2020年、地球は飽和していた。技術向上に、進歩に、飽和していた。人口は増え続け、世界はダメになる一方だった。
 そんな折り、彼らは現れた。彼らは地球の人間に言ったのだ。我々の仲間に入らないかと。
 そして2045年。地球は変わる。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第三話「花見と喧嘩は江戸の華!」



「とりあえずねー、お礼はした方がいいと思うのよね」
 高校から家に帰るために歩きながら、長いブロンドとクリーム色の体毛を持つ、獣人少女のアリサが切り出した。その横には平均的地球人の少年竜馬が、後ろには大柄な地球人少年の修平と、これもまた獣人少女でシルバーブロンドのパーマヘアと褐色の体毛を持つ真優美が一緒に歩いている。春もだいぶ過ぎ、暖かな風が街を吹き抜けていく。アリサが歩くたび、尻尾が振れた。
 アリサが言っている、お礼というのは、ある事件についてだ。つい一昨日、彼女は自分の下着を、学校で紛失するという、普通の女子高生には滅多に起こらないであろう事件に遭遇した。その折りに、学校で窃盗事件があったと、4人のいるクラス、1年2組の担任、蛇山先生が言ったのだ。
 その犯人のせいだと思いこんだアリサは、3人を率いて、張り込みを決行。結果、警備員に見つかり、張り込む前に既に、犯人が捕まっていたことを知らされた。しかも、犯人が下着を盗んだわけではなく、アリサ自身が落としたものが、落とし物として届けられていた。
 その下着を拾ってくれたのが、同じクラスの、普段話さない女子だった。名前は松葉美華子、地球人の女の子らしい。アリサは、この少女にお礼を言った方がいいかと、周りに聞いているのだった。
「お前が思うようにすればいいじゃん」
 竜馬が素っ気なく返す。
「なによ〜、まだ怒ってるの?」
「別に怒ってない」
 膨れ面のアリサの前を歩き、竜馬が背を向ける。 
「本当に?」
「ああ、ほんとさ」
「そう…ならいいけど。そうよね、やっさしい竜馬が、あんなことで怒るはずないもんね〜」
 竜馬の後ろにアリサはぴったりとくっつく。竜馬はうっとおしそうにアリサを押しやった。
「もう、恥ずかしがらないでいいのよ?くふふ」
「恥ずかしいんじゃなくてうっとおしいんだ。歩きにくいじゃないか」
 アリサのうっとりした口調に、竜馬はめんどくさそうに返事した。アリサは竜馬のことが好きで好きでたまらないからこそちょっかいをかける。だが、竜馬は小学生時代にアリサにされたことのトラウマが大きく、彼女にまともに接しようとは思わない。
 最近のアリサの愛情度は、さらに大きくなっている。暇さえあれば竜馬はアリサに抱きつかれたり、すり寄られたりしていた。このことを彼の姉で、大学生の清香に相談したところ「獣人には希に、発情期がある人がいるらしい」という意味深な言葉だけを助言した。それをアリサに問いただすと、本人は強く否定した。
 そもそも、竜馬はアリサと付き合う気はない。しかし、周りは既に、付き合っている物として見ている。清香は2人の仲を認めてしまっているし、過激なことをアリサがしていても、自分の迷惑にならなければ何も言わない。だから、彼にとってこのことは、悩み以外の何者でもない。
 加えて、竜馬が最近気になっているのは、真優美の態度だ。彼女の態度が、アリサ下着事件以来、少し変わっている気がする。修平に言わせれば、真優美も竜馬のことが気になっているのだろうとのことだが、まさか本人に問いただすわけにもいかないので、進展はなかった。
「しかしまあ、あれは一筋縄じゃ行きそうもない女の子だぜ」
 修平がぼんやりと言った。
「どうして?」
「見ればわかる。きれいで、冷たくて、なかなか笑わない。氷の美女っていうのが似合うかな」
 疑問たっぷりといった顔のアリサに、修平は答えた。
「なによ〜、私が美女じゃないっていうの?」
「質が違うんだよ」
 修平は続ける。
「ここ2日、行動を見てたが、誰とも話してないな。にこりとも笑わない。声を聞いたのは、先生が話しかけたときだけ。しかも、素っ気ない返事だった」
「どういうやりとりだったの?」
「この間の落とし物の落とし主が見つかったって、先生が言ったら、私には直接関係ない、ってさ」
「むー…なんだかすかしちゃって、気に入らないわ〜。ねえ、真優美ちゃん?」
 アリサはしかめ面をして、真優美に同意を求めた。真優美はしばらく反応しなかったが、自分が呼ばれていると気が付いて、顔をあげた。
「聞いてなかったでしょ?」
「え?ええ、ごめんなさい〜」
 アリサの呆れた声に、真優美はあははと笑った。。
「ぼーっとしてるけど、どうしたの?調子悪いのかな?」
 竜馬が真優美の顔を覗き込む。真優美は尻尾をびしっと立て、緊張した表情を見せ、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「大丈夫ですよぅ。ちょっとお腹が空いちゃっただけで…」
 真優美が言ったちょうどそのとき、ぐうと彼女のお腹が鳴った。
「お昼あれだけ食べたのに?呆れた子ねえ」
「えへへ、恥ずかしいです…」
 アリサがぽんぽんと真優美のお腹を触る。真優美は肉付きはそれなりだが、太っているわけではない。ところが、この少女は、体に似合わず大食らい。今日の昼も、学生食堂でラーメン2杯を平らげていた。
「お腹空いてたのか。これ、あげるよ」
「わあ、ありがとうございます〜」
 修平がカバンから出した菓子パンを、真優美は目をきらきらさせて受け取った。
「そんなに食べてたら、ぽんぽこりんに太っちゃうわよ?」
「大丈夫ですよ〜。ところで、何の話でしたっけ?」
 袋から出した菓子パンを、美味しそうに食べながら、真優美が聞き直す。
「落とし物を拾ってくれた子が、すかしてるってこと。でもまあ、何かお礼はしないとねって」
 話の大まかな流れをアリサが説明した。
「お礼ですか〜。うーん…何がいいんだろう…」
 悩みながら歩く真優美。彼女の持つパンに、ピンク色の何かが張り付いた。
「あれ〜?」
 真優美はピンク色の何かをパンから剥がす。桜の花びらだ。2週間ほど前に開花した桜は、だいぶ花が散って、緑色の葉とたくましい枝を見せている。
「あー、そうだ、みんなでお花見に行きませんか〜?今ならまだぎりぎりだし、その子も誘って行けば、きっと楽しくなると思いますよ」
 そういえば、と竜馬は思った。今までは、実家で家族と花見に行くことなど、なかった。この機会に、花見に行くのも悪くはない。アリサに物陰に連れ込まれて、ということも一瞬頭をよぎったが、他のメンバーと一緒にいれば大丈夫だろう。
「いいなあ。俺、行きたい」
「俺も。今年は花見行ってないからね」
 竜馬がつぶやく。修平も、大きくうなずいた。
「じゃあ、今週の土曜…明後日なんてどう?お菓子と飲み物を買い込んで、お花見にしましょう。明日に、松葉さんにも予定を聞いてみるわ」
「賛成〜」
 アリサが楽しそうに話をまとめ、真優美が同意する。
「花見だったら、どっかでっかい公園に出る?吉祥寺の井の頭公園とか、電車ですぐじゃん」
「いいですね〜。どれくらいから行きます?」
「10時くらいにスタートでいいんじゃない?適当に飲み食いして、夕方には帰る。ほら、酒飲みの人とか騒ぐから」
 確かに、と竜馬が、修平の言葉に相づちを打つ。テレビで毎年放映される花見の話だと、最近は夕方から夜にかけての、飲酒者の暴走がひどいらしい。この間は、ネズミ花火を大量に撒いて回った男が、迷惑行為防止条例で捕まったりしている。
「じゃ、9時くらいに駅かね。それなら余裕もあるでしょ」
 竜馬が時間を計算する。  
「アリサ、松葉さんのことは頼むよ。お前が言った方がいいと思うからさ」
 竜馬がアリサに言うと、アリサは竜馬にすりすりとすり寄りながら、にんまり微笑む。
「頼むじゃなくて、お願いしますでしょ?くふふ」
「いや…じゃあ、いいや。俺から言うから」
「ああん、冗談よぅ」


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