数分後、ティナのバイクは1つの店の前に止まっていた。少し街からはずれたところ、広い道のサイドには街路樹が立っている。看板には「GUN SHOP」の文字が見える。
「お姉さん、むちゃくちゃな運転するね、死ぬかと思った…」
ジョンがふらふらしながら壁に手をつく。ティナのバイクの後ろに乗ったジョンは、それこそ死ぬような思いをしていた。
ティナの運転はめちゃくちゃで、まるで見えない何かとレースをしているかのようだ。これでなぜ交通違反にならないか、ジョンには不思議でならなかった。赤信号に全速で突っ込み、横断歩道に前輪がかかった瞬間に青に変わったときには、彼は気絶しそうになった。ティナの背中にしがみつき、早く走行が終わるように、普段祈らない神などに祈っていた。
「序の口さ。ついておいで」
ティナは店のドアをあけ中に入る。その後ろを、ふらふらしながらジョンが続いた。
「いらっしゃい…ああ、ティナか」
カウンターで新聞を読んでいた男が顔をあげた。背が高く、がっしりとした体格で、しっかりした筋肉をもっているヒューマンだ。金髪に青い目をしている。
「久しぶりだね、ウィル。預けたやつ仕上がってる?」
ティナは親しげに男に話しかける。彼の名はウィル・キッパマン。ドイツ系の移民で、一時期傭兵をやっていた経験がある。今はアドラシスコのガンショップを営むが、あまり収益はあげていない。
治安の悪いアドラシスコでは、自衛のための銃を購入する人間が多く、それだけにガンショップも多い。多くのガンショップは一般向けに小さい銃を扱っているが、ウィルの店は警察やアタッカー相手に商売をする店の1つで、大型の銃も扱っている。
「ばっちり仕上がってるよ」
ウィルはカウンターの下を漁り、番号札とレシートが結びつけられたハンドガンを取り出した。ピストルタイプでそれなりの大きさがあり、黒い重心が金属特有の鈍い光沢を放っている。全体的に丸みを帯びたフォルムで、銃口やトリガーにはシャープさが感じられるデザインだ。
銃を持ち上げ、スライドを引くティナ。マガジンを抜いて入れ直し、セーフティをかけなおし、一通りの操作を終えるとそれをカウンターの上に戻す。
「サンキュー、毎度のことながら助かるよ」
「いやいや、いじる方も結構楽しいんだ」
ジャイは銃を手に取り、なでさする。
「M2300マッドキャット、今から40年以上前の銃だけど、傑作中の傑作だよ。確か、アメリカ西部のガンメーカーの品だったな。ほら、なんつったか…」
「MGCだろ。ミレニアム・ガンズ・クリエイトとかいう…」
「そう、そこだ。リボルバーの基礎をオートマに持ち込んだいい意味での問題作で…」
そこまでいって、ウィルは店の中にいるジョンに気がついた。ジョンはあまり二人の話に入って行く気はないらしく、店に飾ってある銃のショーケースを覗いている。
「おい、そこのちっこいの。ここは子供の来るところじゃないぞ。大人になってからまたきてくれ」
ウィルのあきれた声に、ジョンが振り向く。これもウィルにとっては普通のことだった。彼の店にはいつもヒーローになりたがって銃を買いにくる少年が後を絶たない。子供が銃を持つのを嫌っているウィルは、そういった子供を片っ端から追い出している。
「別に好きで来てるわけじゃない」
ジョンは憮然とした顔でウィルに言い返す。
「ほら、チェリーキャンディーをやるから…」
「ああ、こいつはいいんだ。ジョンって名前のあたしの連れ」
ジョンをつまみ出そうと立ち上がったウィルを、ティナが制止した。ティナの鋭い視線がジョンに「生意気を言うなよ」と警告したが、ジョンはそれを知ってか知らずかふてくされた態度をとっていた。
「ウィル、こいつに合いそうな銃を見繕って欲しいんだけど。実は…」
ティナは事情を説明するが、ウィルはあまりいい顔をしない。いつの間にかティナの横のジョンが来て、カウンターのショーケースの中を物珍しそうに覗いている。
「お前がしっかり守ってやればいいことじゃないか。俺は子供が銃を持つのには反対だ」
「飯も風呂もトイレもついていくわけにはいかないでしょ?扱いはあたしがちゃんと教えるし…」
「だめなものはだめだ。なにかあったとき、責任がとれるのか?」
「武器も持たせてない方が、よっぽどなにかありそうだろ?」
ジョンは二人が言い合ってるのを見ていたが、不意に口を挟んだ。
「おっさん、もしかして、もしかしてだけど、親父のことを知ってるんじゃないの?」
ほぼ同時にウィルとティナの視線がジョンに集まる。
「何言ってるんだ?」
「おっさんと似たような性格のガンショップの店員のことを聞いたことがあってさ」
ウィルは目の前の子供が、自分の知り合いの息子だとは思えなかった。たしかに、いろいろなところから銃を買いにくる人間はいるが、その多くとあまり交友関係を築くことはなかった。ティナのようになれ合うのは例外だ。
「親父の名前は?」
「シュパルティ・アレッド。おっさん、知ってる?」
「シュパルティって…ああ、知ってるよ。まさかお前みたいなちんくしゃがあいつの息子だとは思わなかった」
ウィルの顔から先ほどまでの不満が消え、いきなり親しげなほほえみを浮かべた。そのままティナの方へ向き直る。
「ティナ、こいつは俺の友人の息子だったらしい。確かによくよく見れば、そう見えないこともないな。アクラーは毛のせいで顔の輪郭がよく見えなくて…どういう風に俺のことを?」
「口のよく回るナイスガイだってさ」
おそらく父親から聞いていたではなかろう別の言葉をジョンが言う。
「ははは、よく言うもんだ。まさか知り合いの息子がそんな事件に巻き込まれるなんてね。ジョンなんてどこにでもあるような名前だから…」
「で、銃は見繕ってもらえるの?」
また長々と話を始めようとしたウィルに、ティナが話を切る形で割り込む。ウィルは悪い人間ではないが、少々話が長すぎるのが問題だ。ドイツ人なのにゲルマン気質はほとんど見られず、どちらかというとラテン系の性格に似ている。
「まあ、仕方ないだろう。友人の息子を放っておくわけにもいかないからな。今回ばかりは目をつぶろう」
ウィルはカウンターから出て、ハンドガンが並んでいる棚の方へ行く。ジョンもその後に続き、最後にティナがついていった。
「最新モデルから骨董品まである程度はそろってる。まず最初に好きなのを見繕ってみな」
「アドバイスとかは?」
「後回しだ。ハナから押しつけても、お前も不満だろう?」
ウィルがなにかをたくらんでる顔で、にやにやしながらジョンに銃を勧める。言われるがままにジョンは一挺の大型拳銃を選び、ウィルに差し出した。軍用の大型拳銃で、あからさまに子供には不釣り合いな代物だ。
「よし。お前はなんでそれを選んだ?」
「スペックを見て、これが一番汎用性があると思った」
「よし。じゃあ、それを水平にかまえたまま、10秒静止してみな」
言われたとおり、ジョンは銃を水平に構える。重さは2キロを超える大きな銃だ。子供の腕力では持ちきれず、ジョンはすぐに銃を下におろしてしまった。
「銃を使うときの最善の策は、身の丈にあった銃を使うことだ」
ウィルが話し始める。
「たしかに強力で装弾数が多いのはいいことだ。が、使えないんじゃ意味がない。ゲームでいう装備できない状態だな」
店の中を歩き回り、ウィルは一挺のハンドガンを取り出した。それをジョンに渡す。
「さっきと同じように構えてみな」
ジョンは言われた通り、銃を持ち構える。先ほどとは違い、ジョンはすぐに銃を取り落とすことはなかった。あまり腕に無理がかかってないのが傍目にもわかる。
「さっきと比べると握りやすいしずいぶんと軽いね」
ジョンは銃をおろし、ウィルの方を向く。
「日本人用に作られた銃だからだよ。彼らは手が小さいし、小柄だからな。正山インダストリーの飛燕って銃だ。今なら800ドルでどうよ、ティナ」
ティナの方に向き直るウィル。彼の手には電卓が握られ、800ドルと値段を示している。
「高い高い、もう少し安くなんないの?」
「馬鹿言うんじゃないよ。これでも仕入れ値すれすれだぜ?1マグスペアつけて、9ミリを50発1箱つけて750ドルだな」
「それで600にしてくんないと、あたしだってお金がないわけよ」
「じゃああきらめるんだな。お前のを貸してやればいい。だいたいお前は金遣いが…」
「自分の銃を他人に貸すなんてできないって…」
再び言い争いを始めた二人を見て、ジョンはあきれたため息をついた。
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