「やめろぉ!こんなことして、ただで済むと思ってんのかぁ!」
 竜馬が大声で叫んだ。その彼の言葉を無視して、アリサは竜馬を担いで走っていく。人をかき分け、プールサイドを、プールの中をダッシュする。
「アリサさん〜!もうやめて〜!」
 その後を、真優美、美華子、修平、恵理香が追う。周りにいる人々が、何事かと顔を向けた。
「えーい、しつこい!少しくらい大目に見てよ!」
 アリサが立ち止まり、振り返って叫んだ。
「だいったい、なんで追いかけてくんのよ!別に私が彼氏と何しようが、関係ないでしょ!特に修平とか美華子とか恵理香!」
 アリサがびしと指を指す。
「そういう問題じゃないだろう!竜馬が嫌がってるから、止めようとしてるだけだ!」
「なんで嫌がってるってわかるのよ!」
 恵理香の言葉に、アリサは真っ向から反発した。
「嫌に決まってんだろ!真優美ちゃんなんか、泣きそうじゃねえか!」
 竜馬がもごもご動く。アリサが見てみれば、真優美は涙目でアリサのことを睨んでいた。
「そうだよ。俺らは、そういう強引なところを止めた上で、真優美ちゃんに肩入れしてるだけだよ。アリサちゃんを非難してるわけじゃ…」
「あんたに発言権はない!」
 修平の台詞を、アリサが途中でぶち切った。
「な、なんだよ。俺だって、脇役じゃなくて、もっとこう…」
 修平は少なからずショックを受けたようで、しかめ面でぶつぶつとつぶやきはじめた。
「ともかく、もうやめたら?こんな所まで来て」
 美華子が一歩近づく。それに合わせて、アリサが一歩下がった。
「今日は七夕よ。つまり、ロマンスの日なのよ!」
「ロマンスの日、ですかぁ?」
 アリサの自信たっぷりな発言を、真優美が復唱した。
「そう。空の彼方、星の神、織り姫と彦星が年に一度デートする日…」
 アリサの目がうっとりと空を見た。もちろん、屋内プールで空が見えるはずもなく、コンクリートの天井だけが彼女の目に入る。
「だから、何?」
 美華子が冷静に返した。
「わかってないわね、私は竜馬とロマンスしたいのよ!」
 アリサが牙を剥き出しにして叫んだ。
「そんなの、だめー!」
 真優美がアリサにつかみかかる。アリサはそれをひょいと避けた。
「うわわわわわ!」
 振り回されて、竜馬が情けない声をあげた。
「なんでダメなのよ!」
「だってだって、そんなのいけないことだし!」
「えーい、うるさい!」
 ごぉん!
「あっ!」
「んぐっ!」
 アリサは竜馬の腹の辺りを担ぐと、まるで丸太を扱うかのように振り回し、真優美にぶち当てた。アリサはそれで真優美を追い払うつもりだったが、時の偶然か運命の必然か、竜馬の口と真優美の口が強烈にぶつかってしまった。
「は、歯が…いてえ…」
 竜馬がアリサの肩の上でぐったりと力を抜いた。
「い、今のって…あーっ!」
 真優美が恥ずかしそうに、しゃがみ込んだ。
「そんな、は、恥ずかしい…」
 顔に手を当て、痛みすら忘れて、夢見心地の顔でうっとりと竜馬を見つめる。
「偶然とは言え、すごいことが起きてしまったな」
「別に。普通じゃない?」
 感心して竜馬と真優美を見る恵理香に、美華子が冷静に答えた。
「あーーー!気に入らない!気に入らないわ!何もかも気に入らないのよー!ヴァーカ!」
 アリサは言うだけ言うと、またもや竜馬を担いで走り出した。その後を、恵理香が追おうとして、途中で足を止めた。
「このままじゃらちがあかないな。何か、捕獲する手を考えないと…落とし穴でも掘るか?」
 恵理香が唸りながら考え込む。
「ここはあれだ、秘密の武力を使わざるを得ないだろう」
「秘密の武力ってなに?」
「これだよ、これ」
 クエスチョンマークを浮かべる美華子に、修平がどこから出したのか、一挺の水鉄砲を渡した。空気をタンクに送り込み、圧力で強い水流を出す、ライフルタイプの水鉄砲だ。
「おもちゃじゃん。これで頭でも冷やすって?」
 美華子が手の中で水鉄砲をくるくる回す。
「ただの水鉄砲じゃないぞ。こいつの射程距離は100メートルもある」
「で、これを使って、どうアリサを止めるわけ?」
「よくぞ聞いてくれた」
 修平が胸を張る。
「いいか?プールサイドにまずアリサちゃんを追い込むんだ。それで、プールの方を向いたとき、アリサちゃんの足下に水を撒く。獣人の肉球はすべりやすいから、これで転んで、プールに真っ逆様に落ちる。そこを捕まえて、説教して、油絞ってコングラッチュレーションだ」
 自信満々で修平が説明した。3人の女子が、すすすと修平から遠のく。
「ん?どうしたんだよ?」
「い、いや。じゃあ、もういくから」
 美華子が言葉を濁し、恵理香と一緒に逃げ出した。一人ぽわぽわしている真優美も、美華子に手を引かれ、一緒に去っていった。
「なんなんだ…一体何が…」
「んー、君、いいかね」
 修平が後ろから声をかけられ、振り向く。彼の目に入ったのは、身長2メートルはあろうかという、筋肉のたっぷりとついた大男だった。上にはシャツ、下にはブーメランタイプの海水パンツを履いている。
「あのねー、プールサイドは走らない、これ知ってるでしょ?あと、水鉄砲は使用禁止、これもわかるよね?」
 大男が嫌ににこにこしながら修平に言う。彼のシャツの胸元に、プール監視員の文字が踊っていた。
「さあ、あっちでちょっとお話ししようか。さっきの子達も、君の知り合いなんだろう?」
 修平が口答えする間も与えずに、監視員が修平を掴み、ずるずると引っ張っていく。彼は感じた。自分は何か、恐ろしいものに向かって連れていかれているのだと。
「け、結局俺、こんな役なのか…」
 筋骨隆々とした腕に掴まれ、引きずられながら、修平はがっくりと力を抜いた。


前へ 次へ
Novelへ戻る