「今日、正式に依頼状が届いた。依頼主はアドラシスコ市警察。補佐という形でアタッカーを雇いたいとある」
 セルジオは紙に書いてあることを読み上げた。狭い室内は夏の暑さとたばこの匂いでむっとしている。
 喫茶店の2階、セルジオのオフィスのソファーには、スーツ姿のティナと、いつもの服のジョンが座っていた。その向かいにある事務机で、セルジオが依頼書を片手に座っている。
「同じ書状が複数の情報屋に配られたらしいな。賞金は3000ドルだ」
 セルジオの言葉に、ジョンの瞳が輝いた。
「すごいね、ティナ。車買えるよ」
 3000ドルあれば、オールドな高級車が手にはいる。それを積み立てて、最新鋭の車、ライトパンサーを買うのも手かもしれない。この話は少なくとも実体のないギャンブルとは違い、確実な設け話だ。
「大盤振る舞いね。よくそんな金があるもんだよ」
 書類を一部、ティナは受け取った。爆弾魔「トミー・ボマー」を逮捕してほしいと書いてある。トミー・ボマーの写真は載っているが、これは小さすぎてあまり役に立たない。賞金3000ドル、生きたままで、とある。
「そういえば、ネージュは?」
 ティナは書類から顔をあげてセルジオに聞いた。
「んー、連絡が取れん。そろそろ来るとは思うんだが…」
 セルジオがふうとため息をついたとき、オフィスの扉が開いて女性が入ってきた。長い金髪、狐の耳と尻尾、爪にはマニキュアを塗り、細長いケースを持っている。ミニスカートにTシャツ、サンダルを履いて、肩からはハンドバックを提げている。噂をしていたネージュだ。甘い香水の匂いをさせている彼女は、アタッカーだと言わなければただの女性にも見えた。
「遅くなってごめんね?電車を乗り過ごしちゃって」
 にこにこしながら入ってきたネージュは、部屋の中を一通り見渡し、ジョンに目を落とした。
「この子は?」
「ああ、アタッカー見習いの、あたしの助手。ジョン・アレッドっていうんだ」
 ネージュの問いに、ティナが答える。ネージュはしばらくまじまじとジョンを見つめていたが、ケースを壁に立てかけてジョンの隣に座った。
「私はネージュ。ネージュ・ライルマースよ。よろしくね、アレッド君」
 ジョンに自己紹介をしながら書類を一部取るネージュ。書かれている内容を見て、驚きの表情を見せる。
「3000ドルってすごいじゃない。これだけあったら、久々に新しい銃を買えるかも」
「相変わらずそういう発想なのね」
 ティナが苦笑しながら言い、ネージュは頷いた。
「まあ、なんだ。引き受けることでいいんだな?」
 セルジオは契約書類を2枚取り出し、それぞれを2人の前に置いた。すでにセルジオのサインはしてあり、あとは2人のサインだけだ。
「もちろん。受けるに決まってるわ」
 ネージュはポケットからボールペンを出してサインをした。それに習い、ティナももう一枚にサインをする。
「よし、決まりだな。こいつはウィルから2人への支給品だ。サービスだとよ」
 事務机の引き出しから出したのは、2つの箱だった。片方はティナのピストルに使う9ミリ弾の100発入りケース、もう片方はショットガンに使うショットシェルが40発入ったケースだ。
「ちょうど買おうと思ってたところだったの。あとでお礼言っておくわ」
 ネージュはショットシェルの箱を取り、中を確認した。赤い紙で巻いてある弾が整然と並んでいる。
「ネージュさんはショットガンを使うの?」
 ジョンがネージュの顔を覗き込み、ネージュはにやりと笑った。
「ええ。見せてあげる」
 細長いケースに手をかけるネージュ。ジッパーを開けて出てきたのは、長さ1メートル程度のショットガンだった。握りと肩当て部分が少し小さく、丸みがかっている。
「私がオーダーメイドしたショットガン、ゴールデンフォックスよ。私の体に合わせて作ってあるの。このフォルムがもうかっこよくて」
 銃に頬ずりし始めたネージュ。その顔は本当に幸せそうだ。
「いつもああなの?」
 ジョンは少し呆れを感じながら、ティナとセルジオに聞く。とてもティナと同い年のする行動には見えない。
「うん、ああなの。銃と男と酒がなによりも好き」
 ティナも少し苦笑しながら答えた。テーブルの上の弾を取り、中を確認する。
「私、ショットガンが銃の中で一番好きなの。まあ、アレッド君やティナにはわからないかもしれないけどね」
 袋の中に元通りに銃をしまい、ネージュは弾の箱をハンドバックに詰め込んだ。契約書をきちんと折り畳み、それもハンドバッグに入れる。
「じゃ、セルジオ、私はいくわ。ああ、そうそう、ティナ、今夜暇?」
「うん、暇と言えば暇だね」
「じゃあさ、飲みに行かない?アレッド君も連れてきていいから」
 ネージュの目に、一瞬ぬめるような何かが差したのを、ジョンは見逃さなかった。昨晩にティナが言っていた意味が、分かった気がした。
「あたしはいいけど、ジョンはだめ。また不健全なこと教え込むつもりでしょう?」
 ティナの言葉に、ネージュが笑う。
「あはは、ばれた?まあ、セルジオもアレッド君も、なんかあったら私に連絡して?じゃあ、ティナ。いつもの場所に9時ね」
 笑いながらネージュはオフィスのドアから出ていき、階段を下っていった。むっとした暑い空気が少し流れる。それでも暑いことに代わりはない。
「あいつもなー、もう少し慎みがあればいい女なんだが…」
 セルジオは苦い顔をしながらサインされた書類をしまう。雑然としたオフィスに、ネージュのつけていた香水の匂いが残り、先ほどの彼女の存在を思いださせていた。
「ジョン、間違ってもあんな女にひっかかるんじゃないよ」
 ティナはピストル弾をウェストポーチにしまいながら言った。ジョンは難しい顔をして少し頷いたが、思い出したように言った。
「でも、美人だったよね。なんで結婚しないのかな…」
 ジョンの言葉を聞き、ティナが苦笑する。
「そのこと、ネージュの前で言っちゃだめだよ」
「なんでさ?」
「結構気にしてるのよ。男遊びはするのに、結婚できないのはなぜか、って」
 ティナはジョンにリュックを背負わせ、オフィスのドアをあけた。
「じゃあね、セルジオ。また来るから」
「おう。また遊びに来てくれ。ジョン、またな」
「うん。じゃあね」
 2人はオフィスから出て、階段を下った。外の暑い日差しが2人に容赦なく降り注ぐ。日曜の昼間だけあって人は多い。この暑さなので、誰も彼も疲れたような顔をしている。日陰には若者がたむろし、持っているカバンなどで体を扇いでいる。この暑さなので、アクラーは少ない。
「あれ、ティナ、これ…」
 ぶらさげていたバイクのヘルメットに白い紙が入っている。いつもならゴミを入れられていても気にしないティナだったが、ジョンの声で気が付いた。折り畳まれた白い紙の内側には、なにか文字が書いてある。
「新手のダイレクトメールかな…」
 ジョンはそういいながら紙を広げ、声を失った。
 紙の内側には赤い文字で「弟を牢にぶちこんだ憎むべき女、俺は貴様を許さない」と書いてある。一見血にも見えるが、ただの赤インクだ。
「は、ん。悪質な嫌がらせだね」
 しゃがみ込み、バイクの下を確認するティナ。たばこの箱程度の梱包した箱が、コードでエンジンに繋がっている。
「起動したら通電して爆発する仕組みだね。たぶんプラスチック爆弾か…死にはしないだろうけど、バイクはだめになるね」
 コードを手で引きちぎり、爆弾を持ち上げたティナ。爆弾の裏にも白い紙が貼り付けられている。広げるとそこには筆記体で「トミー」とサインがしてあった。
「ティナ、これって…」
「どうやら、トミー・ボマーはあたしをターゲットにしてるみたい」
 キックでバイクにエンジンをかけるティナ。低くうなるような音でエンジンは起動した。
「後回しにするつもりだったんだけどね。前倒しして、爆弾解体をお前に教えておく。アタッカーの教習所に行くよ」
「うん、わかった」
 ティナの後ろにジョンがまたがり、背中に抱きついたのを確認すると、ティナはバイクを発車させた。


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