チーン
 エレベーターが止まり、扉が開いた。目の前に玄関ホールが見える。ホールには人影もなく、明かりもついていないので、暗闇になっている。しかし、アクラーはそれなりに夜目がきくので、それはあまり大きな問題にはならない。3名程度の、ヒューマンのスーツ姿の男達があわただしく走り回っていた。
「待ってたよ。アドラシスコ市警、警部のコリンズだ」
 エレベーターから降りてきた二人を、年輩の男性警官が迎える。
「爆弾はどこにあるか、探知機で探しているところだ。何か心当たりなど、あるかね?」
「あたしが調べた座標は大体あのあたり。たぶん、あの中に…」
 ティナはまっすぐに天井を指さした。天上から大きなボールがぶらさがっている。ホールへ明かりを照らすライトを芸術品にし、飾っているらしい。
「さすがAランクアタッカー。準備はいいんだな。おい、調べてくれ」
 周囲にいた私服警官が脚立を立て、上に上る。ボールをはずし、床に転がすと、中に黒い箱が仕掛けられているのが見えた。警官がそれを開くと、茶褐色の薬品が入ったボトルとそれにつながった円筒が1つ。円筒の隣には電子時計が組み込まれており、それは時間を指し示していた。残り8分。どうやら、あまり余裕はないらしい。
「どうやらこいつらしいな…他に心当たりはあるか?」
「こいつだけだと思う。他に受信機のセンサー反応はないから」
「協力を感謝するよ。おい、処理班を呼び戻せ!」
 コリンズは近くにいた警官に言い、警官はトランシーバーで処理班に連絡を取り始めた。他の数名が割れたガラスやライトをどかし、箱を安静な状態に置き直す。その間に、階段からはアーマーを着込んだヒューマンのSWAT隊員が2人駆け降りてきた。
「光度センサーがあるかもしれん!ブラインドガラスを遮光モードにして、スターライトスコープでやるんだ!」
 コリンズが指示を出し、今まで透明だった窓ガラスがさっと不透明になる。暗かったホール内がさらに暗くなり、隊員はスコープをつけなおした。
「こいつはなかなかのもんですぜ。リキッドニトロの改良版、RNRのようです。まだ試作段階だったはずだ。軍用利用すらされてない。こいつが爆発すれば、周囲1キロの範囲は吹っ飛ぶ。中に危ないセンサーが見あたらない。おおかた、時限式のみで爆発ですな」
 隊員の一人がガラス管の中をスコープで覗き込みながら言う。ティナは中に入っている薬品を見た後、立ち上がった。その後ろで、ジョンが不安そうな顔をしながら、爆弾処理班の隊員を見つめている。
「今すぐに周囲に避難勧告を出すんだ!応援を呼べるだけ呼んでくれ!さて、ミズ・フィウス。そっちの子と一緒に、早急に退去を…」
 ガガガガガガガ!
 突然、暗がりから銃声が響く。ティナは目の前にいた刑事の体が、横方向に吹っ飛ぶのを見た。空気を高速で銃弾が飛び、そう遠くない場所で悲鳴が聞こえる。ガラスが割れ、銃弾がコンクリートの壁を跳ねる。
「爆弾だけが俺の手札じゃないんでねえ」
 複数のうめき声と共に、トランシーバー越しに何度も聞いた声が聞こえ、ティナはそちらの方へ顔を向けた。太った黒色人種の男が、2人の人影と共に、階段近くに見える。その男に似た男を、ティナは見た覚えがあった。それは、彼女の車を爆弾で吹き飛ばし、彼女が投獄した爆弾魔に似ていた。
「あんたがトミーね」
 ティナは反射的にマッドキャットの銃口をトミーに向けた。両手でしっかりとグリップを握り、トミーの胸を狙う。
「大当たり。待っていたよ。このときが来るのを。弟の無念を晴らすときだ」
 トミーは暗闇の中でいやらしい笑みを浮かべ、一歩前へでた。前に立つ二つの人影がトミーを守るように動く。
「くそったれが!」
 バン!
 一人の倒れていた警官が起きあがってハンドガンを撃つ。銃弾はトミーに当たることなく、前にいた人影に当たった。
 ギィン!
 硬質の金属に着弾した音が響く。銃弾が裂いた服の下には、固い金属の肌が見えた。
「な…アンドロイドか…」
 がっくりと警官から力が抜け、再度床に横たわる。ティナとジョンを除くと、全員が銃弾を受け、血を流していた。
「おとなしくしていればいいのに。こいつらは自分を攻撃する者には反撃をするようにプログラムしてあるんだ」
 銃弾を受けたアンドロイドがゆっくりと腕を警官に向けた。上には、マウントタイプのマシンガンユニットがのせられている。赤いレーザーサイトが警官の体をとらえた。
「ジョン、爆弾を持って逃げて!」
 ドン!ドン!
 ティナが叫び、アンドロイドに向けて銃を撃つ。重厚な音が響き、アンドロイド2体の頭に一発ずつ弾がぶつかった。アンドロイドのゆっくりとした動きがティナを追う。ティナは近くの柱の影に転がりこんだ。それを合図にするかのように、アンドロイドが腕を上げ、柱に向けてマシンガンを撃つ。
 ガガガガガガガ!
 ティナは柱が崩れるのを感じ、すぐさま走り出した。同時に、銃声を聞いたジョンが爆弾を抱え、反対方向へ走り出す。中でちゃぷちゃぷと音を立てる液体は、今にも爆発するのではないかという恐怖をジョンに与えた。
「お、応援を…」
 バン!
 携帯電話を手に取った警官の頭を銃弾が撃ち抜いた。トミーの持つハンドガンからうっすらと煙が立ち上っている。脳が吹っ飛び、血液が大きな水たまりを作った。
「ひ…!」
 そう遠くない場所で転がっている死体に、ジョンがおびえた声を出す。よろめきながら、しっかりと爆弾を持ち、まっすぐに出口に向かって走った。
「ジョン、処理班の隊員を起こして!早くしないと爆発する!解体するんだ!こっちはあたしが引きつける!」
 ティナはウェストポーチの中から手榴弾をとりだした。ベアリングを飛ばして攻撃するタイプではなく、ゼリー状燃料に火をつけ、火炎で敵を焼き尽くす火炎弾だ。ウィルがカスタムしてティナに持たせた特性品で、火炎瓶よりずっと扱いやすい。慎重にピンを抜き、銃弾の切れ間にアンドロイドに投げつける。その後、転がるように大きな柱の影に身を隠した。
 ボォォォン!
 爆発音が響き、火炎がアンドロイドとトミーを包む。暗かったホールがいきなり明るくなった。
 ザアアアアアア
 ビルの保安システムが作動したらしい。スクリンプラーが冷たい水をまき散らす。ゼリー燃料についた火は、水をかぶっても消えず、化学薬品の効果でますます勢いを強くした。
「来いよ、木偶人形!あたしを犯したきゃかかってきな!」
 ドン!ドン!ドン!ドン!
 火炎の中に浮かび上がるシルエットにティナが銃弾を撃ち込む。頭部に何度も弾が当たるが、拳銃弾程度では装甲をうち破ることはできない。銃弾がはじかれる音が響きわたる。
「ははははは!面白くなってきたな!」
 トミーは火を蹴り、アンドロイドから少し離れた位置に逃げる。アンドロイドの着ていた服は燃え、金属質な体とアイセンサーが見える。アイセンサーが柱の影から身を乗り出すティナをとらえ、2つのマシンガンがゆっくりとティナを狙った。
 ガガガガガ!
 とっさに身を隠すティナ。頬を銃弾が切り裂き、血がつうっと流れる。痛みを感じてひるむ暇もなく、彼女は銃のマガジンを交換した。
「起きて、起きてください…」
 離れたところで、ジョンは倒れている爆発物処理班の隊員を揺する。片方の隊員は口から血を流し、微動だにしない。もう片方の隊員はジョンの呼びかけにゆっくりと目を開けた。
「くそ…腕がうごかん…」
 体を起こし、座り直す。両腕は銃弾が貫通し、動かない状態になっていた。なま暖かい血の感触が、ジョンの腕の毛に染み渡る。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、とは、いえないな…ぐう…」
 隊員が痛みに顔をしかめ、ジョンは彼の体を倒れないように支える。
「おいおい、ルール違反だぜ。お嬢ちゃんとガキ以外はゲームに入ってくるべきじゃないな」
 トミーの声がいらだったように震え、彼の持つ銃がジョンの支える隊員の頭を狙う。
 パゥン!
 ホールに銃声が響き、トミーの持つハンドガンは数メートル吹っ飛んだ。ジョンの手の中では、腰から抜いた飛燕が、トミーを狙い銃弾を撃ち出し、煙を吐いていた。
「よくやった!」
 ティナが転がりながら柱の影を出て、腰に下げていたサブマシンガンを抜いた。
 ガガガガガガ!
 高速でサブマシンガンが銃弾をばらまく。鉛の弾が、光のように早くアンドロイドに襲いかかった。アンドロイドは、突発的なティナの行動を処理しきれずに反応が遅れる。反撃をする前に、2体とも頭をつぶされ、火炎の中に倒れ込んだ。
 ボォン!
 マシンガンユニットに引火したらしく、火の中でアンドロイドの腕が爆発した。破片が飛び散り、倒れていた警官の近くに転がった。
「さあ、観念しな。あたしの両親をあんなにした罪…しっかりと償ってもらうよ」
 カチャ
 ティナはトミーの頭にマッドキャットの銃口を押しつけた。もしティナがここで引き金を引けば、銃弾が一発飛び出し、トミーの頭はトマトのようにつぶれるだろう。
「はははは、悪いがそのつもりはまだないな。お嬢ちゃん」
 トミーの下品な笑いを聞き、ティナの胃の中に重く黒い炎が燃え始めた。なぜこの男はこの状況で笑えるのだろう。なぜ…
 ガン!
 突然、ティナは頭を横から棍棒で殴られたかのような衝撃を受け、バランスを崩して吹っ飛んだ。その隙に、トミーが銃を拾い、入り口の回転ドアめがけて走り出す。
「ま、待て!」
 ティナがよろよろと起きあがったとき、熱い何かにもう一度殴られるのを感じた。思わず銃を取り落とし、床にダウンするティナ。よろめきながら振り返ると、そこには頭と片腕を失いながらも自立する、2体のアンドロイドの姿があった。水を中に浴びたらしく、時折ショートするような音がするが、作動停止するような挙動は見せない。
「冗談、きついよ…」
 倒れている間にもトミーは扉に向かって走っている。その後ろ姿がかすむほど、アンドロイドのパンチはティナに衝撃を与えていた。
「ジョン、撃つんだ!」
 ジョンはティナの叫び声を聞き、とっさに銃を構えた。逃げていく男の背中を、冷たい銃口が狙う。飛燕が飛び立つ瞬間を待っている。
 パゥン!
 銃弾はかなりはずれ、壁に当たって跳ね返った。トミーはその間に回転扉を抜け、ポケットから出したスイッチを押した。
 ガーッ
 全ての窓にシャッターが降りる。がちゃりという音と共に、全ての扉が固定され、制御板にクローズの文字が赤く灯った。
『ははははは!今度こそ俺の勝ちだな!あばよ!』
 館内のスピーカーから、トミーの声が響き、ぶつっという音と共に途絶えた。シャッターを閉じたことで保安システムが影響を受けたらしく、スプリンクラーが停止する。
 ガッ!
 アンドロイドが頭を踏みつける寸前で、ティナが横に転がった。落ちている自分の銃を拾い、片方に向ける。
 バギンッ
 銃弾があからさまに斜めに飛び、壁を跳ねた。スライドが後ろに動いた後、銃は動かなくなった。
「衝撃のせいでフレームがまがったんだ…」
 ガッ!
 アンドロイドの拳が正確にティナを捉え、ティナはそれをサブマシンガンで受け止めた。サブマシンガンはベルトがちぎれ、数メートル遠くへ飛ばされる。衝撃はそのままティナに伝わり、彼女は尻餅をついた。
「ティナ!」
「いいから爆弾を解体して!こいつらはなんとかなる!」
 ジョンの叫び声にティナが答える。ジョンははっと、手元にある爆弾を覗き込んだ。残り2分半。
「坊主、そのシリンダーを開けろ、そこからは俺の指示に従ってくれ。手が動かない」
 隊員の声を聞き、ジョンはプラスチックでできた円筒のふたを開けた。中には、数十本のコードと、電子基板、信管らしきものが覗いている。
「単純な作りだな…まず、こっちのコードをちぎってくれ。その後に、ちぎったコードでここからここまでバイパスを作って、このプラグを抜いて、コンデンサをはずす。わかるか?」
「う、うん、やってみる…」
 手に持っていたハンドガンを置き、ジョンは言われた通りにコードを切った。
「この…!」
 ガツッ!
 ティナは壁に備え付けてあった非常用斧を取り、アンドロイドに投げつける。片方は斧が突き刺さり、2歩ほどよろよろと歩いたあとに、倒れ込んで動かなくなった。
「これでもか!」
 倒れている脚立を拾い上げ振り回すティナ。斧が刺さったアンドロイドががりがりと音を立てて床を引きずられ、煙を噴く。もう片方のアンドロイドは、ゆっくりと歩きながらも、ティナの後を追いかけてくる。2度も殴られたせいか、ティナは走ることができず、脚立でアンドロイドの拳をよけるのが精一杯だ。
「そこにあるプラグを上から順にぬいてくれ。4つあるだろ?これで通電することはないから、爆発することはなくなる。液晶の時間表示も消えるはずだ」
 プラグを順に抜くジョン。1、2、3と順番に抜き、最後の一本を引き抜いた。
 だが、液晶の表示は消えない。残り30秒。命のない液晶画面は時を無情に刻み続ける。
「な…お、おかしい、これで解体されるはずだが…」
 隊員は信じられないといった表情でもう一度回路を覗き込んだ。バッテリー、信管、それを繋ぐコード。回路は解体されているはずなのに、信管が止まることはない。残り、15秒。
 ドサッ!
 ティナはアンドロイドに投げ飛ばされ、ジョンの隣に転がった。アンドロイドの蹴りがクリーンヒットし、体を上手く動かすことができない。目がかすみ、前が上手く見えない。
「ティナ!」
 ジョンが叫ぶと同時に、アンドロイドが腕を上げる。その拳は、ティナの頭を砕こうと、ゆっくりと持ち上げられた。
「うわあ!」
 ジョンが持っていた爆弾を振り上げたのと、アンドロイドが拳を落としたのは、ほぼ同時だった。アンドロイドの拳が爆弾の回路に突き刺さり、みしみしと音を立てる。液晶の表示が1秒のまま止まり、つぶれたバッテリーからはバッテリー液が染みだした。
「くらえ!」
 パゥン!パゥン!パゥン!パゥン!
 転がっていたジョンのハンドガンを拾い、ティナは引き金を引いた。装甲の間に銃口がねじ込まれ、アンドロイドの内部を破壊にする。
 シュー
 黒い煙を吐き出し、アンドロイドはその機能を停止した。動かなくなった機械のかたまりが音を立てて床に倒れ込む。
「た、助かった…ショックで爆発しないで、ほんとによかった…」
 ジョンが爆弾を取り落とし、へたりこむ。外では、パトカーのサイレンがゆっくりと近づいていた。


前へ 次へ
Novelへ戻る