一方そのころ、アリサと修平は校内を見回っていた。犯人が入ってくるとしたら、1階からだと睨んだアリサは、1階の入り口や窓を重点的に調べていった。
「異常なし、と。あーん、もう、暗くて怖いのに、抱きつく相手がいないなんて〜」
 アリサが窓の鍵を調べながら言う。
「悪かったね、抱きつく相手じゃなくて」
 苦笑いをする修平。その顔は、少し残念そうだ。
「ええ、そうよぅ。だって、修平じゃ、抱きついても手が背中半分までしか届かないんですもの。体格がよすぎるのも考え物よ?」
 アリサはいたずらっぽく尻尾を振った。
「そんなに俺、体格がいいとも思わないけどなあ」
 修平が自分の肩を触る。彼は背も高く、筋肉もついていたが、この学校には彼以上の人間もいる。その大抵が運動系の部活動に所属しているようで、格闘技系統の部活にはいないらしい。剣道や柔道、その他様々な部活に関して、竜馬と修平は悪評を聞いていた。曰く、いじめがあって休部期間があっただとか、暴力事件があっただとか、そういう類の噂だ。
 噂の範疇に過ぎないと思い、見学に行った2人だったが、練習もせずにビニール本を読みふけっている男先輩がたむろしているのを見て、帰ってきてしまった。後に竜馬は、剣道部の部室で、タバコの吸い殻を見たと証言した。今は冗談で、総合闘技部でも作るかと、竜馬と修平が話している。
「立派だと思うわよ。ただ、力は私には敵わないみたいだけどね〜。おほほ〜」
「ひどいな〜。気にしてるんだぜ?まあ、実際敵わないけどな、女王様」
 高笑いするアリサに、修平が話をあわせる。
「まあ、女王様だなんて。誉め言葉にならないわよ。私、温厚だも〜ん」
「またまた冗談を。剣と弓矢と、鞭が武器なんだろ?」
「ふふふ。靴でもお舐め、って?」
 冗談を言いながらアリサは廊下を曲がる。この先には体育館がある。体育館は構造上、1階からしか入ることは出来ず、柔剣道場と更衣室、体育部室長屋の前を通らないといけなかった。
 と、軽口を叩いている2人の耳に、おかしな声が入った。柔剣道場の方向だ。耳を澄ましても、何を話しているかわからない。低い声と高い声が聞こえるところから推察するに、2人いるようだ。
「おいでなすったか。アリサさんの読みがあたったな」
 修平が柔剣道場の扉をそっと開く。夜の道場は人の姿もなく、畳の目が月の光を浴びている。更衣所に誰かがいるようだ。
「いい?せーので、出るわよ」
 アリサが小声で言い、修平がうなずく。アリサが更衣所の引き戸に手をかけた。
「せーの…!」
 がらっ!
 一気に引き戸を開くアリサ。2人が転がるように中に入る。
「うわあ!」
「きゃああ!」
 男性と女性の声が響く。狭い更衣所に、この学校の制服を着た、男性と女性が1人ずついた。どちらも地球人体系だ。男性が女性に向かって傾いている。アリサには、彼らが何をしようとしていたか、一瞬で理解した。
「あんた達、誰よ!なにしてんのよ!」
 大声でアリサが叫ぶ。その声色には、軽い嫉妬が混ざっていた。
「それはこっちの台詞だ!君らは誰だ!」
「う、それは…」
 逆に聞き返されて、アリサは思わず唸った。今の状況では、事に及ぼうとした方より、それに踏み込んだ自分たちの方が分が悪い。
「えーと、俺らは新一年生なんですけど、今回窃盗事件で被害にあって、その犯人から盗まれたものを取り返そうと、張り込みしてたんです」
 修平がしどろもどろになりながら説明する。
「後輩じゃないか。盗まれたものがあるなら、先生にでも言って家で寝てればよかったろ」
 男子生徒が女生徒からあたふたと離れる。女生徒は真っ赤な顔をして、何も言わずにうつむいていた。
「はあ。あの、ものがものなんで、先生に申告しにくくて…」
「何が盗まれたんだ?」
「それはー、その…ちょっと恥ずかしいんで、言えないんですけど…」
 修平がアリサに目線を送る。アリサがため息まじりに、一歩進み出た。
「それで、あなた達は?こんなところで何を?」
 アリサの質問に、男子生徒と女生徒が顔を見合わせる。
「そんなこと、どうでもいいじゃないか」
「まあ、言いたくないなら、いいですけど。ナニをしようとしていたか、だいたい想像はつくし…」
 蔑むように言うアリサに、女生徒がきっと向き直った。
「何よ、えらそうに。私と彼は、そんな不純な関係じゃないわ」
「まあまあ…」
 噛みつきそうな顔をしている女生徒を男子生徒が諌める。アリサはその2人を見て、自分と竜馬がそういう関係になったらと想像し、心の中でにやにやした。
「いやなことがあって、話し合いたいとき、ここが一番いいんだ。ここは、夜になったら見回りもないし、簡単に入り込めるから、隠れるには最適の場所でね」
 男子生徒の言い方には、いやらしい物はいっさいなかった。
「はあ、どうもすいません、お騒がせして。もし泥棒っぽいのを見かけたら、用務員さんとか警察とかに、連絡お願いします。じゃあ、俺ら、もう行くんで…」
 修平がその場から逃げるように去る。後をアリサが追い、引き戸を閉めた。
「びっくりしたねー。俺ら以外にも人がいたんだな」
 柔剣道場から外に出て、修平は大きく息をついた。
「ええ。ったく、いい迷惑よ」
「まあまあ。先輩方、仲良かったし、いいじゃないか」
 ぶうたれるアリサに、修平が答える。
「でも、あそこ、見回りが来ないって本当かしら」
 体育館への階段を昇りながら、アリサがつぶやく。
「道場の中は見ても、あっちまではいかないんだと思うよ」
「なるほど…と、いうことは…」
 アリサがにふふと笑う。彼女は気づいた。もしあの場所に竜馬を連れ込めば、他に邪魔が入らない状態で、2人きりで楽しめる、ということに。
「前途有望だわ〜。ほら、次の所見回りに行きましょう」
 いきなり機嫌のよくなったアリサを見て、修平は少しの間考えていたが、彼女の考えがわかり、苦笑いをした。


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