人生は真っ暗闇の洞窟に似ている。目を凝らしても、ほんの少しの先も見えない。何が起きるかわからないし、注意していないと転んでしまうこともある。危険なことは出来るだけ早くに察知し、それらを回避しながら少しずつ堅実に進んでいく。これが人生を無難にやりすごすコツだ。だが今、人間少年の修平を取り囲んでいる状況は、注意していようがいまいが回避することが出来ないものだった。
「だあ!」
 修平がかけ声と共に、机をロボットに投げつけた。誰の机かはわからないが、今はそれを気にしている場合ではない。ロボットのうち1台は大破し、動かなくなった。
「疲れた…も、もうだめかも知れん…」
 1年2組の教室には、数えるだけでもあと3台、ロボットがいる。他に戦っていた生徒の安否を気にしている暇はなかった。
「修平ー!」
 聞き慣れた声に、修平は顔を向けた。木刀を構えた竜馬が部屋に転がり込む。
「お前、今までどこに…」
「んなこと話してる場合じゃないだろう、来るぞ!」
 修平に向かって、右からパンチをかましたロボットに、竜馬が木刀を振り下ろした。プラスチック製の腕が、音を立てて折れる。修平はその隙を逃さず、ロボットの胴体に回し蹴りを食らわせ、横に倒した。
「お前がいると本当に助かるよ」
 修平が、竜馬に感謝の意を表した。彼は謙遜しているが、中学剣道チャンピオンの名は伊達には見えない。普段、アリサとじゃれているだけの、へたれではなかった。
「1台減った。これで、外に逃げて…」
 顔を上げた修平は、言葉を失った。新たに、数台のロボットが、隊列を組んで部屋の中に入ってきている。このフロアに、他に犠牲者がいなくなったのだろう。
「なんて数だよ、こんなの無理に決まってるじゃねえか…」
 竜馬が教卓の上で、木刀を強く握りしめながら、弱音を吐いた。そこまではロボットも上れないだろうが、危機的状況に変わりはない。
「大丈夫だ。これはギャグ小説だから、死ぬことはない」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題だよ。お前、気負いが…」
 話を続けようとしたとき、修平の目の前まで走ってきた1台のロボットが、アルファベットのCの形をした手を振り下ろした。
「うわっ!」
 後ろに下がる修平。外に出て逃げるはずが、ますます奥に追いやられている。
「はっはっは、まいったな、はっはっは」
「ほら見ろ!言わんこっちゃない!」
 がんっがんっ
 眼前のロボットを叩きながら、困り果てて笑っている修平に向かって、竜馬が叫んだ。修平も机の上に乗ってロボットを回避する。
「苦戦してるみたいね〜」
 廊下から、アリサがひょっこり顔を出した。ロボット達には耳がないのでアリサには気づかない。彼らのセンサーの前に出なければ、追われることも攻撃されることもない。
「アリサ!どうしてここに!」
 竜馬がアリサを見て、驚きの声をあげる。
「んー、そうねえ。竜馬が、私に愛の告白をしてくれるなら、助けてあげてもよくってよ?」
 せっぱ詰まった竜馬とは対照的に、アリサは意地の悪い微笑みを浮かべている。
「アリサちゃん、何か秘策が?」
「ないわよ」
 修平の問いに、アリサがきっぱりと言い切った。
「告白なんかするわけないだろ。ほら、とっとと行けよ」
 伸びてきたロボットの腕を、木刀で叩きながら、竜馬が言う。
「あら、2人より3人の方がいいと思うけど?」
「決定打もないのに加勢されても犠牲者が増えるだけだ。早いところ避難しろ」
 アリサは役立たずだと言わんばかりの竜馬に、彼女は少なからず怒ったようで、竜馬のことをしかめ面で見つめている。
「何よ。そんな偉そうなこと言っちゃってさ」
 ごんっ!
 1台のロボットの手が、教卓に強く打ち付けられ、竜馬は足下にしゃがみ込んだ。
「アホ、心配してるんだよ。俺たちはどうにかなるから、美華子さんと真優美ちゃんについて、保健室にでもいてくれ」
 この状況で、他人を心配する心が、竜馬にはある。それを修平は忘れていた。普段彼がへたれに見えるのは、必要以上に自分を誇示するような、呆れた人間ではないからだ。
「私のこと、心配してくれるの?」
「お前だけじゃないけどな。ほら、逃げろよ」
 彼の心をアリサは理解したらしく、感動した顔で竜馬を見つめた。
「りょぉま〜!」
 そこでアリサは暴走して、竜馬の方へ駆けだした。もし漫画ならば、背景がバラ色になり、アリサの両腕が竜馬を抱きしめていたことだろう。だが、実際に彼女の抱擁を受けたのは、堅いロボットの胸板だった。
「な、なによこれ!あ、ちょ、ちょっと!」
 ロボットの1台に、アリサが足を取られて押し倒された。とっさに剣を抜くが、アリサの存在に気が付いたロボットが、数台固まってアリサを囲み、押さえ込む。
「だから逃げろって言ったのに、お前は…」
「だ、だって、竜馬が私をそんなに愛してくれてると思うと、嬉しくて…」
 ロボットに剣を振りながら、呆れている竜馬に向かってアリサが言う。
「愛してねえよ!お前は本当にどうしようもないな!」
「なによー!こんなに好き好きなのに、私に恥を…あ!」
 アリサの剣がロボットにぶつかって、どこか遠くへ転がって行った。手を伸ばすアリサの、ちょうど顔の上に、掴んでいるロボットとは別のロボットの腕が振り下ろされる。
 びたーん!
「きゃいん!」
 何か粘着質のものが、強く叩きつけられる音が、教室内に響いた。
「な、なにこれ!いやー!」
 ロボットの手には、青いシートが貼られていた。シートはべたべたと貼り付くゴム製だ。通常このゴムは、パソコンなどの機械が動かないように固定するために貼り付ける。それがアリサの顔に、べったりと貼り付いてしまっていた。
「いや、いや、痛い痛い!」
 べりべりべりべり
 ガムテープが剥がれるような音がして、アリサの顔からゴムが剥がされた、毛が数本抜けてしまっている。
「なあ、今のこのアリサちゃん、すっげえかわいいと思わないか?」
「んなこと言ってる場合か!相変わらず不謹慎だな!」
 竜馬が教卓から飛び降りる。そして、アリサを掴んでいるロボットに上段から剣を振り下ろした。
 がんっ!
 丈夫なロボットには、この程度では効果がない。大きな音を立てて、ロボットが上下に揺れた。
「あ、竜馬!後ろ!」
 アリサの声に、竜馬が後ろを振り返った。腕にピコピコハンマーのついたロボットが、まさにその腕を振りおろさんとしている。竜馬はとっさに右にステップし、そのハンマーを避けた。
 ぴこーん!
「きゃー!」
 ハンマーがアリサの顔に当たり、間の抜けた音を響かせた。
「アリサ!くそっ、こいつらひでえことしやがる!」
 自分が避けたせいだということを忘れ、竜馬が木刀をロボットに叩きつける。丈夫なロボットは、木刀程度では破損させることすらできない。
「今助けに…わっ!」
 助けに行こうと飛び降りた修平の背中を、別のロボットが押した。たちまち修平は床に転んでしまった。既に10台程度のロボットが部屋の中に入り込んでいる。どれもこれもギャグのような風体のものばかりだが、強い力を持っていた。
「もうだめだ…こんなん無理だ…」
 修平がつぶやいて目をつぶる。
 ばきっ!
 大仰な音がして、アリサを押さえていたロボットが吹っ飛んだ。アルミ板がへこみ、動かなくなったロボットは、中の回路がむき出しになっている。その横には、机が一つ転がっていた。
「だ、誰?」
 アリサが立ち上がり、剣を拾う。入り口を見ると、そこには一人の女の子が立っていた。髪の短い、かわいらしい顔の人間少女。腕には、緑色の腕章をつけている。
「こっち、要救助者よ。来て」
 少女が手招きをすると、後ろから数人の生徒が入ってきた。廊下にも数人待機し、外からの進入に備える。それぞれ、思い思いの格好をしているが、行動はきっちりしている。整列された軍隊のようだ。
「あ、あなた達は?」
 ロボットの攻撃を避けて、竜馬が聞く。入ってきた集団がロボットと戦闘を始めたので、竜馬達3人は抜け出すことが出来た。
「私は現生徒会長。2年の、寺川五十鈴よ。彼らは生徒会のメンバーです」
「てらかわ、いすずさん…?あれ、でも、3年生が生徒会長になるんじゃ…」
 修平が疑問を口に出した。前期は3年生が生徒会長に、後期は2年生が生徒会長になるはずだ。
「私は特別。みんなの支持があって、生徒会長の座についてるんです」
 五十鈴が、腕に巻いている腕章を見せた。金色の文字で、生徒会長と書かれている。天馬高校のエンブレムのついたその腕章は、彼女がただの女でないことを証明するには、十分なものだった。
「あっ!」
 生徒の包囲から逃れたロボットが、五十鈴の方へ真っ直ぐに走り出した。後を生徒が追うが、追いつかない。
「こいつぅ!」
 がんっ!
 アリサが剣を振り、ロボットの片腕にたたき込むと、ロボットの腕が取れた。モーターと、それにつながったコードが見えている。間髪を入れず、竜馬がそのロボットを蹴り飛ばす。そこへ修平が、倒れたロボットに向かってかかと落としを決める。回路に致命的なダメージを追ったロボットは、動作を停止した。
「大丈夫ですか?」
 廊下を警戒していた生徒の一人が五十鈴に駆け寄った。
「大丈夫です。あなた達は体育館で待機していてください。警察も呼びました。騒動を鎮圧したら、荷物を取りに来ていただき、下校という流れになります。副長、ついてあげて」
「わかりました」
 鉄パイプを持った爬虫人の生徒が竜馬達についた。副会長と書かれた腕章をしている。
「さて、次が来る前に行こうか。走ろう」
 早足で歩き出した副会長について、竜馬達も走り出した。
「やーん、剣が邪魔になっちゃう」
 アリサが、ベルトの剣を抜き、手に持つ。
「ほら、俺のケースん中に入れろよ」
「ありがと」
 木刀を入れているケースに、アリサが剣を入れる。2本の剣が入ったケースは、パンパンに膨らんでしまった。
「俺らは加勢しないでいいんですか?」
 走りながら修平が聞く。
「加勢してくれるならありがたいが、まずは生徒会の本部でその旨を伝えてからにして欲しいんだ。どこを警備するか、連絡はどうするか。ばらばらになって、こっちが助けに行けないと、危ないだろう?」
「はあ、確かにそうですけど…いや、すごいな。警察組織みたいな徹底ぶりですね」
 別の教室を覗く修平。そこでも、ロボット相手に、生徒会の腕章をつけた生徒が戦っていた。
「それもこれも、寺川会長の力なのさ。体育祭や文化祭の暴動鎮圧も生徒会がしている」
「はあ…」
 まさに漫画のような展開が目の前に広がっている、と修平は思った。冗談にしか見えないが、冗談にしては大がかりすぎる。
「かわいいだろ、うちの会長。あのかわいさにメロメロになってるんだよ。俺も含めてね」
 ニヒルな笑いを副会長が浮かべる。
「たしかにかわいいかも…」
 竜馬が惚けた表情になる。先ほどの生徒会長の顔を思い浮かべているのだろう。
 ばしっ!
「いてえ!」
 アリサはそれが気に入らなかったらしく、竜馬の背中を平手で叩いた。
「何すんだよ!」
「ふん。バーカ」
 怒る竜馬相手に、アリサが憎まれ口を叩く。
「もう体育館だ。あとは生徒会の人間の指示に従ってくれ」
「ありがとうございました」
 体育館の入り口にさしかかったところで、副会長が立ち止まった。後ろを向いて走り去る背中に、竜馬が礼を言う。
「美華子さんと真優美ちゃんもここに来てるかな」
 体育館への階段を上る竜馬。上には数人の生徒が集まっていた。竜馬達が外に出てから、ここが避難所になっていたらしい。
「ああ。あの2人は3階に行ってるわ。まともな銃が見つかって。私は分散して2階へ行ったのよ」
「なんだって?」
 アリサの言葉に、竜馬が驚きの表情を浮かべる。
「城山君も一緒よ。機械研究部の部室の方へ行ったって…」
「バカ!なんで放置してきたんだ!」
「だって、その方が効率がいいし…」
 本気で怒っている竜馬に、アリサがたじろいだ。ここまで怒るとは思っていなかったらしい。
「とにかく、助けに行かないと!」
「あ、待って!その前に、しておかないといけないことが…」
 慌てて階段を下りようとした竜馬と修平を、アリサが呼び戻す。
「どうした?」
 竜馬が心配そうに、アリサの方を見る。
「んと、その…」
「なんだよ。言いたいことあるなら言えって」
「ん…おトイレ…くふふ」
 アリサがにっこり微笑み、竜馬がこけた。


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