階段を上り、出口のドアを少しあける。白く明るく清潔なキッチンが目の前に広がり、ティナは思わず目をこすった。先ほどまでの地下と比べると、ここの明るさは全然違う。夕日が沈みかけ、キッチンには電気がついていた。
意を決してドアを開け、転がるように外に出るが、誰もいない。コンロにシンク、大きな冷蔵庫があり、コンロの一つには大きな鍋が火にかかっていた。鍋の中ではなにかインスタントのパックが4つ、ゆらゆらと泳いでいる。
ドアを閉めて後ろを振り返ると、そのドアは壁と同化していて一見わからないところにある。どうやら隠し地下室だったようだ。
「健全な町議員の家に独房なんてあっちゃならないね〜。さて、出口は…」
外に出るドアはあけたドアの目の前にあった。ティナは鍵をあけ、外に顔を見せる。誰もいない狭い路地にジョンが立っていた。
「ティナ、これを…」
ジョンが渡したのは、ティナがギターケースに入れていたサブマシンガンとショットガンだった。ショットシェル数発とサブマシンガンのマガジン2本も一緒に渡された。
「もってきてたの?」
ジョンを入れ、ドアを閉め直す。鍵もかけなおし、誰も出入りしていないように見せかけることも忘れない。
「うん。見てみたら、どっちとも強化ゴム弾しか入ってなかったけど、いいの?」
「いいのさ、それなら殺さないで済むからね」
キッチンから出たティナは左右を見渡す。廊下には絨毯が敷いてあり、とても広い。右手奥のホールに、大きなシャンデリアと大きなドアが見える。
「左いくよ。遅れないでついてきな」
スリングベルトで銃を首から下げ、サブマシンガンを構えながらティナが歩く。絨毯のおかげで足音がせず、誰にも気付かれないで済みそうだ。ジョンはハンドガンを構えながら、おっかなびっくりティナの後に続いた。
屋敷内は音一つしない。静かな屋敷で、外には鳥の声が聞こえる。
「テレビの音くらい聞こえてもいいはずだけど…誰もいないの?不用心な屋敷だね」
長い廊下を歩くが、これまでに階段などはない。左右にはドアがあいたままの部屋があるが、トイレだったり倉庫部屋だったりと、どこから探せばいいのかすら見当がつかない。
こっそりと一つのドアをあけ、ティナは中をそっと覗いた。羊系アクラーの男がぼんやりとイスに座って昼寝をしている。室内は広く、テーブルやソファー、大きな石像などがおいてある。どうやらリビングか接客室のようだ。木製のドアでもう一つ隣の部屋とつながっていて、開いたドアから本棚と本が覗いている。
「あいつ起こして、締めて吐かせるか?」
言うが早いか、ティナは部屋に入り込み、男の後ろに立った。
「おい、起きろ」
がつん
鈍い音がして、サブマシンガンが男の頭を叩く。男ははっとしたように目を覚ましたが、自分の状況を知ってのろのろと手をあげた。
「そんな強引なことして…」
ジョンがあきれた声を出しながら部屋に入る。そんなジョンを無視して、ティナは男の耳元でささやいた。
「あたしのカメラから取ったメモリーはどこだか知らない?あれは大事なものだから、返してほしいんだけど…」
男は手をあげながら、じろりとティナをにらむ。
「知らない。大体、お前は誰だ?」
「あたしのこと監禁しておいて知らないはずないでしょう?」
「誰が誰を監禁したって?ふざけた冗談はよしてもらおうか」
男は手をあげたままゆっくりと立ち上がり、ティナのことを正面からにらむ。
「冗談なんかじゃ…」
がちゃり
ティナが言いかけたときドアが開いて、ヒューマンの男が2人入ってきた。先ほど鍋の中で泳いでいたインスタントのパックを持っている。腰にリボルバーを下げた男に、ティナは見覚えがあった。
「…ビリー!」
入ってきたビリーともう一人の男は一瞬固まったが、すぐに銃を抜いた。
「レザー、そいつはアタッカーだ!もう一人は例のガキだ!」
呼ばれた羊アクラーの男が、手を下げてティナに殴りかかる。ティナは拳を避け、後ろによろよろと下がった。ジョンが銃を見て反射的にソファーの影に隠れる。
ドン!ドン!ドン!
2挺の銃がティナをねらい、ティナは思わず横に走り出した。ティナの走る先には本が覗く隣の部屋が見える。
「殺されてたまるか!」
ガガガガガガ!
ティナのサブマシンガンが火を噴き、二人の男にゴムの銃弾が襲いかかる。
「ぐ、ぁ!」
強化ゴムとはいえ、高速で発射すれば人間の体などたやすく壊れてしまう。ヒューマンならばなおさらだ。ティナは銃を撃ちながら走って逃げる。走るティナの後ろをジョンが転げるように追い、遅れて男達の銃弾が二人の後ろを貫いていく。ティナとジョンが部屋に逃げ込んだとき、ジョンは後ろ手に部屋の鍵を閉めた。
「逃げ場がない…」
ティナが部屋を見渡してつぶやく。天井まで届く大きな本棚が、指では足りないほど置いてあり、辞書ほどの分厚い本が並んでいる。発刊されてから200年や300年経っている本もあったが、二人はそれに見とれている暇がなかった。奥の棚には旧式のパソコンや携帯端末などが、ガラスの向こう側に並んでいる。
本棚は4台ずつ並べられて1列になっている。何列あるかわからないが、その左右が開いて、奥まで続いている。埃とカビと、古い紙の臭いが充満し、ティナは思わずせき込んだ。
窓はなく、床はフローリングになっている。電気はついているが薄暗く、少し油断したら転んでしまうほどだ。
気がつくと、ジョンの足はがたがた震えている。まともに歩くことができない。持っている銃がかたかたと音を立てるくらい震えている。なにも言わずに、ティナはジョンを持ち上げると一番後ろの棚の後ろに逃げこんだ。
「か、かっこ悪いね、俺…こんなはずじゃないのに…」
「静かに。来るよ」
ティナは指を当て、本棚の影から扉をのぞき込む。
「俺を殺す気か!」
「当たってないだろう!俺達だって撃たれたんだ!」
隣の部屋から叫び声が聞こえ、がしゃんと大きな金属音が響く。旧式ショットガンのポンプ音だ。まともに戦ったら、ティナ達は3秒で挽肉になってしまうだろう。
ドゥン!
ショットガンの射撃音が聞こえ、ドアが開いた。3人が入ってきたのをみて、ティナは顔を隠す。ビリーはリボルバーだが、もう2人はショットガンを持っている。人数的にも分が悪い。
「出てきてもらおうか、仔猫ちゃん。うちらの言うことをしっかり聞いたら、尻たたきくらいで済ませてやる」
ビリーの声が響き、ティナはサブマシンガンを握る手に力を込めた。音を立てないようにゆっくりとマガジンを交換し、ゆっくりとレバーを引いて装弾する。がたがた震えてうずくまっているジョンの体は、極度の緊張のせいで硬直していた。おそらく、戦えるのはティナだけだ。
「なにも言わないと約束し、ガキをうちらに渡すならば、命だけは助けてやる!断るならば、バラバラにしてマイアミの海にばらまいてやる!」
こつこつと、ゆっくりと近づいてくる靴音が聞こえる。普通の男ならば骨にひびが入り、歩くことすらできないのに、その点ではタフなようだ。
「聞こえないのか?出てこいといってる!」
ドン!
リボルバーの弾が本棚を貫通し、ティナの横1メートルほどの壁を突き抜けていった。ティナはジョンの口を手で押さえ、彼が叫ぶのを止めた。
「おい、ビリー、こいつはボスのコレクションだぜ。あんまり撃つのは…」
「うちの知ったことか!カーンなんざタマの小さいキツネ野郎だ!」
ドン!
2発目の弾が撃たれる。今度はティナが隠れている本棚の反対側に飛んでいった。ガラスが割れる大きな音が響く。
「うちはあんな新参の下で働くのは本当はイヤなんだ。畜生、市長になれば好きなだけでかい面できると思ってたのに…」
チャリン
薬莢の落ちる金属音がティナの耳に届く。リボルバーは一度撃ち尽くしてしまうと、排莢して新しく弾を込めないといけない。ティナは足音と排莢の音で、敵が自分の後ろにいることを知った。ウェストポーチの中にある手榴弾を出し、ピンを抜いて本棚の影から顔を出して確認する。
「そこか!」
ドゥン!ドゥン!
2発の散弾がティナをねらい、ティナは顔を戻した。敵はここからだいたい6メートルほど、3人とも同じ方向に固まっている。意を決して、ティナは手榴弾を放り投げた。
コーン、コン
手榴弾は金属質のバウンド音を立てて、ビリー達の方へ飛んでいく。
「あわてるな、どうせフラッシュパックだ!目さえ閉じれば…」
ドォォン!
手榴弾は破裂し、光と音ではなく金属片を吐き散らした。本棚に、壁に、そして人に金属片が襲いかかる。
「ぎゃあ!」
「ぐ、ぐあ!」
どうと倒れる音がして、ティナはジョンをかついで反対側に逃げ出した。ちらりと横目で見ると、3人は膝をついて血を流している。
「悪いね、本物もあるのさ」
逃げ出すティナを見て、ビリーは血を流しながら追ってきた。めちゃくちゃに銃を撃ち、怒り狂った顔でティナをにらむ。
「殺してやる!」
ドアまでティナが走りよったとき、ビリーは銃口をティナに向けた。
ドゥン!
振り向きざまにティナはショットガンを撃つ。飛びかかった散弾はビリーの体を吹き飛ばし、ビリーは床に後頭部を打ち付けた。
「一生寝てろ、バカ!」
ティナはジョンを担ぎ直して走り出した。応接間の開いたままのドアから外に出て、絨毯を乱暴に蹴りながら、ティナは外を目指す。
「ジョン、逃げるよ。命あっての物種だ」
「ティナ、ごめん。ついていくだなんて言わなければ…」
「いいんだ。ほら、出るよ!」
廊下の先の出口がどんどん近くなり、二人は廊下から抜け出した。とても広いロビーには上に登る階段が2つついていて、大きな彫像が複数おいてある。豪華なシャンデリアは入る人々に光を向けているのだろうが、二人はそれを見ている暇などなかった。
がちゃ、がちゃ
ティナは片手でドアを開けようとしたが、鍵がかかっているようで開かない。鍵はドアノブではなく他のところについているらしく、見つけることができない。
「しゃあない、壊して…」
ティナはサブマシンガンとショットガン、ジョンを下においてハンドガンを取り出した。銃口が扉を向き、ティナは引き金を引き絞る。
「そこまでです、お嬢さん」
細く長い、まとわりつくような声がして、ティナは振り向いた。階段を上った2階に一人の男が立っている。キツネ顔のスーツの男。カーン・マブレフだ。
「逃げようと考えていたのかも知れませんが、それもそこまでです、残念でした。館内に異常が発生すると、モバイルで私に報せが来るようになっているんですよ。どうやら部下を痛い目に遭わせてくれたみたいですね?」
ティナの目がカーンをにらみ、彼女の銃、マッドキャットは新たに飛びかかるべき相手に銃口を向けた。ジョンがなんとかふるえを納め、荒く息をつきながら立ち上がる。
「あたしに銃を撃ってきたんでね。正当防衛さ」
「部下が銃を?それは失礼をいたしました。彼らは壊すことしかしらないものでね。しかし、私は違う。古い物でも集め、愛でることによって、あらたな存在意義を持つものです。違いますか?」
「とんだ変態だね。なにを言いたい?」
ティナは扉を背中で押すが、開く気配はない。木の扉とはいえ、かなりの大きさに重さがある代物だ。鍵もかかっているのに、そのままあけることはどできないだろう。ティナはショットガンに実弾を入れておかなかったことを後悔した。
「単刀直入にもうしますと、あなたはとても美しい。是非とも私のものになっていただけませんか。悪いようにはしません。力も富も、薬も名声さえも手に入ります。確実に勝てる賭だと思っていただいていい。どうでしょう?」
「おあいにく様。あたしの旦那はもう死んで、天国であたしを待ってるんでね」
ガチャリ
銃の安全装置がはずされた。マッドキャットはティナの手元で主の命令を待っている。
『ティナ、マジシャンさんのことを…』
ジョンは大きく息をつきながら、ティナの顔を覗く。ティナは憎悪の視線をカーンに向け、かみつきそうな表情をしていた。最初に会ったときから気に入らなかった男だが、一層彼女はカーンを嫌いになっていた。
「それは残念。では、私がそこまで案内して差し上げましょう」
カーンは壁の一部を開き、そこにあるスイッチを押した。
ウィーン
電気的な音がして、天井が開く。開いた天井からは、黒光りする巨大な銃口が4機、二人の方を向いていた。
「やばい…!」
ドンッ!
ティナはジョンを突き飛ばし、石像の影に転がした。同時に自分も走り、銃口から逃れようとする。
「さようなら、美しい人」
ドガガガガガガガ!
カーンの手でスイッチがおされ、4機の機銃はティナをねらって火を噴いた。雨のように降り注ぐ鉛弾はロビーの絨毯に穴をあけ、壁を吹き飛ばす。
「あっ!」
ティナは逃げおくれ、左足にまともに銃弾を受けてしまった。赤い血が噴き出し、赤い絨毯に黒い染みをつくる。転んだ拍子に石像の裏には逃げこんだが、そこはジョンがいる場所とは、部屋の中央を挟んで反対側だった。
「ティ、ティナ!大丈夫?」
「ちくしょう、ちくしょう!ああ、大丈夫じゃない、見りゃわかるだろう、やっぱ痛いね、ったく…この石像もいつまで保つか…」
銃弾は恐ろしい早さで石像を叩き、石が吹き飛んで粉になる。固い石像だからまだ二人とも息があるが、このまま伏せていては死ぬのは時間の問題だ。
「死ぬ、か。ちくしょう、こんなところで。ごめんね。あたしのミスだよね…お前は死ぬはずじゃなかった」
かなりの量の汗がティナの毛皮を濡らした。痛みに耐えながら、足を引っ込める。彼女の表情は悔しさでいっぱいだ。
「ティナ、やめてよ…そんなこといわないで…」
「大丈夫、一緒に行ってあげるから。自分自身のミスで自分を殺すなんて、おもしろいね」
「やめて…ってば…」
ジョンの涙が頬毛を濡らす。少年の心に突き刺さったのは女性の言葉。あきらめきったティナは、丸一日一緒に暮らしていたティナとは似ても似つかない。死んだ相棒の事で悲しげな少女に変わった女性でも、色っぽい胸を見せて昼寝をする女性でもない。死にそうな状況より、ティナの態度がジョンの心にはつらく突き刺さった。
突然、銃弾の雨がやんだ。4つの機銃は2つずつに別れ、ティナとジョンをねらったまま停止している。
「わかりましたか、勝ち目なんぞないんです。おとなしく投降するか、死ぬか。どちらでも私は一向にかまいません。大丈夫、傷がついても私は気にしませんよ」
ティナは痛みに顔をしかめながら、くずれかけた石像の影からカーンをにらむ。にやにやと笑う憎らしい男の顔を、ティナは一生忘れないだろう。もっとも、その一生も今終わるか終わらないかだが。
「わかった、お前の物になる。だけど、そこにいる子だけは助けてやってくれ。ただ巻き込まれただけの、かわいそうなやつなんだ」
「そ、そんな…俺のために、やめてよ…」
「死んだら親だって悲しむだろう。人の心があるなら、助けてやってほしいんだ」
ティナは撃たれた足を引きずりながら石像の影から出る。まっすぐに立ち、まっすぐにカーンをみつめ、まっすぐに言葉を出す。彼女の姿はまるで子を守る母親のようだ。銃を握っているが、それを使うようなそぶりすら見せない。ほとんど無防備だ。
「私は嘘をつくのは嫌いだから、しっかりと言わせてもらいますがね…残念ながら、助けることだけはできないんですよ。大変なところを見てしまった子ですから、かわいそうですが死んでいただきます」
「あたしのことは好きにしていい。どんなことをされようと文句は言わない。だから、だからジョンには手を出さないでくれ」
「ほほう、どんなことをされようとも?んー…いいでしょう。その少年がしゃべらないと約束さえしてくれれば…」
ジョンは立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。不思議と震えも怖さもない。あるのは純粋な怒りと憎しみだけだ。
「イヤだね。告発してやる。捕まればいい」
ジョンは驚いているティナの前で、銃を持ち上げた。飛燕は主の憎しみをその身に受け、ゆっくりと爪を向ける。銃口がカーンの顔を向き、ジョンは足を開いて立った。
「ジョン、あんた…」
ジョンはティナに手をむけ、ティナは黙り込んだ。その小さな背中は先ほどまで震えていた情けない少年の姿ではない。
「お前に手出しはさせない。ティナは俺の女だ」
ジョンはまじめに言い放ち、銃を構え直す。いくら軽い銃と言っても、1キロはある。少年が振り回すには少々重い代物だ。
ぽかんと口を開いていたカーンは、ジョンを見て笑い出した。
「うははははは…なにができるというのだね?せっかく助けてやろうというのに、好意を棒に振ると?」
「ああ、その通りだ。施しを受けたような生なんかいらない」
「冗談はやめておとなしくした方がいい。私に勝てるとでも?」
カーンがパネルを操作し、4つの機銃が少年の小さな体を冷たくにらむ。しかし、ジョンは恐れなかった。憎しみも怒りも少しずつ収まり、彼の中には冷たい「なにか」が棲みついていた。何かと言われてもわからない、得体の知れない何かが。
ティナはなにも言わずにジョンを見ていた。不思議な信頼感が彼女を包む。ジョンならなんとかしてくれる、ジョンならば…
まるでマジシャンの背中を見ているかのようだ。彼女は昔のことを思い出し、にやりと笑った。
「な、なぜ笑う。お前らの命は私が握っているんだぞ?」
カーンの声にも、二人はなにも話さない。ジョンの指が引き金にかかり、ゆっくりと引き金を引いていく。飛燕が憎しみを受けて、飛び立とうと羽を広げる。
「やめろ!」
パゥン!
カーンが言うが早いか、ジョンは引き金を引いた。反動で後ろによろけ、その背中をティナが支える。
銃弾はカーンには当たらなかった。弾は操作パネルに当たり、電気が漏電するジジジという音だけを発していた。
「な…」
カーンがボタンを押すが、機銃は動かない。パネルは壊れ、カーンは強力な武器を失った。
「く、くそ!」
懐に手を入れ、巨大なオートマグナムを出すカーン。そのカーンの手元を正確にねらって、ティナがマッドキャットの引き金を引いた。
ドン!
狂った猫は主の命令で弾を吐き出した。銃弾は正確にオートマグナムを直撃し、カーンの手が衝撃で吹っ飛ぶ。それと同時に、バランスを失ったカーンは、柵を壊して一階に真っ逆様に落ちた。
「う、うわあああ!」
カーンは絨毯を敷いた床に落ち、背中を打つ。鈍い音が響き、カーンはうめきだした。
そのカーンに向かって、ティナが歩を進める。ゆっくりと、痛さすら忘れて、近づいていく。
「わ、わかった!二人とも見逃す!だ、だから撃つな!」
ティナは歩みを止めることはない。今まで自分たちを殺そうとしていた男に向かって歩みを進める。
「金か?薬か?車だって、なんだってやる!だから助けてくれ!」
ティナは歩みを止めることはない。人を滅ぼす薬で金を儲けた男に向かって歩みを進める。
「私が市長になった暁には良い思いをさせてやる!」
ティナは歩みを止めることはない。街を牛耳り、滅ぼそうとしている男に向かって歩みを進める。
「だ、だから、助け…」
後ろを向いて逃げだそうとするカーンの背中に向かって、ティナは最後の言葉を吐いた。
「反吐が出る。牢屋の中で反省しな!」
ドォン!
ティナの長い足が一回転し、強烈な回し蹴りを食らわした。カーンは数メートル吹っ飛び、体を強打して動かなくなった。ぴくりとも動かないその男は、市長に立候補しているインテリでもなく、麻薬売人をして財を成したボスでもない。アタッカーに敗北し、みじめな姿を晒す小悪党だった。
「ティナ、殺してないの?」
緊張がとけ、へたりこんでいるジョンが、ティナに声をかける。
「殺してない。警察に連絡して終わりにしよう」
ジョンの前にティナが戻り、頭をくしゃくしゃとなでた。
「よくやったよ。俺の女、ってのは言い過ぎだけどね」
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