この学校には、2つのコースがある。1つは普通科、もう一つは総合科だ。普通科は言うまでもなく、通常の授業を重点的に行う学科だが、総合科はパソコンの使い方や工作機械の使い方、事務処理の仕方などを学ぶ、工業科に近いコースだ。学校もそれに応じて建物分けがされており、通常教室や職員室のある4階建ての建物を本棟、機械加工室や音楽室のある、3階建ての小さな建物を特別棟と呼んでいる。機械研究部の部室は、特別棟の3階にあった。
「ここまで、妨害らしい妨害もなく来られましたねえ」
大型の木槌を背負った真優美がつぶやいた。特別棟3階、廊下の奥の、機械研究部の部室前では、木槌を持った真優美とハンドガンを構えた美華子、そして鍵を開こうと悪戦苦闘している城山がいる。ここに来るには、本棟からの渡り廊下か、1階からの階段を上らなくてはいけない。本棟からこちらへ来られることは想像していなかったのか、この辺りにはロボットも機械研究部部員もいない。
「それにしても、よくこんなの持ってたね」
美華子がハンドガンを撫でながら、城山に言った。
「ダーツガンです。細いダーツを、圧縮空気とバネで飛ばすんです。ダーツが苦手だったもんで、これで練習しようと思って…」
「ふぅん」
銃の弾を入れるマガジンには、小さいダーツが12発入っている。同型のダーツガンがもう1挺、そして先ほどのボウガンが1挺、美華子のベルトには差してあった。ポケットには予備のマガジンとダーツも入っている。
「なかなか開かないな…職員室で予備の鍵を持ってこればよかった…」
ヘアピンを鍵に入れ、かちゃかちゃと音を立てる城山。ドアは開かない。
「あ、あれ!」
真優美が本棟側を指さした。3台のロボットが、獲物を求めて、壁づたいに走ってくる。
「うう、やだなあ、戦いたくないなあ…」
泣きそうな顔で真優美が木槌を構えた。
「あとどれくらいで開きそう?」
両手にダーツガンを持つ美華子。いつも鋭い彼女の目が、すうっと細くなる。
「えと、後1分くれれば…」
「その言葉、信じたから」
美華子が床を蹴り、一歩前に出た。
ガスッ!ガスッ!ガスッ!
ダーツがロボットに飛びかかった。意志を持たないただの針が、美華子の意志を受け、敵に向かって牙をむき出しにして襲いかかる。針は狙いを外さず、先頭のロボットの車輪を吹き飛ばした。後続のロボットが、転んだ前のロボットにぶつかる。
「憎しみを持つ鉛の塊ほど恐ろしい物はない。私はそれが人々の頭蓋骨を穿つ音を、脳を吹き飛ばす様を、つい先ほどのことのように思い出すことが出来る…」
「なんですか、それ?」
城山が不思議そうな顔で、美華子を見上げる。
「昔の映画の台詞よ。銃を持つたび、思い出す」
ガスッ!
2台目のロボットのセンサーに、針が突き刺さった。
「そんなかっこいい台詞、似合いませんよぉ」
相変わらず脳天気に、真優美はにこにこと笑った。真優美を無視して、美華子が引き金を引く。
ガスッ
「え?」
銃口から出たのは圧縮空気だけだった。弾が切れている。弾を込めようにも、ロボットが目の前に迫ってきている。
「な…ちょっと待った…あ!」
ばたん!
ロボットの体当たりを受け、美華子が後ろに倒れた。銃が手を離れて転がっていく。
「あ、美華子ちゃん、熊さんおパンツだ〜!」
真優美が、まるで鬼の首を取ったかのように叫び、城山がヘアピンを取り落とした。
「アリサさんは縞パンで、美華子ちゃんは熊さん。いいなあ、かわいいなあ」
「いいから助けてよ!」
下着談義を続けようとする真優美に、美華子が助けを求めた。
「あ、はい」
慌てて真優美は木槌を持ち上げる。
「よいしょ!」
ばごん!
真優美の木槌がロボットに向かって振り下ろされた。ロボットは中でがりがりと音をさせて、動作を停止する。木槌は直径20センチメートル、高さ30センチメートル程度の、中身の詰まった木で出来ている。いかにアルミで出来たロボットと言えど、こんな凶器で叩かれては、ひとたまりもなかった。
「真優美、こういう場面では気をしっかり持ってくれないと、みんなが危ないから。ショーツの話をする前に、状況を確かめて」
「ごめんなさい…熊さんがかわいくて、つい…」
スカートについた埃を払い、立ち上がる美華子。彼女は少なからず怒っているようで、真優美に向かって声を荒げた。
「開きました」
鍵を外した城山がドアを開ける。狭い部室の中には、様々な機械が置いてあった。そのほとんどが壊れて、部品取りに使われている。
「はー…」
真優美が、呆れているか感心しているかわからないため息をつく。
「ちょっと待っててください。何か手がかりがないか、探してみます」
城山は狭い部屋の中を、あちこち漁り始めた。そのたびに、がちゃがちゃと騒々しい音が鳴る。
「焦げてる…」
壁を撫でながら美華子は言った。壁の一部が黒くなり、壁紙が焦げて剥がれている。手を見ると、煤がついていた。
「それですか?僕達が入学する前、先輩がぼや騒ぎを起こしたらしくて、その名残だそうです」
「ふぅん…なるほどね…」
並んでいる機械を見ていると、同じように焦げたものがあった。古くさい電気ストーブの塗装が、黒こげになっている。
「あ…」
城山が小さく声をあげた。彼の手の中には、一部の資料が握られている。美華子がそれを覗き込むと、決起作戦という印字が見えた。
「全部、書いてあります。予算のカット、他部の抗議、生徒の無理解などに関しての報復って…」
城山の手から、美華子は資料を受け取る。内容を読み進めると、今回のことに関する計画図が書かれていた。この事件に使われている、大量のロボットは、機械研究部だけが作成したものではないらしい。他校の同じような部活動から、機材を融通してもらった話も書かれている。最後には大きく、部長らしき生徒のサインがしてあった。
「テロだね」
「ええ、テロです…ちくしょう、こんな…」
どんっ
城山が机に拳を叩きつけた。音がやけに大きく響き渡り、真優美がびくっと怯えた。
「あれ、外で音が…」
真優美が耳を立てた。彼女は獣人。人間より聴覚が鋭い。
「音がした?」
「ええ。ちょっと見てきますね〜」
真優美がドアを開けた。美華子の直感が、それを止めろと叫ぶ。
「待っ…」
美華子が真優美を止めようとしたそのときだった。
「きゃあ!」
廊下で、真優美の悲鳴が聞こえた。
「俺達の部室に忍び込もうとはふてぇやつだ!」
「ちょうどいい、こいつを人質にしちまおう」
続いて、美華子の知らない声が聞こえる。外に出ると、真優美が2人の男子生徒に捕まっていた。
「先輩!何をしてるんです!」
城山が大声で一喝すると、真優美を掴んでいた2人の生徒が振り向いた。どうやら知り合いのようだ。真優美に当たらないように、美華子が油断なくボウガンを構える。万一真優美に当たっても大丈夫なように、先に吸盤のついた矢をつがえた。
「城山か。革命の勝利は近いぞ。俺達は、あと少しで栄光を手に出来る!」
一人が真優美を肩に担ぎあげた。
「いやいや、変なところ触らないでぇ!」
「やかましい!お前は大事な人質なのだ!我々と共に来てもらうぞ!」
かしんっ
ボウガンの安全装置を外す音が、広い廊下に大きく響いた。美華子が、怒りに燃えた目で、真優美を担いでいる生徒を狙っている。
「動くな。動いたら撃つ」
「こっちには人質がいるんだ。やれるもんならやってみろ!」
真優美を盾に、生徒が後ろにゆっくりと下がった。美華子がそれを阻止しようと、同じようにゆっくりと近づく。
「先輩、どうしてなんです?こんな馬鹿げた真似、もうやめてください!」
城山が必死になって、2人の生徒に説得を試みた。
「馬鹿げた、か…城山、お前ならわかってくれると思ったが、残念だ。俺らはこれで失礼する」
生徒2人が一気に駆けだし、逃げ出した。
「逃がさない!」
ガスンッ!
美華子が引き金を引いた。吸盤のついた矢が高速で飛んでいく。
ぴっこん!
「きゃん!」
それは、真優美の丸いお尻に、真っ直ぐに飛んでいってぶつかった。
「あーん!あーん!美華子ちゃんのバカー!痛いー!」
真優美の泣き声がだんだん遠ざかる。2人の生徒は、廊下を曲がって、とうとう見えなくなった。
「あの、松葉さん、あなたのせいではないです…だから…」
「何も言わないで。こんなに悔しいのは、久しぶりだから、何も聞きたくない」
フォローを入れようとした城山に、きつい声で美華子が言い放つ。彼女の心には、敗北感が満ちていた。ケンカは嫌いだし、戦いなんて想像もつかない世界に、自分は住んでいるつもりだった。前彼氏に、別れ際に暴力を振るわれたときも、抵抗する気がないから抵抗していないのだと自分に言い聞かせていた。それがこんな結果になるとは、彼女自身、思ってもいなかった。
「美華子さ〜ん!」
階段側から声が聞こえる。竜馬と修平、アリサが階段を駆け上がって来るのが見える。
「無事でよかった。真優美ちゃんは?」
息を切らして、修平が聞いた。美華子は何も言わず、首を左右に振ってみせた。その隣では、城山が俯いて、口を真一文字に結んでいる。
「人質になってる。助けに行かないと。さっきの資料に、何か情報はあった?」
ボウガンをしまい、ダーツガンにダーツを込める美華子。慌てて城山が資料をめくる。
「あ、と…この場所は…」
学校の見取り図に赤丸が書かれている。その場所は、本棟の4階、屋上へ通じる階段の隣。
「放送室です」
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