「シーン12、開始!」
 そう広くないスタジオに監督の声が響く。照明が一気にセットを照らし、アメリアの姿がカメラのレンズに晒される。セットはアパートの一室を模して作られており、テーブルやイス、チェストなどがバランスよく配置されている。ティナとジョンはスタジオを見下ろせる窓のついた、少し上の部屋で待機している。2人の他に、数名のサイバネスーツ装備の警備員がいる。スタジオの音声は待機している部屋にも聞こえるようになっており、なにか異変を感じたらすぐに回り込むことになっている。
「早く終わらないかな」
 ジョンがのんきなことをつぶやきながらスタジオを見下ろす。2時間遅れての撮影だったが、事情を関係者は知らされていたらしく、それほどのことにはならなかった。すでにあれからかなりの時間が過ぎており、昼過ぎになっている。
「今回のこの映画、確か、戦争映画なんだっけ?」
 ティナが控えていた警備員の一人を振り返って聞く。
「ええ。アクラーが地球に来て間もないころに起きた戦争の映画ですね」
「昔、歴史の時間に習ったよ。第三次世界大戦。あれさえなければ、地球の文化や科学はもっと発達してたんじゃないかってさ」
「戦争で発達する技術もありますよ。私たちが着ているこれも、戦争がなければ生まれなかったわけですから」
 警備員は自分のサイバネスーツを見せる。腕、足がブロックのように機械に覆われ、その他の首から下の体は流動防弾繊維によって守られている。防弾機能もそれなりだが、値段もそれに見合うほど高価で、個人単位で所持している人はとても少ない。一見、古いSF映画のロボットのようにも見える。
「ま、ね。きれい事じゃ歴史は成り立たない、か。気に入らないね」
 深くイスに腰を下ろすティナ。ステージでは、恋人役の男性と、アメリアが激しく言い合っているシーンが撮られている。
『あなたが死んだら、私はどうやって生きていけばいいの?』
『僕は死なない。君は待っていてほしいんだ。大丈夫、帰ってくる』
『嘘ばっかり。わかるもの。離れたくない。それでも、それでもあなたは行くの?』
 マイク越しにステージ上の声が聞こえる。スタジオで演技をしているアメリアは、誰かに操られた人形にも見える。心はこもっているだろうし、本人も役になりきろうと必死だろう。だが、ティナの目には、あまり上手い演技には見えなかった。昨日見た映画のアメリアとは大違いだ。
「アメリアさん、きれいだよね。ティナも身だしなみに気をつけるようになれば少しは変わるんじゃない?」
「はは、そうかもね。今度毛繕いしてくれよ」
 冗談めかして言うジョンに、ティナは答える。
「ん?あれ…誰だっけ」
 ガラスに顔を近づけるジョン。ティナもその視線を追うように顔を突き出す。スタジオへの出入り口に、先ほどまでいなかった一人の男が立っている。ヒューマンのその男かなり痩せており、Yシャツにネクタイ、デニムパンツをはいている。
「さあ。知らないけれど…」
 男はしきりに辺りを見回している。誰かを捜すかのようなその視線は、スタジオの隅で携帯端末を使用していたジェームスに行った。
「ああ、あれはこの映画の副監督ですね。普通は裏で場所や機材、疑似三次元データなんかの受注にかけまわってるんですけど、珍しいな」
 警備員が窓を覗いて言う。眼前で副監督はジェームスに何事かささやき、ジェームスは彼と一緒に廊下に出ていった。
「ふうん、副監督、ねえ…」
 ティナはイスを立って出入り口のドアに手をかける。
「あれ、どっかいくの?一緒に行こうか?」
 ジョンはティナの方を向いて声をかける。
「トイレさ。あんたも?」
「う、いいよ」
 ティナの答えに、ジョンは顔をしかめて答える。ティナはドアから外に出て、スタジオの方面へ向かった。ふと、スタジオの前の廊下への曲がり角で足を止める。曲がった先で、男の声が響いている。
「…だがな、万が一支障が出たらどうするんだね」
 聞き慣れない男の声がティナの耳に入る。
「アタッカーも雇ったし大丈夫だ、そんなことはない」
 男の声に答えるように、別の男の声が聞こえる。その声は、アメリアのマネージャー、ジェームスの声だ。だいぶ困っているらしく、声に力がない。
「今日は襲撃されたというじゃないか。このスタジオや、別の事務所から来ている俳優に被害が出ないと言う保証はあるのか?」
「どうしろというんだ、アメリアははずせないというし、かといって撮影すると危ないというし」
「簡単なことだ。とっとと犯人をとっつかまえて、ぶちこめばいい。相手の心当たりくらいはあるんだろう?」
「それが、皆目検討もつかないんだ。だが近いうちに手は打つ。待っていてほしい」
 2人のやりとりを聞きながら、ティナは壁に背中を預けた。どうやら言い争っているのは、先ほどの副監督とジェームスらしい。ジェームスはアメリアの件で叱責されているようだ。
『近いうちに、ねえ。何をするつもりだろうね』
 ぼんやりと考えるティナ。今のままで成果があるとは思えないし、ジェームスが言う「見当がつかない」という言葉から考えると、彼も犯人の心当たりがあるわけではないようだ。
「ともかく、なんらかの成果があがったら報告しろ。それが君の義務だよ」
 副監督の最後の言葉が廊下に響き、足音が遠ざかる。しばらくしてドアの音がしたのを確認してから、ティナは角を曲がり、歩き出た。
「ああ、君は…」
 疲れた顔のジェームスがティナの方を向く。立ってはいるが、少し押したら倒れてしまいそうなほどだ。
「大変みたいね。あんたがいろいろ言った理由も、少しわかった気がする」
 軽い口調で言いながら、ティなは片手を軽く挙げた。
「謝るよ。ストレスをぶつけてしまったようだ」
 スタジオの中から、かすかに音が聞こえる。今のシーンを取り終え、セッティングを変えて別シーンを撮るらしい。
「まあ、いいよ。愚痴でも聞こうか?」
「いや、結構だ。気持ちだけ、ありがたくいただいておくよ」
「わかった。給料分は仕事するから安心してちょうだい」
 給料分という言葉に力を入れ、ティナは軽く笑った。ジェームスもそれにほほえみ返す。
「そういえば、先ほど警察から連絡があったんだ。破壊したアンドロイドの脳の解析が終わって、ナスカル氏にデータを渡しておいたから、話を聞きに行ってくれとのことだ。君らが行った方がいいと思うのだが、どうだろう」
 その場を去ろうとするティナに、ジェームスが思い出したように言う。アンドロイドの脳というのは、記憶チップのことだ。アンドロイドの中身は大きく分け、処理系、記憶系の二つのブロックにわかれている。記憶系ブロックにあるメモリーチップからのデータを元に処理系ブロックが処理を行い、その結果で行動するようになっている。脳とは一般的に、アンドロイドのメモリーチップを言い、ここには様々な情報が残っている。処理途中に破損した一時ファイルですら、事件の大きな手がかりになることは、間違いないだろう。
「あたしたちが離れて大丈夫?」
「ここはたぶん大丈夫だ。専用のガードスタッフもいるし、ガードロボットも配備してあるから」
 ジェームスは目の前を通り過ぎるアンドロイドを見て言った。アンドロイドは一見人間と変わらない姿形をしているが、動きの違和感などでロボットだと見分けられる。有事には、装備されている火器を使い、侵入者を撃退するようにプログラムされている。
「ん、了解。じゃあ、ジョンを連れて、ちょっと行って来るよ」


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