「すいません、なんだか愚痴を聞いていただくだけになって…」
 真優美が目の前に座っている男女に頭を下げた。片方は明良、もう片方は彼の付き合っている地球人女性である。織川星見と名乗った彼女は、真優美の愚痴を、嫌な顔一つすることなく聞いてくれた。優しい顔立ちで、セミロングの髪は黒い。ただ、一つ欠点を上げるならば、少々肥えているところだろうか。今真優美は、愚痴を全て言い終え、最後に頼んだソフトクリームを舐めているところだ。
「いえ、いいの。人に話して楽になること、あるでしょう?」
 星見がにこりと笑う。
「ま、彼も悪いとは思ってるっぽいし、そのうちまた迎えに来るんじゃねえの?そうしたら、どうするよ?」
 明良が真優美に聞くと、真優美が考え込んだ。
「あんなこと言った手前、戻るの気まずいなぁ…彦根さんの彼女になるって言っちゃったし…」
「そんなことまで?」
 星見が苦笑する。
「あ、あの、すみません…」
 真優美がもじもじしながら頭を下げた。気まずいらしく、耳が寝ている。
「別にいいのよ。もう長い間付き合ってるし、彼の心はよくわかってるから」
 安心させるように、星見は微笑みかけた。
「どれくらい付き合ってるんですかぁ?」
「そうねえ、もう5年くらいよ。実は…いや、なんでもないわ」
 何かを言いかけた星見が、慌てて訂正した。
「長いですねえ」
 真優美には聞こえていなかったらしい。彼女は何も疑問を持っていない。
「わかった。じゃ、向こうが来る前に戻るか。俺らが一緒に行って、適当に理由をつけてやるよ」
 明良と星見が立ち上がった。明良が精算を済ませているとき、ちらりとレシートを見た真優美は、その金額のすさまじさに、申し訳ない気持ちになった。
「あの、あたし、お金出します…」
「いやいや、こんだけ出費するのも、年1度くらいだからいい」
 頭を下げた真優美を、明良が優しく撫でた。
「うう、怒ってないかなぁ…あんなこと言っちゃったし…」
 道すがら、真優美は心の中で、不安が大きく膨らんでいくのを感じた。先ほどのことを竜馬が大きく受け取り、自分のことを嫌いになったら…
「大丈夫よ。話してあげるから」
 星見の優しい声に、真優美は少しだけ不安が軽くなった。屋内プールに戻れば、一同が水球をしているところだった。
「真優美ちゃん、帰ってきたのか…あ、どうも」
 真優美を見つけた修平が、ボールを投げる手を止め、振り向いた。そこで、真優美と一緒に立っていた明良と星見に、反射的に頭を下げる。
「あの人が?」
「ん、そうだよ」
 アリサが小さい声で竜馬に聞き、竜馬はうなずいた。明良のことをじっと見るアリサ。もちろん、彼女はどんな男を見ても惚れることなどないわけで、一人で勝手に竜馬が一番だと再確認していた。修平と美華子も、竜馬から一通りの話を聞いているので、明良を見てもすぐに誰だか理解していた。
「あの、竜馬君…実はその、あたし、一人で暴走しちゃってて…彦根さんには彼女がもういて、その…さ、さっきはごめんなさい…」
 真優美が水の中の竜馬に、ばつの悪い顔で謝る。
「え、何、真優美ちゃん、その人と付き合うんじゃないの?」
「違います…えっと…ごめんなさい、迷惑かけて…うう…」
 呆気にとられ聞くアリサの言葉を聞き、真優美が目に涙を浮かべた。どうやらみんな知っているものだと思ったらしい。
「別に怒ってないさ。こっちこそ、真優美ちゃんの気持ち、ちゃんとわかんないでごめん…」
 竜馬が水から上がった。その優しい声に、自分の気持ちを再認識した真優美が、はらはらと涙を流した。
「うう、ご、ごめんなさい…ありがとう…」
「いいんだよ。ほら、泣かないで。彦根さん、ありがとうございました」
 明良に向かって、竜馬が頭を下げた。明良がよせよ、とでも言うように、照れて手を振った。
「そちらの人は、彼女さんですか?」
 星見を見て、竜馬が聞く。
「ああ。名前は織川星見、自慢の彼女さ。探したってそういるもんじゃないぜ」
「いいですね。俺もそのうち、大事な女の子を泣かさないように出来れば…」
 ぎゅううっ!
「ぐええっ!?」
 竜馬はいきなり、体が締め付けられるのを感じた。慌てて振り返ると、そこには狼の顔をしたアリサが立っていた。いつの間に出したのか、ナイロンのロープを握って、それを竜馬に巻き付けている。
「私は認めないわよ!何よー!」
 明良と星見が、呆気にとられてアリサを見つめている。
「アリサちゃん、また暴走してんのか…やめなって…」
「うっさいボケ!」
 げしっ!
 水から上がろうと、プールサイドに手をかけた修平の顔を、アリサの蹴りが吹き飛ばした。
「ふげっ!」
 修平は水に落ち、流されていく。
「へ、へへへ、いいキック持ってるじゃねえか…」
「そうして見ると間抜け以外の何者でもないね」
 薄ら笑いを浮かべている修平に、美華子が冷たく言い放った。
「アリサ、お前、そんなことばかりしてていいと思ってるのか?」
 恵理香がアリサの目を見つめる。
「望まれない愛を押しつける行為は恋愛でも何でもない。そう言うのを、押し掛け女房と言うんだ。迷惑を考えて…」
「やかましい!ぺったんこなあんたに言われたくないわ!ナイチチ狐ー!スクール水着がお似合いよ、オタク相手に尻尾でも振ってなさいっ!」
 ぺったんこ、という言葉を聞き、恵理香が顔を真っ赤にする。
「ばっ、バカ者!む、胸など、あっても重いだけだし、世の男が皆、胸の大きさでなびくわけではなし…み、水着だって、これしかなくて…」
 自己擁護のループに入ってしまった恵理香。そのほとんどが、胸のことを言っている。
「真優美ちゃん、あなたのせいで、私の計画は台無しよ…くふふふふ…」
 恵理香を無視して、アリサがつぶやくような小さな声で言った。アリサの目が座っている。竜馬が紐から逃れようとじたばたしているが、怪力を持つアリサにいとも簡単に押さえつけられてしまった。
「計画って何ですか、知らないもん!」
「竜馬にあることないこと吹き込んで、私だけのものにする計画よ!竜馬は私のものなんだから!」
「ずるいー!アリサさんのバカー!」
 真優美が泣きながら怒り、アリサに詰め寄る。
「ずるくて結構!おほほのほーだ!」
 とうとう、アリサは竜馬を担いで逃げ出した。
「あ、アリサ、やめんか!うわあ、お助けえええ!」
 竜馬の声がドップラー効果で遠ざかる。濡れているプールサイドだというのに、滑らずに走り回る。今のアリサは、魚をくわえた野良猫よりたちが悪いだろう。
「いや、人と言うのは、何をするもんだかわからんね」
 アリサの後ろ姿を見ながら、明良がぼんやりとつぶやいた。
「拉致されちまった…追わないと!」
 修平と美華子、真優美が一斉に走り出す。
「つまりだな、動物に乳はないわけで、大きな乳が性的な欲を出すというのは…」
「いかないでいいの?」
「え?」
 星見に声をかけられて、恵理香は自分が一人になっていることにやっと気がついた。
「あ、す、すみません!あのアリサというのは、竜馬に惚れていて、裏で何をするかわからない極悪非道の狂犬でして…もしよろしければ、お二方も探していただきたいのです。私も行きます」
 ばしゃばしゃと水をかき分け、恵理香がプールを反対方向へ向かった。
「…いやー、やっぱ人間ってのは面白いもんだわ。今日も暇しないな」
「まったく。獣人や爬虫人…彼らが宇宙人と聞いてはじめは驚きましたが、本質は違わないわね」
 明良と星見が顔を合わせ、おかしそうに笑った。そんな2人を置いて、4人がアリサと竜馬を追っていった。


前へ 次へ
Novelへ戻る