数時間後、ティナは指定された倉庫の屋根に伏せていた。上空を飛ぶ航空機やエア・フライヤーからは見えないように、同じ色のビニールシートをかぶってカモフラージュする。天窓から中を覗くポジションで、いざとなれば後ろを振り返って逃げる。中にはコンテナ数個とソファー、テーブルがおいてある。
昼間、暑い中での行動だ。日の光が容赦なくティナの背中を焼く。アクラーの彼女は身体的にはタフだったが、毛皮や汗腺の問題であまり熱には強くない。早くに取引が終わってくれないと、彼女の生命に関わる。昨日と同じ服装で露出は多いのだが、あまり関係がない。
セルジオから貸し出されたカメラは、古いタイプのデジタルカメラだった。最長で1時間しか動画を撮ることができない。しかも大きく、2リットルペットボトル程度の大きさがある。ただ、精密機械にしては驚くほどタフで、テーブルから落としたくらいではびくともしない。一昔前に、カメラメーカーの大手であるアイレンズ社から出た、アウトドア用の人気モデルだった。
脇の下にはハンドガンを携行し、ポケットには水分補給のためのミネラル・ウォーターのパックが入っている。ギターケースは大きいので、セルジオのところにジョンと一緒に預けてある。
『あの汚い部屋で埃まみれにならないといいけど…』
そんなことを考えながら、ティナは何度目かわからないため息をついた。
そのとき、バンが一台に、普通自動車が一台敷地に入ってきた。ばれないように、少し首を後ろに回して確認する。中に乗ってる人間は7人。3人がヒューマンで、4人がアクラーだ。その中には、カーンの顔はなかった。
『早速情報が間違ってるんじゃないか…麻薬取引の証拠だけでも撮っておくか?』
ティナが思案している中、頭に包帯を巻いた男が降りた。ビリーだ。今日は白いスーツを着て、腰の辺りに大きなリボルバーを差している。他の男達も似たような姿をしている。
『もう動けるなんて…当たり所がよかったのか』
続いて降りてきた他の男達も似たような姿をしている。
「中においてある。一見ただの倉庫だが、うちらの拠点になってるんだ」
ビリーがそういいながら建物に近づく。シャッターをあけた音がティナに届き、中に2台の車が入った。中で車から次々と人が降りる。
ティナはカメラを構え、中にレンズを向ける。高性能マイクのオプションをつけ、それを少しあけた天窓からたらしこんだ。リモートコントロールでは動かすこともできず、撮影をすることもできないお粗末な装備なので、自分で動かさないといけないのが、このカメラの難点だった。
「さて、今回の金額なんだが…」
二つのグループに分かれた男達が話をはじめる。バンから降りたビリーと、アクラー2人、ヒューマン1人が同じ方に立ち、もう一方にはヒューマン2人とアクラー1人が立っている。高性能マイクが拾った会話内容が、ティナのつけているヘッドホンから聞こえてくる。ティナはゆっくりとスイッチを押し、映像を記録しはじめた。
「さすがにこんだけの純粋なやつで1キロ5000ドルは安い。せめて8000は出せと、うちらのボスが言っている」
ビリー側に立っているアクラーの男が憮然とした口調で言った。
「待て、今までそのレートできたんだ。いきなり1.5倍以上出せっていうのは無理がある」
逆側に立っている男がかみつくように言い返す。どうやら他の組織の頭らしい。どこからともなく漂う風格に、ティナは思わず唾を飲んだ。
「それに、こちらはヘッド自ら来てるのに、お前等のヘッドはどうした?カーン・マブレフさんはよ」
隣に立つ男がポケットに手を突っ込んだままビリーをにらむ。この音声だけで、十分な証拠になるだろうが、まだ麻薬が出てきていない。それまでティナの仕事も終わらないわけだ。
「ボスは今は忙しくて出れないんだ、すまないな」
「ヘッドも出さないで値上げだけするつもりか。我々もそんなに阿呆じゃないぞ」
「イヤならば買わなければ良いだけの話だ。うちらの関係するところではない」
空気が次第に重くなり、一触即発のムードが漂っている。中も相当暑いらしく、ティナはレンズ越しに陽炎を見た。
「我々は正当な交渉の元、商品を引き取りにここにきてるんだ。もしそちらが不当なことをするなら、実力行使に出るということも考えさせてもらうが?」
ティナはそれを聞いて、小さく笑った。正当ではない物品である麻薬を買い取るために、正当な取引が必要なのだろうか。
「ま、そう吠えないでほしい。暑いから気が立ってるんだろう。窓でも開けて…」
ふとビリーが振り向いた視線の先には、天窓からのぞく人影が見えた。
「あれは…なんだ?」
ビリーの言葉に、その場にいる男全員が天窓を振り返る。7人、14つの瞳がティナを捉えた。
『やばいっ…!』
思わず焦ったティナは、ビニールシートをはねのけて立ち上がる。重いカメラのベルトが首筋に食い込み、一瞬ティナの足を遅くした。
ドン!
倉庫内に大きな音が響き、ビリーのリボルバーが火を噴く。天窓をやぶって外に飛び出した銃弾は、ティナの足にかすってどこかへ飛んでいった。
「あっ!」
痛みと衝撃でバランスを崩し、斜めになっている屋根を転がるティナ。屋根がきれ、体が宙を飛ぶ。
『ヘマやっちゃった…ああ、くそっ、せめて最後にシャワーに入りたいな…』
大したことを考える暇もなく、彼女は音を立てて敷地内に落ちた。頭を思い切り打って目の前が暗くなる。打ち所が悪かったらしく、体がまったく動かない。
「さすがビリーさん。すごいっすね」
「ざっとこんなもんよ」
自分の周りに集まってくる足音を聞いて、ティナの意識はゆっくりと暗闇に引きずり込まれていった。
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