「夏と言えば、やっぱり水遊びよー!」
どぼぉん!
アリサがプールに飛び込み、水面に大きな水柱が立った。飛び散った水が、周りにいた親子や青年、女子高生に派手に降り注ぐ。だが、そんなことはもう普通なのか、誰も気にしない。
ここは彼らの住む街にあるプールレジャー施設だ。つい去年開館したばかりだという館内は新しい。屋内にあるプールやウォータースライダーの他に、サウナ、風呂、屋内トレーニングルームなどがある。プールの水は、冬場は温水になり、冬でも泳いで遊べるようになっている。
屋外にもプールがある他、貴重品を預けるロッカーや、水着を着たまま軽い食事を取ることが出来るカフェ、水に浸かっても漏電しないと銘打っている自動販売機などがある。泳ぐことを専門に考えているというより、海の家が持つ雰囲気をそのままレジャーとして利用しているようだ。
一度家に帰り、支度をした6人が集まったのがつい10分ほど前。入館手続きを済ませ、着替えた男性陣が待っていると、アリサだけが先に出てきた。そして今、彼女がプールに飛び込んだところだ。
「アリサのやつ、一人で早めに出てきたなあ」
竜馬がちらちらとプール入り口を見ながら言った。他の3人はまだ着替えているようで、更衣室からはまだ出てこない。
「アリサちゃん、楽しみだったんだろうな。だからイの一番に出てきたんだよ」
修平が水面を覗き込む。アリサが浮かび上がってくる気配はない。
「なあ…アリサちゃん、浮かんでこねえぜ?」
「え?」
竜馬もプールに目をやった。アリサがいない。髪が散らばらないようにまとめ、水色のビキニを着て泳いでいるはずだが、どこにも見あたらない。
「獣人って泳げんのか?」
「俺に聞くなよ。だいたい、修平のがよっぽど物知りのはずじゃねえか」
「異星人関係には疎いんだよ。案外、重くて浮かび上がれなかったり…ほら、アリサちゃん、筋肉ついてるし、筋肉は水には浮かないわけで…」
修平に言われ、心配になった竜馬は、そっとプールを覗き込んだ。
ばしゃん!
「わああ!」
「りょ、竜馬!?」
と、唐突に水の中から手が出てきて、竜馬は引きずりこまれてしまった。修平が慌てて駆け寄る。
「つーかまえたー。あーん、もう、大好き」
アリサが浮かび上がる。本当に楽しそうな表情で、水の中でぶんぶんと尻尾を振った。
「驚かすなよ!俺はお前が沈んで溺れたんじゃないかって、心配だったんだからな!」
「大丈夫よ〜。なんで溺れると思ったのよ?スポーツ万能、西洋剣術からスキーまで何でも出来る私が?」
くすくすと笑いながら、アリサが竜馬の人肌を撫で、離れないようにしっかりと抱いた。
「毛は水吸うし、重くなると思ったんだよ。えーい、心配して損した。離せよ!」
竜馬がアリサの腕を払い、水から上がった。
「あん、ごめんね、そんなに心配するとは思わなかったのよ。どのくらい潜れるか試してただけだから、もう心配しないでね」
竜馬の後に続き、プールから上がるアリサ。体をひとつ振るわせて、水気を払う。
「他の3人はどうしたんだい?」
「まだ着替えてるんじゃない?ほんととろいんだから」
修平の質問に答えたアリサは、再度水に入り、ぱしゃぱしゃと泳いでいった。
「いやー、眼福眼福、ありゃすばらしい色気だ」
自分も水に入り、修平が言った。
「しかし、とろいとかひどい言いようだな。確かに真優美ちゃんとかは少しゆっくりしてるけど…」
「ふぅん。そう思ってたんですか」
「…ん?」
竜馬は背後に気配を感じ、振り返る。そこには、レオタードの水着を着た真優美が、膨れ面で立っていた。水着はオレンジで、白い線が数本入り、胸の辺りに白くイルカのマークが描かれている。
「な、なんだ真優美ちゃん、いたのか。あ、あはは」
竜馬が微妙な笑いで茶を濁す。
「私たちもいるよ。アリサは?」
真優美の後ろから、暖色メインでモザイク柄のセパレート水着を着た美華子が現れた。
「2人とも来たのか。うーん、似合ってるよ」
修平がプールの縁に掴まり、にやにやしながらお世辞を言った。
「2人?ああ…一人来てない」
美華子が更衣室の出入り口に行くと、がしっと誰かを掴んだ。
「わ、私はいいんだ。離してくれ」
「何言ってるの。泳ぎたいんでしょ?」
「それはそうだが…」
声と口調からするに、恵理香のようだ。美華子はひとつため息をつき、強引に引っぱり出す。
「わ、や、やめてくれ」
「真優美に続いて、あんたまで面倒くさいことするんじゃないの」
どんっ
恵理香の背中を美華子が押すと、恵理香がよろけながら出てきた。ダークブルーのレオタードを着ている。
「あれ、恵理香ちゃん、それって…」
「わ、笑いたければ笑えばいいだろう!」
修平が口を開くと、語調を荒げて恵理香が答えた。
「何を笑うか、よくわからんな〜。まあ、だいたいはわかるけど、別に笑うことじゃないかと…」
竜馬の目が恵理香の胸に行く。美華子は普通サイズ、アリサは大きくて、真優美はアリサに負けず劣らず。だが、彼女は男性の胸板と同じ程度しか膨らみがない。
「そこじゃない!この出歯亀が!」
ばしん!
「ぎゃー!」
まじまじと見つめていた竜馬の頬を、恵理香が力いっぱい張り飛ばした。
どぼん!
よろけた竜馬が、水に落ちる。修平がとっさに自分の顔を手でガードした。
「もういい、泳ぐぞ!」
顔を真っ赤にした恵理香が、水に飛び込むと、飛び魚か何かのような速さで泳ぎ去った。泳いでいる人の間をするりするりと抜けていく。
「なんなんだよ…俺、さっぱり意味がわからん…」
竜馬が叩かれた部分を手で撫でた。
「水着だよ、水着」
「水着?破れでもしてたのか?」
「違う違う。ありゃ、中学校までの、学校指定のプール授業で使うやつなんだよ」
修平が恵理香の耳を目で追いかけた。
「世に言うスクール水着っていうやつですよ〜。市の体育大会に、ジャージじゃなくて体操服でくるようなものです」
真優美はにこにこしながら、遠くにいるアリサに手を振った。その横で、美華子が水に入る。
「ああ、道理で…そんな恥ずかしがることないと思うんだけどなあ…競泳水着にも同じようなのはあるし…」
竜馬はぶつくさ言いながら首をかしげる。
「お前にはわからんかな!あのロマン!素晴らしいエロチシズムがスクール水着にはあるんだよ!」
がくがくがく!
「やめんかー!」
竜馬の肩を掴んだ修平が、竜馬を前後に強く揺さぶった。
「ま、そんなことどうでもいいし。私も泳ぐから」
ざぶざぶと音を立てて、美華子も泳いで行った。が、途中でアリサに捕まり、後ろから引っ張られて行った。
「あの2人、なんだかんだで仲いいな。アリサは空気読めないし、美華子さんは案外我関せずの人だし、仲悪いまま来るんじゃないかと思ってたけど…」
目の前を通り過ぎる美人を目の端に捕らえながら、竜馬がぼんやりとつぶやいた。
「お前が思うほどに、アリサちゃんは空気読めない性格なわけじゃないぜ。社交的な部分はあるし、悪いと思ったら素直に謝る」
「あのな…俺に対しては、謝ることがないんだよ」
修平がアリサを目で追いながら言い、竜馬がそれに反発した。
「それはお前が気に入られ過ぎてるからだよ。彼女がお前に甘えてる証拠だ。それだけ、信頼されてると言うこと。もう少し喜べよ」
ぽんぽんと竜馬の頭を叩く修平。後ろで、足だけ水に入れている真優美が、不機嫌な顔を見せる。
「で、でも、アリサさん、困ってる竜馬君相手に、ずいぶんなことするじゃないですかぁ。あれじゃ、嫌われちゃうのも無理はないですよぅ」
全身を水に入れ、真優美がプールサイドにもたれかかった。
「わかんないかなー。甘えられてなんぼなんだよ。かわいくて、しっかりしてる彼女が、自分にだけは甘えてくれる。時には、男側が甘える。これ以上の幸福はないぜ?」
「うーん…よくわかんない…」
修平はくすくす笑った。彼の言っていることが理解出来なかったらしく、真優美は難しい顔で考えこんでしまった。
「どうせなら、他の女の子に甘えてほしいよ…アリサは、だめだわ…」
修平の手を、竜馬が払いのけた。見れば、アリサ、美華子、恵理香の3人が集まり、ばちゃばちゃと水をかけあっている。
「竜馬はどういう女の子が好みなんだよ?今周りを見渡せば、どんなのだって揃うぜ?」
修平がプールを端から端まで見渡した。
「うーむ…物を知らなくてもドジでも、時代錯誤でも愛想がなくてもいい。一人前に空気が読めて、意志がしっかりしていて、なおかつ俺と気が合う女の子だ」
「容姿は?」
「特にない。病的に太っていたり痩せてたりしてなきゃ、爬虫人でも獣人でも地球人でも、選り好みなんかするもんか。容姿で人見知るなんてあんまりだ」
竜馬が鼻息も荒く言いきった。
「で、そういう女の子に、どういう風に甘えて欲しいんだよ?」
にやにやしながら修平が聞いた。面白い物を見つけた、とでも言いたげな顔だ。
「妄想をぶちまけていいなら、言うが…」
「是非とも聞きたいです〜」
真優美の目がきらきらと輝いている。彼女にも野次馬根性があるらしい。竜馬はしばらく考えていたが、少しずつ言い始めた。
「腕組みとかいいよな。あとこう、こっちが気づかないときに忍び寄ってきて、ぎゅっと抱いてくれるとか。さらに言わせてもらうなら、あけっぴろではなく、控えめで、いつもは少しおとなしいのがいいな」
「純愛王道をなぞってきたな〜」
大まじめな顔の竜馬に、修平が苦笑して見せた。
「さーて、今のデータを、俺はアリサちゃんに報せてくる」
修平がそそくさと水の中を歩いていく。
「おいこら!てめえ、裏切る気か!」
「ははは、冗談に決まってんだろ?ちょっとみんなを集めるだけさ。俺、ビーチバレーのボール持ってきてるし、なんかしようぜ。真優美ちゃん、知らない人にはついていくんじゃないぞ〜」
笑いながら修平が遠ざかる。
「ビーチバレーするなら広い場所確保しないと…ん?」
竜馬が腕に違和感を感じて目を向ける。いつの間にか、真優美が腕にそっと抱きついていた。
「どうした?水ん中にいすぎて、寒くなっちゃった?」
にっこり笑って、竜馬が真優美の腕をほどいた。
「前の、学校での告白、まだ返事聞いてないです…」
真優美が、緊張した顔で、蚊の鳴くような小さな声で言った。
「告白って?」
きょとんとした顔の竜馬。彼には、何が何だかさっぱりわからないようだ。
「あ、あの。あたし、竜馬君のこと、好きだって、言ったじゃないですか…」
真優美が早速泣きそうな目になった。
「え、だってあれって、お酒に酔った勢いじゃないの?」
「…へっ?」
竜馬の、予想の斜め上を行く返答に、真優美が凍り付いた。
ちょうど春先。アリサの下着が盗まれると言う事件が起きた。結局はアリサの早とちりだったのだが、1日だけ学校で張り込みをすることになった。そのとき、真優美は精一杯の勇気を出して、竜馬に告白したのだが、竜馬は本気にしていなかったのだ。というのも、そのとき飲んでいたジュースが、実はジュースではなく酒類だったせいで、彼女の発言が竜馬には本気だと受け取られなかった。
「だって、酎ハイ飲んでたじゃん。だから、その勢いだったのかと思って…あ、あの、本気ならもちろん嬉しいんだ。ただ今他の女の子とつきあうと、アリサがまた噛みついてきて、俺が狂犬病になりかね…」
「…なんでもアリサさん中心に考えるんですね」
「え?」
真優美の体がわなわなと震えていた。水滴が一つ、プールの中に落ちる。
「違う違う、何誤解してるのか知らないけど、ほんと気持ちは嬉しいんだ」
泣きべそをかいている真優美の肩を抱く竜馬。せっかく遊びに来ているのに、友人を嫌な気分にさせてはいけない。それだけしか彼の脳裏にはなかった。
「それって、断るときの言葉ですよね…ひぐ、ぐす…」
「な、泣かないでくれよ。別にそういうつもりじゃ…」
ぱあん!
「じゃあ、どういうつもりなんですか!もう知らない!だーいっきらい!」
竜馬の頬を、真優美が叩いた。ぐすぐす泣きながら、真優美がプールからあがり、ふらふらとどこかへ歩いていく。
「…あ!ま、待ってくれよ!」
慌てた竜馬が真優美の後を追おうとプールサイドに足をかけた。
ずるっ
「ぎゃあ!」
滑った竜馬は、仰向けに水に倒れ込んだ。鼻に水が入り込む。
「げほっ!ま、真優美ちゃんっ…!」
竜馬が起きあがったときには、もう真優美の姿はどこにもなかった。無関係な人々だけが、プールサイドをうろついていた。
「おまたせー。あーん、水ん中つめたぁい」
がばっ
アリサが呆然としている竜馬の背中に抱きついた。
「くふふ、竜馬の肌すべすべ、気持ちいい〜…あれ、どうしたの?」
反応せず、なすがままの竜馬を見て、違和感を感じたのか、アリサが竜馬の頬を引っ張る。
「いや、ね…女心ってよくわからん…はあ…」
はたかれたのがだいぶ応えたらしい。竜馬はアリサを振り払うこともせず、がっくりと肩を落とした。
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