「本当にやつはそういったのね?」
 ティナはやけどした腕をさすりながらエルナに聞いた。アドラシスコ総合病院の一室には、ティナとエルナ、ネージュがいた。エルナはベッドに横たわり、ネージュとティナはその横に座っている。ティナは体にと右腕に包帯を巻き、ネージュは片足に包帯を巻いている。ティナは病院が嫌いだった。消毒薬の匂いが、病んだ空気が、どこかティナを落ち着かなくさせる。
「ええ。トミーの次の目標は、スカイレアタワーです」
 エルナは窓の外を覗いた。都市部に高いビルが何本も建っている。一夜明け、朝日を反射してきらきらと光るビルは、大空に突き刺さる剣のようにも見える。その中で、それなりの高さの、ガラス張りのビルにエルナは目をやった。
 スカイレアタワー。地上40階、地下2階のその巨大なビルには、様々な外資系企業のオフィスが入っている。アドラシスコの経済を象徴するビルと言っても過言ではない。
「やつは私に言いました。この街は腐っていると。火で全てを浄化しない限り、未来はないと。あと、弟がティナさんによって逮捕されたことも言っていました。ジミー・ボマー。以前にアドラシスコを騒がせていた爆弾魔です」
 ネージュの視線がティナに向く。ティナは以前、自分の車を爆破した爆弾魔のことを思い出していた。捕まえた爆弾魔と、今回の男の手口は似ている。
「つじつまがあうね。恨む方は大抵理不尽な理由で恨んでるからなあ…」
 ティナは大きなあくびをして、イスに背を預ける。朝の空に飛ぶ鳥は、この街が火で包まれるかもしれないことを知らないだろう。
「それで、警察から正式に依頼が行ったのを取りやめたいと思うんです。あ、私個人の考えですけど…」
「どうしてよ。あたしだってAランクアタッカーだし、そんなに腕が悪いわけじゃ…」
「あまりにも危険だからです。上司にはもう書類を提出し、正式な書面が手渡されるはずだと…」
 ギイッ
 病室のドアが開く。野球帽に半ズボン、Tシャツ。入ってきたのはジョンだった。手には白い封筒を持っている。
「ティナ、大丈夫だった?ここだってきいて、急いできたんだ」
「ジョン。よくここがわかったね」
「警察の人がメールをくれたんだ」
 入ってきたジョンを見て、ティナは目を丸くした。
「あら、アレッド君。その封筒はなに?」
 ネージュはジョンの方を向きながら、封筒に目を落とす。封筒にはティナの名前だけが書かれている。
「ティナ宛の郵便物。熱烈なファンからだってさ」
「へえ、ティナもファンがいるのね」
 ネージュがにこにこと笑い、ジョンはティナに封筒を渡した。封筒を開くと、パソコンを使って印字したであろう字が顔を見せる。
「ん…と。本日夕方6時より、あなたと知恵比べをしたいと思います…スカイレアタワー、2階ビル事務室にトランシーバーを置いておきますので、指示に従ってください。なお、警察や仲間のアタッカーなどにこれを知らせると、多数の人々が死ぬことになりますので、ご注意ください。時間厳守のこと、お願いします。あなたの熱烈なファン、トミーより…これって…」
「トミー・ボマーだわ。今すぐ上司に連絡しないと…」
 エルナがまとめてあった服の中から携帯を出したが、ティナはそれを止めた。
「やつにばれると大変よ。ビルのメンテナンスが突然ある、とかの理由をつけて、一般人を外に出して。くれぐれもばれないように。それだけ、伝えてちょうだい」
「わかりました」
 エルナは番号を入れ、上司に連絡を始めた。そんなエルナを横目でみながら、ティナは立ち上がる。
「どこへいくの?私も連れていってよ」
 ネージュがティナに続いて立ち上がり、ショットガンの入ったケースを持ち上げた。
「ネージュ、あんたは危険物処理も精密機械もダメだったでしょ。悪いけど、来てもらっても足手まといだわ」
「あら、ひどい。ついていきたいんだけどな」
 ネージュは足に包帯を巻き直し、ホックではずれないようにとめた。背中に斜めにショットガンの入ったケースを背負う。
「向こうがキレたらどうするの?あたし以外の大人は行かない方がいい」
「大人って…じゃあ、子供を連れていく気?」
 ティナはネージュの方に向き直り、ジョンの頭に手を置いた。
「優秀な助手だろ?」
 二人の顔を交互に見て、信じられない表情をするネージュ。だが、その顔はすぐにあきらめに変わった。
「生きて帰ってきなさい。私はまだ、昨日のお酒の代金だって払ってないんだから」
「わかった、また明日ね」
 ティナは病室のドアをあけ、外にでる。ジョンがその後に続き、室内には電話をするエルナとネージュだけが残った。
「話はつきました。警察は万が一のために私服でビル外に待機し…あれ、ティナさんとジョン君は?」
「行っちゃったわ。二人で爆弾解体をするんだってさ」
「な…アタッカーといっても一般人ですよ?それに、子供だなんて…」
 まくしたてるエルナの口の前に、ネージュは人差し指を立てた。
「言っても聞かないからね、彼女。念のためにバックアップしてあげて。トミーをキレさせないように、くれぐれも気をつけてね」
 ネージュはその足で病室から出る。
「どこへ行くんですか?」
「夕飯の仕込みよ。二人が帰ってきたら、美味しい物食べさせてあげないと」
 背中に向かって言葉をかけるエルナにネージュは振り向かずに答えた。
 エルナは窓をあけて外を見た。包帯を巻いたティナとジョンが駐車場を横切って病院を出ていくのが見える。二人の背中が見えなくなるまで、彼女は窓を閉めなかった。


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