所変わって。1年2組の教室では授業が終わり、掃除が始まっていた。人間少年の竜馬は、帰るでもなく、窓から外をぼんやり見ていた。雨が降っている。今日傘を持ってきていない彼は、どうするか考えあぐねていた。
「竜馬〜。帰らないの?」
 後ろから、獣人少女のアリサが現れ、竜馬に声をかけた。金色でさらさらした長髪に、クリーム色の体毛。頭髪の中、天井に向かってぴしと立つ三角耳の先は黒く、典型的な犬顔をしている。衣替えはまだだが、ブレザーを着るには少し暑い時期で、女子はブラウスの上にベストを着ていた。
「傘がないんだ。濡れたくないし、もう少し待とうかと」
「あら、ちょうどいいわ。私の傘に入る?小さいから、きゅっきゅにくっつかないとだめだけど…」
 傘を見せ、流し目を送るアリサ。その色っぽい仕草にも、竜馬は反応しない。
「ラブラブ相合い傘、いいじゃない。ねえ、一緒に帰ろうよぉ」
「何がラブラブだよ…」
 アリサが竜馬に背中から抱きつく。竜馬はそれが気に入らず、アリサを押し戻した。彼女は一方的な思いを竜馬に寄せており、それのせいで竜馬は大変迷惑をしている。
「あー。また竜馬君にいたずらしてる〜」
 間の抜けた声がして、振り返ると、そこには銀色のパーマヘアに褐色体毛の獣人少女、真優美が立っていた。茶髪をショートレイヤーにしている人間少女の美華子も一緒だ。
「なーによう。竜馬は私のものだから、何をしてもいいのよ」
「違うもん。竜馬君が迷惑してるでしょ?」
「そんなことないわよ。ね〜、竜馬?」
 彼女が振り返るころには、アリサから遠ざかるように、竜馬は窓際から離れていた。いつの間にか掃除も終わり、大多数の生徒が帰るか部活に行くかしている。
「ほーら。竜馬君、いやがってるじゃないですか」
「なによ、わかったような顔しちゃって」
 アリサと真優美が互いににらみ合う。その2人を、美華子は何も言わずに見つめていたが、ため息を付いてカバンを取った。
「バカみたい。私、先に帰るから」
 美華子が一歩歩き出したそのとき、彼女のポケットから一通の封筒が落ちた。
「美華子、これ落とし物…あー!」
 封筒を拾ったアリサが、大声を出した。封筒の封には、赤いハートマークがついており、宛先には几帳面な文字で大きく「松葉美華子様へ」と書いてある。中身を見ないでも、この封筒が、ラブレターであることがわかった。
「返してくれない?」
 アリサの手の中にある封筒を美華子がひったくる。
「ラブレターなんてやるわね〜。相手はどんな子?」
 既に美華子の進行方向を遮るように、興味津々のアリサと真優美が立っていた。諦めた美華子が適当なイスに座る。
「知らない名前だった。放課後に体育館の外で待ってるって。私は断るつもりだから、放置して帰ろうと…」
「だめですよう!」
 美華子の言葉を、真優美の大声が遮る。
「せっかくラブレターもらったんだから、断るときも、セイキを見せないと!」
 彼女の目に、炎が燃えている。お節介を焼きたくてたまらないという顔だ。
「セイキじゃないでしょ?正義?それとも、誠意の方?」
「えーと、たぶん誠意…?」
 アリサが苦笑しながら訂正し、真優美が考え込んだ。その隙に、面倒から逃げようと、美華子が腰を上げる。
「あら、逃げようったって、そうはいかないわよ」
 アリサが美華子の背中に抱きつき、腹をぎゅっと握る。
「うっとおしい。帰りたいんだけど」
「それは出来ない相談ねえ。これほど面白い見せ物が他にあるかしら」
 アリサが美華子の腰を撫でながらねっとりと絡みつく声で言う。握っている腕を外そうと、美華子が力を入れるが、アリサは離さなかった。
「さあ、相手を見に行きましょう。顔を見たら気が変わるかも知れないしね。おほほ〜」
 ご機嫌なアリサが、カバンと傘、そして美華子をだっこして、歩き出した。その後ろを、同じくご機嫌な真優美がついていく。2人とも、尻尾をぱたぱたと振っていた。
「離してよ。ちょっと、ねえ」
 焦った美華子が、アリサの手の中で暴れ、足をばたばたさせた。
「だめですよぉ」
 真優美がその足を掴む。
「あ、ちょっと、嫌だって、ねえ」
 手足を捕まえられた美華子は、抵抗する事も出来ず、アリサと真優美に連れ去られた。
「あーもう、あいつら、何やってんだよ」
 竜馬が後を追おうとカバンを手に取る。
「おーい、錦原。これ、お前のだべ?」
 掃除をしていたクラスメートが、後ろから竜馬を呼んだ。振り返ると、彼の手の中に、一本の木刀が握られている。
「いや、俺のじゃない」
「てっきりお前のだと思ってた。だって、剣道やってんだろ?」
 彼の無意識なその一言に、竜馬は気が重くなった。昔剣道をやっていて、中学剣道チャンピオンに「偶然」なったことは、アリサや真優美、美華子、同じ人間少年で友人の修平以外、知らないと思っていたからだ。あまり知れ渡ると、面倒くさいことになると、彼は思っていた。
「まあ、お前のじゃなくてもいいや。カバーもあるから持ってってくれ。前から教室に置いてあって、邪魔で仕方ないんだ」
 半ば強制的に、木刀とソフトケースを押しつけられる竜馬。以前、この木刀を使ったことがあったのを、竜馬は思いだした。アリサが下着泥棒を捕まえようとしたときだ。
「あ、いけね。アリサを追わないと。あいつ、何を始めるかわからんから」
 ケースに入れた木刀を背負って、竜馬は廊下を駆けだした。この後、まさか事件が起きるとは、竜馬は微塵も思わなかった。


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