金曜日。授業が終わり、放課になると、一気に学校は騒がしくなった。掃除当番の生徒は掃除に、部活動をしている生徒は部室に、用事のある生徒はそれを終わらせようと、動き出した。美華子もその中の一人らしく、カバンに教科書を入れると、教室の外へ出ていった。
「じゃあ、誘うのは頼む」
 竜馬は教室のロッカーから箒を出し、机を移動させながら、アリサに言う。最後まで聞かずに、アリサは教室から外へ出た。
「松葉さん、だっけ?」
 名前を呼ぶと、美華子は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。きつい目をしている。彼女は目の色素が薄いのか、日本人なのに金色の目をしていた。
 見た目は普通の女の子より、不良寄りだ。悪い子、という感じがある。アリサや真優美ほど胸は大きくなく、筋肉もついていない。身長はアリサより少し大きいくらい、肌が少し焼けている。
「誰?」
「アリサ・シュリマナよ。アリサって呼んで。この間、落とし物を拾ってくれたでしょ?あれの持ち主。ありがとうね」
 にっこり笑ってアリサが言う。美華子はあまりアリサに興味を持っていないようだ。顔色一つ変える様子がない。
「別にお礼を言われるほどのことじゃない」
「ん〜、私的には、お礼を言うほどのことなのよ」
 素っ気ない返事を返す美華子に、アリサが微笑む。
「それで、用はそれだけ?」
「あ、待って」
 美華子が帰ろうとするのを、アリサは慌てて止めた。
「明日、お花見に友達と行くんだけど、一緒にどう?お礼も兼ねてというにはあれだけど、人が多い方が楽しいし、こうやって知り合えたのも縁だしね」
 アリサが矢継ぎ早に言う。こうやって早く言わないと、美華子が帰ってしまいそうな気がしたからだ。案の定、このことにも、美華子は興味を持っていない様子だった。
「誘ってくれてありがとう。でも、ごめん。よく知らない人たちと行ったら、きっと迷惑かけるから」
 面白くなさそうな表情で美華子が言う。
「迷惑じゃないわよ?そうそう、私と、もう一人獣人の女の子と、私の彼氏と、友達が行くの。どう?」
「んー…でも、いいよ。私、根暗だから、みんなきっと白ける」
 アリサの言うことを、美華子が無視し、帰ろうと背を向ける。
「アリサ、どうだって?」
 後ろから箒を持った竜馬が顔を見せた。美華子が帰ろうとしたので、彼女が何らかの返事をしたものだと思ったらしい。竜馬の顔を見て、美華子の表情が鋭くなった。
「んー、松葉さん、あんまり乗り気じゃないみたい…」
 アリサは少しむっとした顔をする。せっかく誘ったのに、とでも言い出したそうな声だ。
「この人は?」
「ああ、この人?私の彼氏様よ〜」
 美華子の問いに答えながら、アリサは見せつけるように、竜馬に抱きついて鼻をすりつけた。
「彼氏じゃないだろ?ったく、そういうのはやめろって…」
 アリサに抱きつかれることにはやはり慣れないらしい。竜馬がアリサを押し返す。
「錦原竜馬君…だっけ。知ってる。中学剣道のチャンピオンで、強いって。試合見た」
 淡々と美華子が言った。彼女は竜馬には興味を持ったようだ。
「あれ?知ってる?恥ずかしいな、あれは本当に運で…」
「運?そうは見えなかったけど」
 意外だといった様子の美華子。彼女もなにか思うところがあったらしい。
「いや。足の運びとか見てもらったらわかると思うけど、俺、素人同然なんだ」
 すりよるアリサを引き剥がしながら、竜馬は答える。
「私を守ってくれるナイト様なのよ。ねー、竜馬?」
「違うって。何がナイト様だよ、お前の方がよっぽど強いくせに…」
 どうしてもいちゃいちゃしたいらしいアリサに、竜馬は呆れて答えた。
「シュリマナさんの方が強いって?」
「んー、腕力だけはね。私、アーチェリーやってるの。もう一人来る男の子っていうのも、柔道と空手やってるのよ」
「もう一人の女の子の方は?」
「普通の子よ。獣人で、ホエホエの天然娘、かわいいわよ〜」
 天然娘、という言葉に、美華子が反応した。誰のことだか即座に理解したようだ。真優美は様々な授業でミスをして、いろいろな意味で有名人だった。
「ごめんね、引き留めて。また機会があったら…」
「いや…私も行きたい」
 アリサが謝ったところに、美華子が言った。竜馬とアリサが顔を見合わせる。
「どうしたの?」
 アリサが疑問たっぷりの顔で聞く。
「格闘技とかやってる人に、あこがれてるから。話が聞きたい」
 美華子の目が竜馬をじっと見据える。気恥ずかしさを感じた竜馬は、美華子から目を逸らした。
「明日の9時に駅集合なんだけど、大丈夫そう?」
「ん。大丈夫」
「うん、わかったわ〜。これ、私のアドレスと番号だから、取っておいて?」
 アリサが財布から名刺を出す。小さく切った紙に、メールアドレスと電話番号、名前だけが書いてある、簡単な物だ。美華子がそれを受け取り、自分のポケットに入れる。
「じゃあ、明日」
 短く別れの挨拶をすると、美華子は階段を下りていった。
「なんかあの子、竜馬に興味持ってたみたいね。でもまあ、竜馬は私の物だし、いいんだけどね〜」
 アリサが竜馬に抱きつく。
「誰が誰の物だって言うんだよ。ったく、その性格、直せよな」
 呆れた竜馬が、掃除用具を片づけ、机を元の位置に運びだした。


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