竜馬のアパートの近くに、小さな銭湯がある。ここは小さいなりに繁盛していて、人が多いのだが、今日は一段と人が多い。なぜなら今日、5月5日は、こどもの日キャンペーンを開催しており、学生は半額で入浴出来るからだ。普段は銭湯に来ないような、小さな子供から大学生まで、湯に浸かりに来ている。
 竜馬も、安さに惹かれて来た一人だった。本当ならば実家に帰るはずだったのだが、清香の気まぐれのせいで、実家行きがなくなった。そして今、こうして大きな内風呂に浸かって、窓の外の夕暮れを見ている。その隣には修平が、どこを見るでもなく、目を泳がせていた。
「なんで、俺らって、こう行動が似てるんだろうな」
 竜馬は隣の修平の方を向く。
「さあねえ。まさかお前とかアリサちゃん、果ては真優美ちゃんに美華子さんまで、ここに来るとは思わなかったよ」
 相変わらずぼーっとしている修平。竜馬が彼にあったのは、銭湯に入る前だった。中に入れば、真優美が券売機で入浴券を買おうともたもたしていた。彼女の話を聞くに、アリサと美華子も入りに来るという。しばらく待つと、2人が連れ立ってやってきた。こうして意図せず、5人はまた集まることになってしまった。今も、天井に反射して、アリサや真優美の声が聞こえてくる。
「しかし、人が多いな。あっちもこっちも、芋の子洗うような混雑だ」
 周りを見回す竜馬。小学生と見られる子供が一番多く、両手の指では数え切れない。それがせわしなくあちこちで遊び回っているので、のんびり湯に浸かることすらできない。風呂に来ている客の中には、獣人や爬虫人も見受けられる。
「まあ、繁盛してるのはいいことじゃないか。銭湯は日本の心だ」
「お前、姉貴みたいなこと言うな」
「おうよ。俺はあの人の心意気と技に惚れたぜ。お前も姉妹じゃなきゃ、あんないい女、見逃さないだろ?」
 修平が自分の頭に手を置き、濡れた髪を後ろに撫でつけながらながら言う。
「何がいい女なんだよ…全然よくないよ。飯作るときにタバコ吸ったり、俺の見たい番組を押しのけて時代劇見たり…一緒に暮らしてみればわかると思うが…」
 竜馬はしかめ面で答える。
「いいじゃないか。我が強いというか。まじめに惚れたんだよ、俺は」
 さらりと言う修平。この言葉は、あまり竜馬にいい感情を与えなかった。
「なんだよ、それ?」
「なんで不機嫌になるんだよ。よくあるだろ?友人の母親とか姉に惚れるっての。あの人はいい、とてもいいと思う」
 力強く強調する修平に呆れ果て、竜馬は立ち上がった。
「どうした?」
「ん、俺、上がるわ」
「ああ。俺もそろそろ上がろうと思ってたよ」
 シャンプーや石鹸などの風呂道具を持って、竜馬の後ろを修平がついていく。
「先、上がるからなー!」
 竜馬は大声で女湯に声をかけた。ほどなくして、
「わかったー。私も今上がるー」
 とアリサの声が帰ってきた。気が付くと、修平を含む、数人の視線が竜馬に集まっている。
「どうした?」
 脱衣所への戸を開けながら、竜馬は修平に聞く。修平は笑いをこらえながら、ロッカーの鍵を開けた。
「なんなんだよ。なんか、変だったか?」
「いや…昔はさ、風呂から上がるときに入れ違いにならないように、女湯の嫁に声をかける夫に、返事する嫁っていうのが、新婚さんによくあったんだ」
「新婚だって?」
 竜馬は何度も、その言葉を心の中で反芻する。新婚、新婚。先ほど返事をしたのはアリサだ。声でわかる。と、言うことは。
「まさか、俺とアリサが新婚夫婦だって、周りには見えてたってことか?」
 竜馬は思わずシャツを取り落としそうになった。一瞬、竜馬の脳裏に、ウェディングドレスを着たアリサの姿が浮かんだ。それと同時に、人生の墓場へ向かう自分の白いタキシード姿も。
「意識してるわけじゃなかったろうが、そのシチュエーションにばっちり当てはまってたぜ」
「まじか…なんだか気分が重くなってきた…」
 扇風機に当たりながら、ぼんやりとつぶやく竜馬。先ほどの、ウェディングドレス姿のアリサが、やけに強くイメージされる。
「はは、相当だな。昔、そんな嫌なことされたのかい?」
 疑問たっぷりと言った顔で、修平は竜馬に聞いた。
「ああ。前も言ったよな。犬をけしかけたり、嫌いなおかずを押しつけたり…」
「今は平気なんだよな?」
 長く続きそうだと思ったのだろう。言いかけた竜馬の言葉を、修平が遮る。
「平気、ではないな。嫌だと思うことが多い。ただ、前に比べてそういうの減ったし、下手に刺激しなければ…」
 服を着た竜馬が、脱衣所から出ながら、修平に言っていたそのときだった。
「りょぉまー!」
 ぎゅう!
「んぎゃあ!」
 竜馬は首筋に腕が食い込むのを感じた。慌てて引き剥がす。相手は言うまでもなく、アリサだった。
「痛ってぇだろ!何するんだよ!」
 2度目の抱きつきが来ないように、竜馬は出てきた修平を盾にする。
「だってぇ、湯上がりだしいい匂いだし、理性を忘れちゃったんですもの〜」
 乙女の仕草をするアリサ。湯上がりの彼女は、少ししっとりと濡れた毛の表面が乾き、ふわふわしていた。ボディソープの匂いも漂ってくる。アリサの後ろでは、真優美と美華子が自動販売機でジュースを買っていた。
「ねえ、竜馬、逃げないでよ。さっきの声かけ、愛を感じたわ〜。まるで新婚さんね。狭くても幸せな我が家に、子供は2人。女の子がいいわね〜」
 アリサがうっとりと夢見顔になる。竜馬は呆れながら、修平から離れた。
「前言撤回。刺激しないでもああだわ」
「ああ、わかった気がする」
 疲れた声の竜馬に、修平が同じような声で答えた。
「そうそう、これから2人は暇なの?」
 妄想から戻ってきたアリサが、ジュースを飲みながら、竜馬と修平を見る。
「んー、暇っちゃ暇だな。どうしたん?」
 イスに座り、アリサに聞き直す竜馬。アリサの瞳がきらりと輝いた。 
「ん、実はちょっと女の子同士で話してたんだけど、今晩ゲームをしない?」
「どんな?」
「それはね…」


前へ 次へ
Novelへ戻る