竜馬が体育館にかけつけると、アリサと真優美が、体育館へ昇る階段にある、踊り場の窓から外を覗いていた。体育館で部活動をしている生徒が、たまにちらちらと2人を見る。
「おい…」
声をかけようとした竜馬が、アリサに羽交い締めにされ、口をふさがれた。
「静かに。今良いところなんだから」
アリサはよっぽど美華子が気になるようだ。いつものように竜馬にちょっかいを出すこともなく、そっと彼を離して、窓に並んだ。2人に並んで、竜馬も窓の外をそっと覗く。体育館裏の、屋根がある狭い場所に、2人の男女が立っている。女性は美華子、男性は眼鏡をかけ、背が少し低い、色白な人間少年だ。
「で、でも、嬉しいなあ。まさか来てもらえるとは思ってなかったので…」
「じゃあ何?無駄だとわかってたのに、手紙を出したの?」
「いえ、そういうわけでは…」
竜馬のいない間に、だいぶ話が進行していたらしい。美華子は不機嫌そうな顔をしている。
「遅刻してきたあなたのために、親切な私が説明してあげると…」
どこかのサイボーグのような口調で、アリサが小声で話し始めた。
「あの男の子は3組の城山くん。まだ下の名前は出てないからわかんない。入学したときから、美華子のことが好きだったんだって。うじうじする城山くんに、美華子がはっきりしろって怒ったのが、さっきのことよ」
アリサが締めくくる。窓からは、城山の緊張した顔と、美華子の不機嫌な顔が見える。
「上手くいかないわね。解説の真優美ちゃん、どう思う?」
「だめですねぇ。次で試合が決まりますよ」
真優美とアリサは小声で話し合う。この告白が失敗するのは、誰の目にも明らかだった。
「私、付き合う気はないから。ごめんね」
真優美の予想通り、次の一言で、話が終わってしまった。無愛想に言い渡した美華子は、カバンを持って歩き始めた。
「あ、待ってください…」
城山が美華子を呼び止めた。
「何?まだ付き合って欲しいっていうつもり?」
「そ、その通りです…厳しいな…僕、まだ自分の言葉で告白してない…」
俯き気味に、城山が言った。階段から覗いている3人が、顔を見合わせた。
「意外と食い下がるけど、だめっぽいわねえ。美華子もあれで、なかなか強情だから…」
はらはらしながら、アリサが少し顔を乗り出す。声をよく聞こうと、アリサの耳がはたはたと動いた。
「あなたみたいなきれいな人、見たことがなかったんです」
「自分ではそうでもないと思ってるけど」
「なんというか、今時の尻軽女っていうか、普通の人と違って、クールで…本当にエレガントで…」
城山の表情からは何も読みとれない。エレガント、という、彼の容姿からはおおよそ想像も出来ない言葉に、竜馬は噴き出しそうになった。
「きっと、清楚なんだろうなって思ってるんです。男を寄せ付けない、高嶺の花。僕、あなたみたいな、かっこいい女の人に、ものすごく惹かれるんです。あこがれてるって言ってもいい」
言い終えた城山が、ふうと息をつく。
「聞いてる方が恥ずかしくなってきたわ」
アリサが、疲れた顔をする。美華子は黙って聞いていたが、小さく笑って、城山を睨んだ。
「清楚?」
「ええ。あ、あの、僕、機械研究部に入ってるんです。どうしようもないオタク集団だけど、ああいう環境にいるだけに、人を見る目だけは、あるつもりで…」
「ふぅん…」
美華子は笑っていた。悪魔のような微笑みだ。
「あ、あの、松葉さん、もう一度言わせてください。僕と…」
がっ
美華子が城山の襟を掴んだ。ひっ、と小さな声で、城山がうめく。
「したいの?」
「へっ?」
「私と、アレ、したいの?」
にやにやしながら、城山の耳元でささやく美華子。凍り付いて動けない彼が、目を白黒させる。
「き、急展開ですよぉ」
アリサと共に、真優美が顔を乗り出した。スカートの端をぎゅっと握って、どきどきしながら、窓の外を眺めている。これ以上見ていられなくなった竜馬は、帰ろうと立ち上がった。
そのとき、スピーカーから、マイクの電源が入ったことを意味する電子音が響いた。
『我々は機械研究部である。この学校は今、我々の軍門に下った。生徒は速やかに武装解除し、家に帰りなさい。さもなくば、我々の手にかかり、粛正されることとなる』
男子生徒の声が学内に響いた。と、体育館で悲鳴が上がる。竜馬が体育館に目を向けると、そこではドラム缶にキャタピラと手がついたようなロボットが、かぶっていた段ボール箱を投げ捨てたところだった。体育服を着た生徒達が悲鳴をあげ、雪崩のように階段を下りていく。
「な、なんだよ、あれ」
竜馬は慌てて体育館に入った。アリサと真優美がその後を追う。ロボットは、足下に落ちていたバスケットボールを拾い、竜馬達に向かって投げつけた。
「おわあ!」
竜馬が避けようとして、足を滑らせる。バスケットボールは階段の下へ転がって行った。
「竜馬!大丈夫?」
倒れた竜馬をぎゅっと抱くアリサ。既に体育館には、竜馬達3人以外、誰もいなくなっていた。
「人肌って撫でると気持ちいいのよね〜。お耳はみはみしちゃうわ」
アリサは竜馬の顔を撫で、耳を甘噛みする。
「そんなことやってる場合じゃないだろ!バカかお前は!」
「だってぇ、竜馬が好き好き大好きなんだもの」
アリサの腕をほどき、竜馬が立ち上がる。不満そうな顔のアリサも、一緒に立ち上がった。
「わ、また来ますよぉ!」
泣きそうな顔の真優美が、ロボットを指さした。新たなボールを手にしたロボットが、腕を振り、ボールを投げる。飛んでくるボールに反応したアリサが、瞬発的な上段の回し蹴りで、ロボットの投げてきたボールを蹴り飛ばした。
「あっ…!」
ひらりとアリサのスカートがめくれ上がった。それを反射的に押さえる。
「あ、アリサさん、縞パンだ〜」
「う、見えちゃった?」
真優美の言葉に、アリサが恥ずかしそうな顔をする。体毛がなければ、きっと赤い顔をしていることだろう。
「なんだよ、恥ずかしがる真似も出来るじゃないか。いつもあんなにあけすけにせまってくるから、てっきり痴女かと」
「な、なによう。私だって羞恥心くらい…ん?」
竜馬に文句を言おうとしたアリサが、後ろに気配を感じて振り向く。目の前にロボットの手があった。
がしっ
ロボットの手が、アリサの頭をつかんだ。耳が押しつぶされる。
「きゃん!痛い痛い痛い!」
大声を上げて、アリサがロボットを蹴る。丈夫に出来ているのか、アリサの蹴りでもロボットは動じない。彼女の力はかなり強い方だが、それでもロボットには敵わない。
「てめえ、アリサを離せ!」
背負っていた木刀を取り出し、竜馬がロボットの腕を殴りつけた。中で嫌な音がして、腕から煙が上がる。
「くらえ!この!この!」
連続で竜馬が殴りつけると、ロボットは竜馬に向きを変えた。
『来るっ!』
そう思った瞬間、ロボットは動作を停止させた。見れば、後ろに回り込んだ真優美が、カバーを剥がして中のケーブルを引きちぎっていた。
「はぁ、はぁ、大丈夫ですかぁ?」
手に導線を持った真優美が、心配そうに竜馬とアリサの方を見る。
「大丈夫じゃないわよ。あーあ、髪型が…」
アリサは櫛を取り出して、髪を解かした。
「助かったよ…」
竜馬が礼を言い、木刀をソフトケースにしまった。
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