校内にはほとんどロボットは残っていなかった。所々で、生徒会の生徒が警戒をしている。その中を、5人が歩く。放送室を目指して。
 4階までの階段が伸びて屋上につながっているが、こちらの扉は水タンクのメンテナンス用などで、滅多なことでは使われない。生徒に開放されているのは、フェンスで区切られた、限られた場所のみだ。こちらへ行ける階段は別になっており、それが放送室の隣、廊下の奥側にある。放送室は、4階までの階段から約10メートルの位置、教室一部屋分だけ間があった。
「また一人、犠牲者が…」
 本棟に入り、美華子がベルトにから銃を抜きなおした。
「いや、犠牲者って、真優美ちゃんは死んだわけじゃないんだし…」
 普段見せないようなシリアスな顔をする美華子に、アリサが呆れて言った。
「真優美の犠牲は無駄にはしない。安心して」
「だから、死んだわけじゃ…美華子ってこんなキャラだったっけ…」
 真剣な顔のまま階段を上る美華子に、アリサが再度言った。
「うわ、なんだこれ…」
 階段を上りきった竜馬は、とっさに身を隠した。放送室と、屋上への階段を囲むように、机や棚などでバリケードがしてある。その向こう側には、機械研究部の部員とおぼしき影が数人見えた。人間が守っている方が安心なのだろう、ロボットの姿が見えない。
「無駄な抵抗をやめて投降しなさい!そのうち警察が来る!君たちに未来はない!」
 拡声器を使ったらしい、がさがさした女声が、廊下を駆け抜けた。放送室の反対側を見れば、生徒会の生徒が、段ボールで作った盾と鉄パイプ、ヘルメットで武装して、並んでいる。マイクを持っているのは寺川会長だ。他の階の制圧が終わったらしい。
「やかましい!貴様らに俺達の気持ちがわかってたまるか!」
「ああ、そうだ、わからない!だから話し合いをしよう!どれだけつらいか、我々に教えてくれ!」
 生徒会と機械研究部の話は、平行線を辿っていた。いつまでも同じことばかりを繰り返している。
「ん、何か聞こえる…」
 小声でアリサがささやき、壁に耳をつけた。残りの4人も、アリサに習って壁に耳をつける。
「…でも、無理ですよぅ…」
 微弱ながら、放送室かららしい声が、一同の耳に入った。真優美の困った声だ。
「わがままを言うんじゃない」
「で、でも、こんなおっきいの、お口に入らない…」
「無理じゃないだろう。ほら、口をあけるんだ」
 かちゃかちゃ
 何か金属質の物がぶつかりあう音が、壁越しに伝わってきた。
「おい、これって…」
「あれ、よね…」
 修平の一言に、アリサが頷いた。
「そんないきなり、や、あ、ぬるぬるするよう!」
 真優美の苦しそうな声が聞こえる。
「助けに…」
 竜馬が言う前に、美華子が立ち上がった。両手にダーツガンを持ち、怒りの形相で駆け出す。
「あっ!美華子さん!」
 竜馬が木刀を手に後を追った。アリサも剣を持ち、美華子の後を追う。
「う、うわ!」
 いきなり躍り出た美華子に、生徒会、機械研究部、両方の生徒から驚きの声が上がった。
「ゲームオーバーよ。友達を返してちょうだい」
 かしゃん
 バリケードにしてある机の上に飛び乗り、美華子が銃を構える。
「こしゃくな!」
 放送室前に立っている、数人の機械研究部員が、細いアルミの角材や木材を持ち、美華子の方へ駆けだした。
 ガスッ!ガスッ!ガスッ!ガスッ!
 ダーツガンが火を噴いた。銃弾が、機械研究部員の手に次々と当たっていく。
「うあ!」
 武器を落とし、手を押さえる部員。その隙を逃さず、竜馬、アリサ、修平がバリケードを崩して中になだれ込んだ。
「真優美ちゃん、無事なら返事してくれ!」
 木刀を振り回し、竜馬が放送室の入り口を目指した。前に立ちはだかる部員に上段から剣を振り下ろし、かがんだところに足をすくう。
「行け!」
 寺川会長の号令と共に、生徒会員が波のように押し寄せた。鬨の声が空気を震わす。たちまち放送室の前は混戦模様になった。
「今のうちに…」
 がんっ!
 アリサが放送室のドアに跳び蹴りを放った。いかに鍵がかけてあっても、アリサの力で蹴り飛ばされてはひとたまりもない。ドアは外れ、放送室内側に倒れ込んだ。
「真優美ちゃん!」
 中に竜馬とアリサがなだれ込んだ。
「あ、竜馬君〜」
 呑気な声で真優美の返事が聞こえる。見れば、放送室には小さなコンロが置いてあり、その中でジャガイモが煮えていた。真優美は、体をロープでぐるぐる巻きにされている。縛られてはいるがケガ一つない。彼女の前には、機械研究部員が座っており、バターのたっぷりついた茹でジャガイモをフォークで差し、真優美の顔の前に差し出したまま、突然の闖入者を見て固まっていた。
「あ、あれ、真優美ちゃん、大丈夫なの?」
「ええ。丁寧に扱ってくれてますよぉ」
 拍子抜けした竜馬に、真優美がにこにこ笑いかけた。
「え、でも、ぬるぬるとか、おっきいとか、口に入らないとか…」
「ああ、それは、ジャガイモですよう。どこでそんなの聞いてたんです?放送、入ってたのかなぁ…」
 拍子抜けしたアリサにも、真優美がにこにこ笑いかけた。よく見れば、真優美の口の周りにはバターがついて、少々ぬめっている。放送室の中には、部員が3人。全員地球人で、それぞれがジャガイモの乗った皿を持っていた。
「こんな、バカで脳天気な連中に…戦争中にジャガイモパーティーなんかしてる連中に、真優美ちゃんは捕まったの?」
 わなわなとアリサの体と、握っているレイピアが震えた。それを見て、部員3人が顔を青くした。
「たっ、待避ー!」
 一人が叫んだのを皮切りに、残りの2人が逃げ出した。ビニールシートでくるまれた大きな荷物と、ぐるぐる巻の真優美を担いで。
「あー!ジャガイモー!まだ食べかけなのにー!」
「うるさい!人質なんだから、役に立ってもらおうか!」
 ぽかんとした表情で、竜馬とアリサはその光景を見ていたが、不意に正気に戻った。
「大変!追わないと!」
 逃げていった3人は、生徒会との戦闘がある区域を抜け、屋上への階段を駆け上がっている。扉を開くと、雨の音が大きく響いた。
「やめてぇ、濡れちゃうー!」
 真優美が身をよじって逃げようとするが、しっかりと掴まれて逃げられない。彼女の銀髪と、ふわふわだった茶色い体毛は、雨を吸ってべったりしてしまった。
「真優美!」
「おいおい、逃がすか!」
 修平、美華子、城山の3人が合流し、5人が階段を駆け上がる。生徒会のメンバーも、他の部員も、自分のことに必死で、屋上への階段には目を向けなかった。
 ザアアアアアア
 雨が屋上に叩きつけられる。入り口側には竜馬を含む5人が、反対側には機械研究部員の3人と、濡れ犬になってしまった真優美がいる。
「部長、先輩、もうやめてください!こんな戦いにどんな意味があるって言うんです!」
 城山が叫ぶ。彼は泣いていた。全身雨に濡れ、流れる水は涙か雨かわからない。だが、泣いているのはわかる。
「意味などない!君にはそれがわからんのか!」
「じゃあなんで戦うんです!武装解除して投降してください!」
「それは無理な相談だ。男には戦わなければならないときがある!」
 機械研究部員の一人が、担いでいた荷物を下ろした。ビニールシートを剥がすと、中からは、マネキンのようなものが現れた。ところどころ、関節が見える。
「これが我々の切り札、アンドロイド1号だ!貴様らにもう勝機はない!」
 機械研究部の部長が、手に持っているラジコンのレバーを倒す。アンドロイドがそれにあわせて、一歩一歩歩き始めた。
「こんな木偶人形では私は止まらないわよ!」
「無駄な抵抗はやめろ!」
 アリサが剣を、修平が拳を振り上げ、アンドロイドに殴りかかった。
 ばしぃっ!
 鋭い音が響く。一瞬、何が起こったか、誰も理解できなかった。アリサの華奢な体が、修平のがっちりした体が、後ろに倒れていく。アンドロイドの足が上がり、斜め上を向いて停止していた。そこで竜馬は、アンドロイドの蹴りによって、アリサと修平が吹っ飛んだことを知ったのだ。
「おい、大丈夫かよ!」
 近くに倒れたアリサを抱き上げる竜馬。その隣では、修平を美華子が抱き上げていた。
「竜馬、私、もうだめかも…痛っ…」
「おい、しっかりしろ」
 竜馬がアリサを揺さぶる。アリサはぐったりと力を失い、動かない。
「竜馬、あのね…私のお願い聞いて?」
 弱々しくアリサが言う。
「わかった。どうした?」
「あの、ね…」
 ぐい!
 それまで弱々しかったアリサが、いきなり濡れた髪の毛を、竜馬の顔に押しつけた。
「お耳はみはみしてほしいの、この先っぽの、毛が黒くなってる三角のところを、こう唇で、ほらほらほらほら!」
 ばしぃん!
「きゃん!」
 竜馬の平手がアリサの頭を叩いた。
「うう、上手くいくと思ったのになあ…やられキャラもつらいのよ?」
「バカかお前は!」
 そんな冗談を言っている間にも、アンドロイドがゆっくりと近づいてくる。先ほどの蹴りで、威力は十分に理解できた。このままでは危ない。
「いかん、このままではカテキングを見られない…」
 蹴られた胸を押さえ、修平が立ち上がった。
「あー!そういえば、今日はカテキングの日だったの、忘れてた!」
 真優美が大声をあげた。今子供や若いお父様方に大人気の特撮アニメ、飲料戦者カテキングが、7時には始まってしまう。真優美もこれを見ている一人だが、この事件が終わらない限り、家に帰ることも出来ないし、テレビを見ることも出来ない。
「やーん!離して!カテキング見るのー!」
「えーい、黙れ、バカ!」
 真優美を押さえつけている部員が、真優美の頭をぱしんと叩いた。真優美の目に涙が溜まる。
「あーん!あーん!バカじゃないもん!」
 とうとう真優美は泣き出した。雨の音と同じか、それ以上の大声だ。泣かれることは想定外だったらしく、部長がラジコンを操作することも忘れて、慌てている。
「あのアンドロイドの、胸の辺りに、主回路があるんです。外板を剥がせれば…」
 城山の指さす先に、アンドロイドの胸がある。しっかり固定してあるらしく、どうにもならないように見えた。
「なによう、無理じゃない。どうすれば…」
「僕、行きます」
 片手に、ポケットから出したドライバーを持ち、城山が一歩出る。
「僕、実は来週に、親の都合で学校を辞めなければならないんです。その前に、松葉さんに告白しようって。断られてもいいって。それが出来たし、僕はもう、未練はないかな」
 手で目を拭う城山。眼鏡は雨のせいで水浸しになり、前がなかなか見えない。髪の先から、ぽたぽたと雨の滴が落ちた。振り返らず、彼は走り出した。
「あ、今行かない方がいいかも。だって、あれ…」
 美華子が冷静に真優美を指さした。真優美が泣きながら、ロープを引きちぎっている。しかも、その場にいた生徒を担ぎ上げ、まるでウェイトリフティングのように頭上に掲げた。
「バカじゃ、ないもん!」
「うわー!」
 真優美が生徒を投げる。その先には、アンドロイドがいた。生徒とアンドロイドの距離がぐんぐん縮まる。
 がんっ!
 生徒がアンドロイドにぶつかり、アンドロイドが前向きに倒れた。中で何かが壊れる音がする。首がごろりと落ちると、中の回路に雨が容赦なく入り込んだ。ショートしたアンドロイドは、数秒の間もなく、炎上しはじめる。そのアンドロイドを城山が、今までの自分の決意はなんだったのかと言わんばかりの顔で、呆然とただ見つめていた。
「お、終わった…お、俺達の、革命が…」
 部長ががっくりと膝をついた。遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。後ろでは、他の部員を検挙した生徒会員が、武装したまま屋上へ上ってきていた。
「かっこいい見せ場はばかばかしい何かによって破壊される。マーフィーの法則ってやつだな」
 修平が快活に笑い、髪の滴を払った。


「きゃ〜!カテキング〜!やられちゃうよぅ!」
 真優美が黄色い声を上げる。ここは竜馬のアパート。真優美、修平、アリサ、美華子、そして竜馬の5人がテーブルを囲んで座り、テレビに見入っている。テレビでは、有り余る予算と燃え上がる演出で様々な世代を虜にした特撮番組、「飲料戦者カテキング」を放映しているところだった。
『は、博士ぇ!このままじゃ…』
『あわてるな、尾茶美君。こんなこともあろうかと、新開発のウーロンブラスターを…』
 みんな、食い入るようにテレビに見入っている。テレビでは、ヒロインの乗る決戦兵器が敵の攻撃を受けているところだ。
 事件後、生徒会に事情聴取を受け、借りていた武器を返却。各自服を乾かし、学校でシャワーを借りて、すっきりして帰ってきた。木刀は、持ち主不明ということで、竜馬が引き取ることになった。
『ありがとうございました。たぶん、もうあわないでしょう』
 他の部員と一緒に生徒会に連れていかれた城山は、最後にこんな台詞を言った。
 テレビ画面で爆発が起きる。美華子は何も言わなかった。黙り込み、彼の残していったダーツガンを手でもてあそんでいた。
「美華子、今回はどうだった?」
 アリサがにこにこしながら、テーブルの上に置いてあるスナック菓子に手を伸ばす。
「ん、人に好かれるって、微妙。私、自分のこと、嫌いだから」
「う〜ん、そっか。恋って素敵だと思うわよ?ねー、竜馬〜」
 アリサが竜馬に背中から抱きつく。
「やめろよな。ったく、うっとおしいんだから…」
「だ〜れがうっとおしいって言うの?こんな美少女相手に何を?」
 アリサがぎゅうぎゅうと、竜馬の首を締め上げる。
「いててて!やめろよ!」
 両手でアリサの腕を叩き、竜馬が苦しそうな声をあげた。美華子はそんな2人を見ていたが、悟ったように笑った。
「ま、こんなのも悪くない。今のままで、私はいいし」
「何か言った?」
 小さな声の独り言を、修平が聞き直す。
「別に何も」
 否定しながら、美華子は窓の外に目を向けた。雨が止みかかっている。夕暮れの中、小さな雨粒の一つ一つが、地面を目指していた。


 (続く)


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