休日の公園は混んでいた。あちこちに所狭しとビニールシートが敷かれ、多くの人々が花見を楽しんでいる。もちろんと言うべきか、やはりと言うべきか、桜を見て風流に浸っているようなグループはおらず、酒を飲んだり、食事をしたり、暴れたり、大声で歌って迷惑をかけたりというグループばかりだ。一部では大道芸をやっている芸人がいたり、屋台が立ったりしている。
「カオスだ…」
 修平がぽつりとつぶやいた。空いている場所はほとんどない。あちこちで人の笑い声が聞こえる。
「こっちこっち、空いてますよぉ」
 真優美が少し空いている隙間を見つけ、そこに転がり込んだ。竜馬が真優美の荷物の中からレジャーシートを出し、そこに敷く。どうして空いているか最初はわからなかったが、座ってみて納得した。草の中に、石が転がっているらしく、あまり座り心地がよくない。隣では、定年後といった中年グループが、酒盛りをしている。
「やーん、足の裏が痛いわー」
 靴を脱ぎ、シートに上がりながら、アリサがつぶやく。
「贅沢言うなよ。肉球がある分だけマシだろ。俺らは肉球なんてないんだから」
 竜馬が、シートの上から、石をどけながら言う。
「ん〜。肉球だって、申し訳程度よ?神経通ってるから痛いし」
「でもまだ柔らかいだろ?うらやましいよ」
「くふふ、もみもみする?」
 アリサがにやにやしながら、竜馬に向かって、足を差し出す。
「いや、遠慮しとくよ」
 竜馬はアリサの足を押し戻して、そこに荷物を置いた。
「なんか買ってくるかい?」
 修平が荷物を下ろして立ち上がった。
「その必要はないですよ〜。これだけありますし」
 真優美は自分の荷物を出し、中から食べ物を取り出した。お菓子だけではなく、自分で作ったであろう弁当のタッパが、少なくとも3つ以上はある。
「すげえなー。真優美ちゃんが作ったの?」
 蓋を開き、中を見る竜馬。竜馬の作る料理と違い、彩りが考えられたきれいな弁当だ。
「ええ、そうですよぉ。お口にあうかどうか、わかりませんけど…」
 竜馬の感心した声に、真優美ははにかんだ表情を見せた。尻尾が嬉しそうに振れる。
「実は私も持ってきたのよね〜」
 アリサが一緒に弁当箱を出す。シートの上は、急ににぎやかな装いを見せた。
「…」
 竜馬は何も言わず、アリサの顔を見つめる。見つめられていることに気が付いたアリサが、嬉しそうに微笑んだ。
「なに?惚れ直しちゃった?」
「いや、いやなことを思い出してな」
 竜馬が自分の持ってきた弁当を一緒に並べながら言った。箸と、紙の取り皿を、全員に回す。修平が紙コップを回す。真優美が、出してあるジュースを、適当に注いだ。
「確か、遠足のときだったな。俺、好きなおかずを最後に食べる癖が、そんときまではあった。それで、食べようとしたところにお前が現れて、食べさせてあげるって言ったんだよな。ちょうど、こんな感じで、あーんしてって言ってな」
 竜馬が箸でつかんだ卵焼きを、真優美の目の前に持ってきた。
「あーん」
 真優美は何も考えていない顔で、竜馬の箸から卵焼きを食べる。
「そのときはまだ疑うことを知らなかったから、食べさせてもらったんだよな。あれはたしか、チーズちくわ。そうしたら、お前がいつの間にか、中のチーズにたっぷりとねりからしを注入してて、俺はあまりの辛さに泣いたんだ」
 びしっと箸の先でアリサを指さす。
「いい思い出ねー」
「よくないよ。今はそんなことないんだろうな?」
「ないわよ〜。ほら、一つ食べてみて?」
 弁当箱に詰められた、小さな揚げたこ焼きを一つ持ち上げ、竜馬の皿に乗せるアリサ。竜馬が食べるか食べないか迷っている間に、美華子が揚げたこ焼きを取ると、口に入れた。
「どう?」
 アリサが少し期待を込めて聞く。
「ん、美味しいと思う」
 美華子は表情を変えずに言った。
「ほーらね。ほら、竜馬、食べて?」
「うーん、松葉さんが言うんなら…」
 皿の上に乗せられたたこ焼きを、竜馬が食べる。と、強烈な刺激が彼の鼻に抜けた。
「うぐ!?ひぃ!」
 竜馬は鼻から息を吸った。舌に焼けるような痛みが残る。寿司屋でおなじみの刺激に、竜馬は涙をこぼした。
「ひっかかったわね!それはわさびたっぷりのたこ焼きだったのよ。お〜ほほほ」
 高笑いを上げるアリサを、竜馬は恨めしそうに見つめた。
「わざとやったのかよ!」
「そうよ〜。涙目の竜馬もか〜わい〜」
 アリサがにやにやしながら、ジュースを喉に流し込む。
「ねー、真優美ちゃん、竜馬は…」
 振り返ったアリサの表情が凍る。その先には、隣の中年集団の真ん中で、酒瓶を持ってくるくる踊っている真優美がいた。酒瓶の大きさは五合、もう幾分も中身が残っていない。
「いやー、お嬢ちゃん高校生だって?若いね〜かわいいね〜」
「あはは、や〜だもう、おじさんったら、恥ずかしいですよ〜」
 中年男の一人に声をかけられ、真優美は恥ずかしそうに尻尾を振った。
「真優美ちゅぁん!何やってるのよ!」
 アリサが怒って、踊っていた真優美を引きずりだした。
「あ、アリサさん?どうして怒ってるんですかぁ?」
「人んところ行ってお酒飲んでるんじゃないの!酔ってるの?」
「いいえ?一緒に飲みましょうよ〜。はい」
 真優美が酒瓶をアリサに渡す。
「お酒は飲まないわよ。まだ未成年なんだし」
 アリサは真優美に酒瓶を返した。
「そうですか?こんなに美味しいのに〜」
 大きく息をつく真優美。彼女の酒臭い息に、アリサが口を押さえる。
「う、うぷ…」
「あ、ごめんなさい、お酒臭いですか?」
「やめて、息を吹きかけないで〜、こっち向かないで〜」
 アリサが顔を背ける。真優美は悪びれる様子もなく、酒瓶をまた口にした。
「こら、真優美ちゃん!」
 慌てて竜馬が真優美を止める。だが、時既に遅く、酒瓶は空になった。アリサがふらふらしながら、その場にへたり込む。
「すいません、すいません、すいません」
 竜馬が謝りながら真優美を連れ戻す。修平も、へたりこんだアリサに駆け寄った。
「真優美ちゃん、酔ってる?」
「いえ〜。あたし、お酒であんまり酔わない体質なんですよぅ」
「じゃあ、素でこういうことしてるってこと?」
「そうですけど…あの、何か問題でも?」
 真優美はにこにこと楽しそうに笑う。竜馬は強く頭痛を感じた。
「未成年なんだから、飲酒はやめよう。ね?他の人のところで踊るのもよくない」
 真優美の手から酒瓶を取り上げる竜馬。空になった酒瓶のラベルを見れば、かなりのアルコール度数だ。
「でも美味しいし、楽しいし、いいんじゃないですか〜?松葉さん、どう思います?」
 真優美が美華子に顔を向けた。
「いいんじゃない?本人の責任だし。あ、このおにぎりも、美味しいよ」
 美華子はもくもくとおにぎりを食べながら言った。
「よくないよ。自己責任って言っても、法律は守らないと…」
 すっかり呆れた竜馬は、真優美をシートに座らせた。
「あの、なんか迷惑かけちゃったみたいで、ごめんなさい…」
 おどおどと真優美が謝った。
「まったくだよ。もう…」
「竜馬、ちょっと、ちょっと」
 説教を始めようとした竜馬を、修平が呼んだ。何事かと見ると、今度はアリサが酒を飲んでいる。中年集団の輪に入り、あぐらをかいて、ぐい飲みでぐいぐいと飲んでいた。修平は彼女を止めようとしたらしいが、どうやら失敗したようである。
「私もねー。昔はそりゃ、いろいろしたのよ。いじわるとか。でも、好きな男の子相手なら、しちゃうでしょ?なんでわかってくれないのかな〜」
「まあなあ。俺なら喜んじゃうけどな」
 アリサがぐちぐちと愚痴を言い、一人が相づちを打った。
「お前まで酒飲むんじゃないよ」
 アリサから酒瓶を取り上げようと、竜馬は手をかけるが、アリサは強く握って離さない。
「な〜によう。私が何飲もうと勝手でしょ?このおじさん達の方が、よっぽど私のこと、わかってくれるわよ」
 彼女はむっとした表情で竜馬を睨む。
「目がマジだろ?どうしたらいいかと思って…」
「うーん、まいったな…」
 修平と竜馬が、小声で話し合うと、アリサの耳がぴくりと動いた。
「何よ、ひそひそ話なんかして、楽しそうね。竜馬ってひどいよね。いつまでも過去のこと根に持っちゃってさ。人の揚げ足取るだけでいつまで経っても私を好きになってくれない。腹が立ってきたわ」
 アリサはもう一杯飲むと、さらに強い目線で竜馬を睨んだ。
「あのー、アリサさん、もうその辺でやめては…」
 真優美が微妙な笑いを浮かべながら、アリサに近づく。
「なによ、ホエホエ娘。あんたも竜馬を狙ってるんでしょう。知ってるのよ」
「え、え、あの…な、なんで知ってるんですかぁ〜」
 アリサの矛先が真優美に変わる。真優美は恥ずかしそうに、くねくねした。
「まあ、私の男だし、あんたにはあげないけどね〜」
「ふ、ふん。竜馬君が、最後には決めるから、いいんだもん」
「どうだかねー。ま、こんな優柔不断なバカ男、どうなるかわかんないけどね〜」
 涙目で強がる真優美に対して、バカにしたような意地悪い笑みを浮かべるアリサ。彼女はいつもの彼女ではなかった。
「な、なんだよ。俺が悪いってのかよ」
「ええそうよ、竜馬が悪いに決まってんじゃない。だからこんなことされても、文句言えないのよ!」
 がぶう!
 アリサはいきなり竜馬の腕に噛みついた。片手にはしっかりと酒瓶を持ち、もう片腕で竜馬をつかんでいる。
「あーだだだ!何すんだ、こいつ!そういう自己中心的なところが、俺は嫌いなんだよ!」
 竜馬はアリサの口に手を突っ込み、彼女を引き剥がした。
「なーによう、文句あったら、おっぱい揉んでみなさいよぉ!」
 ぐいと胸を突き出すアリサ。今の彼女には道理が通じない、と竜馬は悟った。修平も同じことを思っているらしく、早々に退散して、美華子と盛り上がらない話題でつないでいた。
「なんだよ、その無茶苦茶な論理は…もういいよ、もういい、俺の負けだから、戻ってきてくれ。な?」
 ぽんぽんと肩を叩く竜馬。アリサはバカにされたと感じたらしい。小さく唸りながら、怒りの表情を見せる。
「こ、この…このバカぁ〜!」
 足をかけ、竜馬を転ばせるアリサ。
「うおっ!」
 竜馬がうつぶせに転ぶ前に、アリサがさっとしゃがみ、正座する。彼女の膝の上に、腹を乗せる形で、竜馬が転んだ。
「バカ!バカ!好きって言ってごらんなさい!」
 ぱあん!ぱあん!ぱあん!
「いってぇ!」
 アリサが懇親の力を込めて竜馬の尻を叩く。大きな音が響き、中年集団が大声で笑った。
「あ、アリサさん、やめてくださいよぅ〜」
 真優美があわててアリサを引っ張る。
「なによ。あんたもバカよ!バカわんこ!猫缶でも食ってなさい、バーカ!」
 アリサが向き直り、真優美に酒臭い息を浴びせる。
「う、えう…えう…」
 真優美の大きな目に、涙が溜まる。それが決壊するのに時間はかからない。涙がぽろぽろこぼれはじめた。
「あーん!あーん!バカじゃないもん!」
「おーほほほ!竜馬、好きよ、大好きよ!ほら、ほら!」
「やめてくれえ!誰か助けてー!」
 真優美の泣き声、アリサの叫び声、竜馬の悲鳴、そして尻を叩く音が響く。
「私、ちょっと出てくる。こんなの見てらんないし」
 美華子が呆れて席を立ち、どこかへと歩き去った。


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