「絶対、竜馬を狙ってるのよ」
 アリサはぬいぐるみに抱きつきながら、つぶやいた。
「知らないよ。関係ないし」
 美華子がベッドに寝転がり、漫画雑誌を読んでいる。今2人がいるのは、美華子の部屋だ。一軒家に住む美華子は、兄が1人いて、2人とも自分の部屋を与えられている。2階にある、簡素な部屋からは、いつもクールな美華子の人格が見て取れた。ただ1つ似合わないものがあるとすれば、エアガンが飾ってあるところだろうか。その中には、美華子が以前ある人物から譲り受けた、ダーツガンも飾ってあった。
 あの後、解散した一同は、歩いてそれぞれの家へ帰った。竜馬と清香は家の片づけ、真優美はふらふらとどこかへ、修平はテスト勉強をするために帰ったので、残ったのは2人だけになった。最初はゲームセンターにでも行くかという話になったのだが、美華子がアリサを家に招待したので、アリサは美華子の家に遊びに行くことにした。
「何よー。美華子、冷たいじゃない。あんただって竜馬の写真持ってるの、知ってるんだから」
「だから何さ。修平のも、真優美のも、アリサのもあるし。ああ、そんなにぬいぐるみを引っ張ったら、ちぎれちゃう」
 美華子はしかめ面をして、熊のぬいぐるみをアリサの手から奪い取った。
「何かいい手段はないかしら。悪い子ではないけど、竜馬を取られると思ったら、胸がつぶれそうなのよぉ」
 アリサはぷんすか怒りながら、カーペットに大の字に寝転がった。壁に貼ってあるポスターの、今売れている美青年系の芸能人が、アリサを見下ろしている。ポスターの下には、彼女の肩下げカバンが置いてあった。
「そんな巨乳がつぶれるはずないと思うけど。つぶれたら見物だね。そしたら、みんなで温泉にでも行って、じっくり見せてもらおう」
 ページをめくり、美華子は笑った。起き上がり、猫背になりながら漫画を読み続ける。
「あー、そういうこというの、ふーん」
 すすすとアリサが美華子に近づく。後ろに回り込み、ベッドの上に乗るとにやりと笑った。
 がしっ!
「ふあっ!?」
 アリサが両手で、美華子の胸をむんずと掴んだ。
「あーら美華子さん、男好きのする体じゃありませんこと?」
 むにむにと両手で美華子の胸を揉むアリサ。彼女の顔はいたずらっ子そのものだ。
「ちょ、やめて、何するのさ!」
「ごめんごめん。それにしてもやわらかいな〜。人肌ってすべすべしてて、好きなのよね〜」
 アリサの手が胸から離れ、美華子の手を持った。腕に頬を寄せ、すりすりと頬ずりする。
「…私は毛皮が好きだけど。主観の違いか」
「それよね。主観の違いなのよ。修平は私のことをかわいいって言うけど、竜馬は言わない。なのに今日、恵理香相手に美人だなんだと…悔しいなー」
 アリサは再度絨毯に座った。
「相手が悪いんじゃない?相手は舞台芸人で、身軽で、鼻筋の通った美人。いわゆるおきつね様ってやつ。それに比べてアリサは、竜馬に性格的に、完璧に嫌われてる。太刀打ち出来るわけないと思う」
 美華子が漫画雑誌のページを、数ページ送った。今月、彼女が好きな漫画家が一人休んでいるようで、読む場所はもうほとんどない。
「言うわね。まさかあんたも、竜馬を狙ってるの?」
「別に。彼氏彼女とか、もう懲りた。セフレくらいなら作るけど」
「ドライねー。私には理解出来ない世界だわ」
 ぬいぐるみを持って行かれてしまったアリサは、今度は壁に掛けてあるハンドガンを1つ手に取って、がちゃがちゃといじりはじめた。
「男って色仕掛けに弱いよ。アリサ、あんたやり方が悪すぎる。だから錦原も、既成事実を作ろうとしないんじゃないの?まず理性を殺さないと」
 無表情に、さらりと過激なことを言う美華子。彼女は性に関して、少しだらけているところがあるようだ。
「じゃあ、やってみせてよ。私が竜馬だと思って。そこまで言うってことは、出来るんでしょ?」
 挑戦的な目つきで、アリサが美華子を睨んだ。美華子はそれを無視して、漫画を読み続ける。
「出来ないんだ。そうよね〜、難しいよね。言うだけなら簡単だもんね」
 言うだけなら簡単、という言葉が美華子に響いたようだ。漫画雑誌を伏せて置くと、のそのそと起きあがった。ベッドの縁に座り、片足は正座するように折り畳んでベッドの上に置く。
「アリサ、どんな食べ物が好きなんだっけ?」
「え、私?うーん、エビが好き。後は、ぼちぼちと」
 いきなり関係のない話をされて、アリサは肩すかしを食らったような顔をした
「そういえば今日もエビ天食べてたね。いいよ、今度作ってあげる」
 足を軽く上げる美華子。スカートの隙間から、白いショーツがちらりと見える。
「見えてるよ?」
「ん?ああ、うん。そうだね、見えてるね」
 あくまでちらりと見えるアングルを崩さず、美華子がくすくすと笑った。よく見れば、着ているブラウスの胸ボタンが、1つ開いている。
「何よぅ、くすくす笑っちゃって。バカにしてるの?」
 むっとしたアリサが、銃を置いた。
「バカにしてるわけじゃないよ」
 すらりと伸びた足をカーペットにおろし、美華子は立ち上がる。少しかがむと、アリサの耳を1つ撫でた。ふっと、息を耳に吹きかけられる、アリサは背中の毛が逆立つのを感じた。ちょうど座っているアリサの顔あたりに、胸元が来ている。
「かわいいよ。嫌いじゃない」
 くいっとアリサの顎を上げ、自分も座る美華子。そのクールな顔は、小気味よく微笑んでいる。彼女の手が頬を撫で、アリサの口にそっと、触れるようなキスをした。
「ね、しようか?ふふ…」
 美華子はとどめと言わんばかりに、アリサの首に手を回し、背中をするりと撫でた。彼女の膝が、アリサのスカートを分け、中に入る。
「あ、あ、あーっ!な、ななな、何すんのよう!変態ー!」
 アリサが慌てて美華子から離れた。
「何って…見せろとか言うから、やって見せただけ」
 美華子の表情は、先ほどの無表情に戻っている。再度ベッドに寝転がると、伏せていた漫画雑誌を読み始めた。
「ほほほ、ほんとにちゅーすることないじゃない!」
「やれって言ったのはアリサだよ?私を竜馬に見立ててって」
「ここまでやれって言ってないじゃない!バカー!」
 アリサは恥ずかしそうにいやいやと首を振った。美華子はそんなアリサに呆れて、ヘッドフォンをつける。日曜の午後は、ゆっくりと過ぎていった。


前へ 次へ
Novelへ戻る