「結局、見つからないの?」
 ティナは頭に巻かれた包帯を無意識になでながら聞いた。喫茶「スノー」の外には、昼日中の街並みが広がっている。ティナが座っているイスの隣にはジョンが座り、コップからジュースを飲んでいた。
「ああ。煙みたいに消えちまったらしい。あの後やつを見た人間はいないとさ」
 カウンターを挟んで立っていたセルジオが答える。カウンターの上にはティナとジョンの飲み物が入ったコップの他に、書類が一束置かれていた。書類には事件当時のトミー・ボマーの顔写真が貼られている。
 事件からすでに5日が経っていた。ティナはこの件で、単独で市民を危険に晒したということで、警察から厳重に注意を受けた。彼らは1にも2にも、「もっと連携が取れていれば逮捕できた」ということを強調した。免許剥奪にならなかったのは、爆発をくい止めたことと、今までの功績からだった。
「死者1人に負傷者6人、全員が警察関係者。リキッドニトロは爆発しなかったものの、犠牲は大きかった。あれ以来やつによる事件もないし、なおさらなにもできない。警察はやっきになって捕まえようとしているが、事件が多すぎてそれにばっかりかかるわけにもいかないしな」
 大きくため息をつくセルジオ。彼もティナの専属情報屋として、警察に注意された人間の一人だった。エルナも1週間の停職を言い渡されている。ネージュは直接関係しなかったとのことだが、ティナやセルジオと一緒に長々と注意を受けた。
「仕方ないよ。人が少ないもん」
 あくびをしながらジョンが言う。
「報奨金を狙ってたんだけどねー。車は無理か…」
 ティナがぼんやりと宙を見つめる。今回は彼女にとっては赤字仕事だった。怪我の治療費、銃の修理費だけでもかなりの額になっている。周りに聞こえるように大きくため息をつき、うつむいた。
「大丈夫?どこか痛いの?」
 そんなティナを心配し、ジョンが顔をのぞき込む。
「いや、なんでもないさ。そろそろいくよ」
 がたっと音をたててティナが立ち上がった。それを見て、ジョンがコップのジュースを飲み干し、一緒に立ち上がる。
「そうか?もっとゆっくりしていけばいいのに」
「部屋の片づけがあるんでね。また今度に来るよ」
 ドアをあけて外にでるティナ。コンクリートジャングルが、エアコンの効いた室内から外に出たティナとジョンに熱を浴びせかけた。太陽が雲をかぶって、少し涼しい風がながれている。
「これから、どうなるんだろうね。また爆弾事件が多発するようになるのか、それとも…」
 不安な声でジョンがつぶやく。目の前にはそびえ立つビルの足下が見える。世界を見下ろせるほど高いビルは、街が必死に空へ延ばす手にも見える。もっと高く、もっと大きく。街の欲望が己を大きく見せようと必死になっている手。それをさせているのは人間だ。もしかすると、人の欲が集まり、街を形作っているのかもしれない。
「さあ、ね。神様しか知らないんじゃないかな」
 神様などという普段使わない言葉を使ったティナに、ジョンは違和感を感じて、顔を見上げた。何を考えているかわからない女性の横顔。トミーを殺すと言ったときの憎しみも、普段のあけっぴろな陽気さも見えない。そんな少年の視線に気づいてか気づかずか、アロマ・シガーを加えて火をつけるティナ。その煙は、白い線となって、ビルと共に空を目指していった。

(終)


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