「楽しみだな〜。最近はちょっとしたお祭りっぽくなってるらしいし」
 修平が駅のホームでベンチに座っている。その隣には竜馬が座り、竜馬にくっつくようにアリサが座っている。竜馬は時々思い出したようにアリサを押しやるが、アリサはべったりと竜馬にくっついて離れない。アリサのまた隣、別のベンチには美華子が座っている。
 修平はYシャツに大きめのカーゴパンツ、竜馬は春用パーカーを着て黒いジーンズを履いている。アリサはと言えば、青いショートジャケットに黒のミニスカート、足には獣人用の真っ白なハイソックスを履き、小さなイヤリングを下げていた。美華子は鋭い顔つきとあうような、水色のフリルカーデに膝までのデニムジーンズ、2段になった皮ベルトに、ハンチング帽をかぶり、自己を主張するようなスタイルをしている。各人、思い思いの荷物を持ってきて、膝の上や隣に置いていた。
「テレビ見てたら、屋台も出てたよ。昼飯はあの辺りでいいよな。弁当も持ってきたから、みんなで食べてくれよ」
 周りが楽しそうで、竜馬にもそれが伝染する。花見自体は、それほど派手なイベントではない。彼らは高校生で、アルコールを飲めるわけでもなければ、派手に騒ぐ道具があるわけでもない。花見の場に漂う、お祭りムードを楽しむのが、いいだろう。
「松葉さん、かっこいいなー。服選ぶとき、どんな風にしてる?テーマとか」
「別に。その場で、適当に。シュリマナさんも悪くないんじゃない?」
「そう?でも、松葉さん、すごいセンスいいよぉ。今度一緒に服買いに行こうよ」
「ん、機会があればね」
 なれ合い気質をおおっぴらに見せるアリサと違い、美華子はあまり自分から話そうとしない。警戒しているのか、それとも面倒くさいのかわからないが、美華子のこの態度は、アリサのいつものペースを崩していた。
「アーチェリーって大変?」
 美華子がベンチに背を預けながらアリサに聞いた。
「それほどでもないかな。松葉さんは何かやってるの?」
「射撃をちょっと。施設がないと出来ないから、練習はそうできないけど」
「すごーい。銃撃つんだ?そんな特殊なスポーツ、やろうと思っても出来ないよね。きっかけは何だったの?」
 アリサは興味津々だ。竜馬も、これには興味を持って、美華子の顔を覗く。
「親関係かな」
 風が駅のホームを吹き抜ける。美華子はずれた帽子をかぶり直した。
「すごいな〜。俺、空手は爺さんから習ってたんだよ」
「そうなの?」
「うん。なんだか強かったらしい。今じゃ天然っぽくて、ボケちゃってるんだけどね」
 祖父の顔を思い出したのだろう。修平が懐かしそうな顔をする。 
「天然か〜。そういや、真優美ちゃん遅いな。ちょっとメールを…」
 携帯を取り出す竜馬。メールを打とうとしたとき、日の光が遮られ、影になった。顔を上げると、大きな荷物を持った真優美が、息を切らして立っていた。ポイントボタンのついたワンピースを着て、十字架をあしらった髪留めをつけた彼女はかわいらしかったが、背負っている大きなリュックサックがそれを台無しにしている。元々は背中にあう大きさなのだろうが、荷物がたくさん詰め込まれているようで、膨らんでいた。
「お、遅れましたぁ…はぁ、はぁ…ふぅぅ…」
 真優美が息を付きながら、リュックサックを下ろす。どさっという音が大きく響いた。
「あ〜、松葉さん。初めまして、真優美・マスリっていいます〜」
 美華子の姿を見つけた真優美が、大きく息をしながら、手を差し出した。
「よろしく」
 そっけなく美華子がその手を握る。
「ま、真優美ちゃん?これは?」
 修平がリュックサックに顔を近づける。
「お弁当に、お菓子に、飲み物に、缶詰ですよぅ。レジャーシートとか、缶切りとかも入ってます…ふぅぅ…」
 真優美はベンチに座る。だいぶ疲れているようだ。
「屋台とか出てるし、そんなに持ってくる必要はなかったよ」
 大きなリュックサックを見ながら竜馬が言う。
「ちょっとだけ買ってくるつもりだったんです〜。あれもいいな、これもいいなって思ってたら、歯止めが利かなくなったんですもの…」
 自分でもやりすぎたと思ったのか、真優美はしゅんとしてしまった。
「あれ?なんだかアリサさん、いい匂いがする〜」
 アリサの隣に座った真優美が、アリサの首筋に鼻をすりつけた。
「いいでしょ〜。新しい香水、下ろしたの」
「ああ、そうなんですか〜。いい匂い〜」
 すんすんと鼻を動かす真優美、アリサはだんだんとうっとおしくなってきたのか、真優美を押し戻す。
「ええい、うっとおしい!レズじゃないんだから!」
 それでもしつこく真優美が鼻をすりつけてくるので、アリサは大声を出した。
「あう、ごめんなさい、いい匂いで…」
「これは竜馬のために下ろしたのよ。ね〜」
 アリサはにっこりと笑って竜馬の方を振り返る。竜馬は彼女の言葉を無視して、竜馬は携帯音楽プレイヤーで音楽を聞いている。残念そうな顔をしていたアリサだったが、真優美の荷物から袋がはみ出しているのに気が付いた。 
「開けてみていい?」
「え?あ、いいですよ〜」
 承諾を得たアリサが真優美のぱんぱんのリュックサックを開く。中には、普通の袋菓子から、おつまみ、和菓子、さらにジュースまでが入っている。
「こんなん誰が食べるのよ?」
 アリサがリュックから猫缶を取り出して言う。
「えー、だって、美味しそうだし…」
「これは許せるとしても、次のこれはなによ」
 アリサが次に取り出したのは、薄く四角い缶だった。緑と銀色で、一見お菓子でも入っていそうだが、缶の表に大きく「ストップエイズ」と書かれている。竜馬は顔を赤くし、修平は思わず噴き出しそうになった。
「それですか?なんか、デザインがいいから、買っちゃいました〜。ガムかしら?」
 彼女の微笑みからは、何の後ろめたさも感じない。本当にお菓子だと思って買っているようだ。
「これ、読める?ストップエイズ。何に使うものなのか、言わないでもわかるわよね?」
「え?何かの道具なんですか?」
「つまり…」
 ごにょごにょと真優美の耳に言葉を吹き込むアリサ。真優美はアリサの話を聞く内に、恥ずかしさと驚きの入り交じった表情になり、尻尾をびしりと立てた。
「し、知らなかった…そういえば、棚が違ったような…」
 真優美は恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、まあ、これは私がもらうわね〜。ね、竜馬〜」
「やめろって、何考えてんだよ」
「またまた、知ってるくせに〜」
 すりよるアリサを、竜馬は押し戻した。
「松葉さん、なんか言ってやってくれよ」
 竜馬が少し困った声を出す。いきなり話を振られた美華子は、少し考える。
「そんなもの使うより、生の方が気持ちいい」
 空気が固まった。一同の視線が美華子に注がれる。美華子はそれに対して何か言うでもなく、イスに深く座り直した。
「まるで経験者みたいね〜」
 アリサが冗談で言う。
「ん。経験者だから」
「すっご〜い。相手は誰だったんですか〜?」
 あくまで素っ気ない態度の美華子に、真優美がにこにこしながら聞く。美華子の顔が一瞬暗くなった。
 ちょうどそのとき、電車がホームに滑り込んだ。中途半端な時間なので、電車内は空いている。
「ああ、来たね。じゃあ、乗りますか」
 竜馬が真優美の荷物を背負う。
「あ、いいですよぉ、あたし持ちますよぉ」
「いいのいいの」
 竜馬は7人掛け席の一番端に座る。その横にすかさずアリサが座り、残り3人は適当に座る。電車が動き出し、アナウンスが入った。


前へ 次へ
Novelへ戻る