「うわ、これはひどいな…」
 本館に入った竜馬は、開口一番そう言った。窓が割れ、様々な物が散乱している。誰の物ともわからない教科書や靴、花瓶の破片、よくわからないものも落ちている。既にロボットはいなくなっているようで、物音一つしない。
 竜馬は木刀、アリサはレイピアをベルトに差し、美華子はボウガンを手に持っていた。真優美は、優柔不断からか不安からか、カバンに様々なもの入れてを背負っている。弁慶のようだと言えば聞こえはいいが、こんなにかわいらしい弁慶はいないだろう。あまり頼りになりそうにも見えない。
「あ、あれ」
 真優美が廊下の彼方で動く人影を指さした。竜馬が目を凝らすと、スーツ姿の爬虫人女性がいる。竜馬達から10メートル程度、ちょうど保健室の前だ。
「蛇山先生!」
 竜馬は慌てて駆け寄った。彼らの担任の蛇山先生に間違いない。
「錦原君!それに、他のみんなも…大丈夫だった?」
 竜馬達に気づいた蛇山先生が、驚きの声をあげる。
「先生こそ、大丈夫ですかぁ?」
「まあね。学生時代は、カナ蛇カナちゃんって言われて、それは恐れられていたものよ」
 心配そうな真優美に、蛇山先生がにっこりと微笑んで見せた。
「それより、これはどういうこと?肌寒くて、ちょっとうとうとしてて。おかしな放送が聞こえたのよ。起きてみればこの有様…はあ…」
 蛇山先生は、辺りを見回して、ため息をついた。学校を愛する彼女にとって、これはあまり嬉しい光景ではない。
「それにしても、そんなもの、よく見つけてきたね。有事だし、不問にするけど、普段なら叱られてるわよ?」
 蛇山先生の目が、一同の持っている武具に移った。
「先生もどうですか?」
 真優美が、背負っているカバンを見せる。
「ありがと。でも、いいわ」
 微笑みを浮かべて、蛇山先生が断った。竜馬はその笑顔に、思わずどきりとした。爬虫人はどことなく、不思議な美しさがある。外国人に恋をするというのも同じ感覚だろう。竜馬は、自分がいつの間にか、有事にも不謹慎なことを考えるようになったと思い、心の中で反省した。
「さっきから、ケガをした生徒が、ここに来ているわ。あなた達もケガがあったら治療してもらいなさい」
 蛇山先生が、保健室のドアを顎で差した。
「ケガって、どんな感じです?そんなにひどいんですかぁ?」
「ひどいのよ。くすぐられて笑って気絶した子とか、ガラスをひっかく音を聞きすぎて気絶した獣人の子とか、肉球を嫌というほど揉まれて泣いちゃった子とか、大型扇風機で冷やされたせいで、貧血でふらふらしてる爬虫人の子とか…」
「それはまた…微妙な攻撃ばっかりですねえ」
 説明を聞いて、真優美が微妙な笑いを見せる。
「まあ、まだギャグの範囲で済んでるけど、これから何が起こるかわからないじゃない。2階には行かない方がいいわよ。まだロボットが数台うろついてるから…あ!」
 蛇山先生が悲鳴をあげた。彼女の視線を辿れば、箱形をしたロボットが、廊下の曲がり角を曲がって疾走してくるところだ。そのロボットから逃げるように、一人の人間少年が走っている。
「あれ、城山君じゃない?」
 アリサが緊迫した表情で剣を抜いた。確かに、逃げている少年は城山だ。ロボットは、先ほど体育館で見たものとは違っていて、何本もの羽箒がついている。足はなく、代わりに足下にタイヤがついていた。
「助けに行かないと…」
「下がって」
 木刀を抜いた竜馬を、美華子が押しとどめた。冷静にスカートのポケットに手を入れ、取り出した矢をボウガンにつがえる。先ほどの矢から吸盤を取り外したものだ。弦を引き、両手でグリップを握ると、ロボットの胸の辺りに狙いを定めた。
 ガスンッ!
 矢が音を立てて放たれた。矢は一本の線となり、ロボットを目指す。城山の耳元をかすめ、ロボットの胸部に空いている、小さな穴に吸い込まれていった。
 ガギッ
 何かの割れる音がして、一直線に走っていたロボットが、急に旋回を始めた。
 ガスンッ!
 2発目の矢がロボットに襲いかかる。矢は片方のタイヤを飛ばし、ロボットは無様にも転倒した。残った片方のタイヤが、床を捉えることなく、空回りしている。もう動けなくなっているようだ。
「今のうちに止めないと」
 美華子が急いでロボットに駆け寄った。その後を少し遅れて、竜馬、アリサ、真優美、蛇山先生が追う。
「すごい…こんな精密射撃、どこで習ったの?」
 アリサがロボットの蓋を開け、素早くバッテリーを外した。ロボットのモーターが作動を停止する。矢は寸分違わず、センサーを貫いていた。
「前に言わなかったっけ。射撃を少しやってた」
 手を差し出し、美華子が城山を引き起こす。
「どうして…こんな…」
「倒れてる人を起こすのは当たり前のことだと思うけど?」
「そっちの方じゃないです…なんで、ロボットが…」
 相当なショックを受けたようだ。城山は、壁に背を預けて、肩を落とした。息が荒いところを見ると、かなり走ったようだ。
「結局、部長はいなくて…でも、機械研究部の仕業に違いないです。僕の手がけたロボットもいましたから…」
 そこで城山が言葉を切った。つらそうな、苦しそうな、そして泣きそうな顔をしている。彼の気持ちが少し理解できた竜馬は、気の毒になったが、何も言うことは出来なかった。
「上にはどのくらいいたの?」
 美華子が、ボウガンを手で撫でながら聞いた。
「10はいます。もしかすると20もいるかも知れない。3、4階にも同じくらいいます。ただ、見あたらないやつがいるんです」
「見あたらない?何が?」
「僕たちの最高傑作です。2足歩行ロボットの極致…アンドロイドです」
 竜馬は耳を疑った。アンドロイドなんていう高等なものが、たかだか私立高校の生徒に作れるはずがない。だが、城山の顔はまじめで、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
「アンドロイドねえ…」
 アリサも信じられない様子で、自分の長い髪をいじっている。
「本当です。かなりのお金をつぎ込んで…見た目は女性型で、中身は自立型のロボットを製作する予定でした。今はまだ無理で、ラジコンで動かしてます。後少し予算がもらえたら、やっていたと思うんですが…」
 俯いて、城山が続ける。今の状況はあまり良いとは言えない。なぜ機械研究部が反乱を起こしたのか。相手の武器はどのくらいか。どうやって対抗すればいいか。全てにおいて、データが不足していた。
「そういえば、上で、がたいのいい人がロボット相手に格闘してたけど、あの人は大丈夫なんだろうか…」
 思い出したように城山が言った。がたいのいい男、と聞いて、竜馬の脳裏に一人の少年の顔が浮かんだ。
「ど、どんなやつだった?」
「えーと、角刈りで、ちょっと強面の地球人で…ひょっとして、知り合いだったんですか…あ、ちょっと」
 城山の言葉が終わらぬうちに、竜馬は駆けだしていた。
「錦原君!」
「先生、そいつらを頼みます!俺、友人を捜しに行ってくるんで!」
 後ろに蛇山先生の叫び声を聞きながら、竜馬は階段を駆け昇った。


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