「うっ…」
 ベッドの上に寝ていたジョンがうめき声を上げる。まぶしそうに目を開けると、周りを見回す。彼の目の前にあったのは、白い天井と、窓だった。窓の外には暗い空と、明かりの灯った町並みが見える。
「大丈夫か?意識ははっきりしてるか?」
 声のする方に目を向けると、そこにはセルジオが座っていた。窓と反対側のイスに座っている。その隣、枕側のイスにはティナが座っている。ティナはだらりと体が伸び、頭が下を向いている。寝息が聞こえるところからして、どうやら寝ているようだ。
「いたた…ここは?」
 急に襲いかかった痛みに、ジョンが顔をしかめる。彼の腹にある傷が、彼を急速に現実に引き戻していた。着ているのは白いローブだ。痛みをこらえ、ゆっくりと上半身を起こす。
「病院だ。緊急手術して、輸血して、それから8時間。その間、お前さんは目を覚まさなかったんだ」
 セルジオに8時間と言われて、壁にかかっていた時計を見る。時刻はすでに7時を少し過ぎている。周りを見回して、自分が個室に寝かされていたのに気がついた。
「そっか…俺、よく生きてたなあ…」
 人ごとのようにつぶやくジョン。ベッド横の棚をふと見ると、破損した飛燕がその無惨な姿を晒している。
「弾が当たってりゃ内臓もだめになってたな。その銃は己の身を張って主を守ったってわけだ」
 セルジオが感心したように言う。飛燕を手に取るジョン。スライド部分が大きく裂け、一部がちぎれている。銃身は曲がり、そのままでは弾はもう撃てないだろう。ジョンは心の中で礼を言って銃を置いた。
「心配してたが、大丈夫みたいだな。親御さんには俺の方から連絡しとく。ティナも疲れてるみたいだしな」
 横をちらと見るセルジオ。ティナは小さく呻いて、腕をぴくりと動かした。
「ティナは大丈夫なの?」
「ああ。今は寝てる。俺が電話してたときには起きてたんだが」
 セルジオの傍らに座っているティナは、だいぶ深く眠り込んでいるようだ。目の周りの毛が、少し濡れているのが見える。
「さっきまで泣いてたっぽいね」
「ん、そうだな。ティナの泣き顔なんか、見たことない。それだけ、お前さんが大事だったんだろう」
 ジョンが身を乗り出し、顔を覗き込む。あまり安らかな寝顔とは言えない。時々小さく呻いたり、体を震わせたりしている。
「何はともあれ、無事でよかった。ナノマシンも注入してあるから、数日中にはなんとかなるだろうとさ。じゃあ、俺は行くよ。またアダルト雑誌でも持ってきてやる」
「はは、いらないよ。ティナがいるしね」
「一人になる時間もないってか」
 くすくす笑いながらセルジオが立ち上がる。
「ありがとう」
「おう。じゃあな」
 バタン
 セルジオが部屋を出ていき、室内に静寂が戻った。ジョンはもう一度ティナの顔を覗き込んだ。
「まだ寝てる?」
 片手でティナの顔を軽く叩くと、ティナはもぐもぐと口を動かし、薄目をあけた。
「ジョン?気がついたの?」
 ぱっと起きあがり、ジョンを見つめるティナ。目が充血して赤くなっている。
「うん。ついさっき。心配かけてごめんね」
 何かを言おうと口を開けたティナだったが、すぐに口を閉じ、ジョンを両腕でぎゅっと抱きしめる。
「よかった…本当に、よかった…」
 ジョンを抱きしめるティナの腕に力が入る。
「いたた、痛いよ、強いよ」
 ジョンがぽんぽんと肩を叩く。
「あ、ご、ごめん」
 ティナは飛び退くようにぱっと離れた。だいぶ心配していたらしく、まだ不安そうな顔をしている。しばらく2人とも黙っていたが、ティナが沈黙に耐えられなくなったかのように、切れ切れに話し出した。
「あの、さ。気付いたんだ。あたし、お前にすごく助けられてる。精神的に」
「うん…」
「前まで、自分がいつ死んでもいいと思ってたんだ。それで人を守れるなら本望だって。でも、そうじゃなくなったんだ。その…誰かのために生きるとか、アメリアが言ってたけど、すごく納得したんだ…」
「うん…」
 一語一語確かめるようにティナは言う。その姿は、自分自身にその言葉を言い聞かせているようにも見える。言葉を聞くたび、ジョンは何か暖かなものが、心の底から沸き上がってくるのを感じた。
「お前が死ぬかも知れない、って思ったとき、すごく怖かった。なんでそう思ったかが、よくわかんなくて…これぐらいの怪我人は見慣れてるつもりだったし、自分でも大怪我を負ったことはあったけど、違うんだ。どういえばいいだろう。その…」
 咳払いを一つして、ティナはうつむく。
「マジシャンの話、したろう?昔の相棒の…あいつが死んだときと同じくらい、怖くて、寂しくて…あたし、どうかしちゃいそうで…」
「うん…」
「それから…その…ううん、わかんないけど…」
 何も言えなくなったようにティナが黙り込んだ。外で風が吹いたらしく、窓がかたかたと揺れる。時折救急車の音が聞こえる以外、病室の中は無音だ。しかしそれは威圧的な沈黙ではなかった。
「本当のこと言うと、さ…」
 ジョンが口を開き、つぶやくように言った。
「俺、アタッカーになりたいから戻ってきたって言ったけど…それ以上に、ティナと一緒にいたかったんだ。麻薬の事件のとき、一生懸命俺を守ってくれて、助けてくれて…」
「それは仕事だったからで…」
「違うよ」
 ティナの言葉をジョンが遮る。
「ティナは本当は優しいんだよ。人のことを守って、人のことでいつも怒ってる。前に、爆弾魔がティナのお母さんのことを侮辱して、殺してやるって怒ったときだって、自分が侮辱されたからじゃなかったでしょう?いっぱいいっぱいで、人のことばっかり考えて…だから、支えてあげないといけないって思ったんだ」
 ジョンの言葉を呆然と聞いていたティナだったが、最後まで聞き終えたとき、目から唐突に涙があふれ出した。ジョンを抱きしめる。強く。大事なものを失わないように、見失わないように。
「馬鹿…そんな…ひぐっ…あ、あたし…うううう…」
「ん…ティナ…大好きだよ、世界で一番…そのままのティナが一番好きだよ…」
 ティナの頭を優しく撫でるジョン。普通ならば自分が撫でられる立場だろう、と考えて、心の中で小さく笑う。
 これが人を思う心なのかもしれない、とジョンはぼんやりと考えた。お互いに思いやれるからこそ、人間は人間として生きていられるのだ。腕の中の暖かさを感じながら、ジョンはゆっくりと目を閉じた。


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