ。これが仕事だし、もしそうでないとしても、無防備な女を襲うようなやつを許すわけにはいかないからね」
　ティナの言葉にアメリアは安心したようで、ほっとした表情になる。
「お茶でもいれようか。ジョンは飲む？」
「じゃあもらおうかな」
　カップをナイトテーブルに三つ並べるティナ。ティーパックをそれぞれ一つずつ入れ、ポットからお湯を注ぐ。紅茶の香りが部屋の中に広がった。
「アメリアさん、前はバンドでボーカルをしてたんだよね？なんでやめちゃったの？」
　紅茶のカップに砂糖を入れながらジョンが聞いた。
「演技に集中しようと思ったんです。女優をできるなんて夢のようでしたし、それをするからには、片手間にしていては成長できないと思ったので…」
　にこにこしながらアメリアが答える。
「そっか…もう歌うことはないの？」
「今のところ考えていませんね」
「残念だなあ…好きだったんだけどなあ…」
　ジョンが紅茶に息を吹きかける。
「歌をやめるとき、バンドのメンバーとも話し合いました。今もたまに思うんですよ。もし歌を続けて、女優をしていなければ、どうだったかなって」
　考えこむような顔でアメリアが言う。
「もしそうなら、どうなってたと思う？」
　ティナがポットと余った紅茶を片づけながらアメリアに聞く。
「ん…わからないけれど、歌を歌うことが好きだったから、幸せだったかも知れません」
「そっか。まあ、よく考えた末の結論ならば、誰も何も言わないはずさ。そうでしょう？」
　片づけを終えたティナがアメリアの向かい側に座った。アメリアはティナの言葉を聞き、さらに考えこむように黙り込んだ。
「アメリア、思っていたより喋るね。以前のボディガードとは同じくらい話した？」
　ティナがカップを一つ取り、アメリアに渡した。受け取ったアメリアは香りを楽しむように顔に近づけ、おろす。
「いえ、特に話したりは…すぐにボディガードが変わっていて、長い間同じ人と一緒にはいなかったんです。ラッカーさんと衝突することがよくあって…」
「ん、わからないでもない。過保護な兄って感じだったね」
　アメリアの言葉を聞いて、ティナは昼のジェームスの言葉を思い出した。確かにあまり気持ちのいい会話は出来なかった。もしティナがボディガードを頼まれたとしたら、ジェームスと衝突することは多かっただろう。それもこれも、アメリアを思ってのことなのだろうが。
「こうしてゆったり人とお話できるのも久しぶりで、とても嬉しいです」
　嬉しそうに微笑むアメリアの顔を見て、ティナは過去の自分を思いだしていた。彼女も父母と話すときは、周りの人間も一緒に微笑むほど、笑顔を振りまいていた。いつから自分自身が変わったかはわからない。今はもう同じように笑うこともできない。
『笑顔、か』
　目の前に座る女性の微笑みに対して、ティナは小さな劣等感を感じた。
「あの人は最近、私のマネージャーとして、事務所さんから配属されたんです。本当は人をすごく思いやる人なんですけどね。仕事がとても忙しいらしく、とげとげしちゃうんですよ」
「うん、よっぽど大変なんだと思う。目の下にクマが出来てたよ」
　紅茶を啜りながらジョンが言う。
「彼もすごく心配してくれてるんです。眠れないときもあるそうで…早く犯人が捕まればいいのだけれど…」
「うん、俺もそう思う。どうにかできないかな。ねえ、ティナ？」
　話を振られたティナは、紅茶のカップを置き、口を拭った。
「明日の予定はどんな感じ？」
「今公開している映画の記者会見があります」
　携帯電話でスケジュールをチェックしながらアメリアが答える。
「こんな時に？狙ってくださいって言ってるようなものじゃない」
　呆れたという表情を見せるティナ。命が狙われているという状況で何が起きるかということを周囲が予測できないわけがない。
「これ、聞いてくれますか？」
　アメリアが携帯電話の中から音声メモを開いた。電子音のような合成音声が流れ出す。
『これで最後の警告だ。もしまだ活動を続けるようならば、多くの人間の目の前で、赤いドレスを着て倒れることになるだろう。安心しなさい。狙うのはお前だけ。観客には拍手喝采しか望まない』
　音声が終了し、アメリアが携帯を閉じる。
「多くの人間の目の前で、ねえ。道理で変だと思った。自宅にはガードもいないし、オートガーダーくらいしかない。つまり、その場で狙われるってこと、もうわかってたわけ？」
　ティナの言葉に、アメリアは頷いた。
「囮なんですよ。明日はアンドロイドが多数、記者に紛れ込んで入ります。ここで何か起こせば、すぐに取り押さえるという手はずになっています。何か起きなければそれでもいいです」
「でも、銃弾がいきなり撃たれたら…」
　ジョンの心配そうな声に、アメリアは強く頷いた。
「怖いけれど、ここで立ち向かわなければ、私は逃げていれば誰かが助けてくれると思いこんでしまう。だから、逃げないで戦いたいんです」
　アメリアは言い切ってから、ふうと息をついた。緊張しているのが傍目にもわかる。
「先にそれを知らせて欲しかったよ。ったく」
　ティナは疲れた顔でがっくりとうなだれた。
「信頼できる人間と警察にしか話していません。当日は警察官とアンドロイドが多数配置されますし、この予告メッセージから察するに、犯人は観客を殺すことはしないだろうと、市警が予測してます」
「俺ら、信頼されてなかったわけね」
「ええ、まあ。前もって話して、誰かに情報が漏れると困るという判断で。でも私、ティナさんやジョン君を信頼してますから」
　明日のことを考えるティナ。観客が必要だということで、記者には危害が行かないかも知れないが、危険であることには変わりはない。
「もしこの情報を持って逃げるとしたらどうする？私らが犯人と通じてるとしたら？」
　鋭い目つきで、ティナがアメリアを睨んだ。
「そのときの対処法も、もちろんあります。言うことは出来ませんけど。もし協力したくないのならば、強制はしないつもりですが？」
　アメリアの返答を聞いたティナは、ようやく納得した。バウンティハンターに任せられないはずだ。身元のしっかりと保証されたアタッカーのみに任せるという理由もわかる。
「わかった、そっちも引き受けよう。全力を尽くすよ。守ってみせる」
　ティナがそっとアメリアに手を差し出し、2人は強く握手をした。


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