「…でさ、私は好きなのに、彼はそうじゃないのよね。もう、どうすればいいかわかんないわけよ」
目の前のコップから、酒を飲みながら、アリサが泣きそうな顔で話をする。アリサの脳内に、先ほどの竜馬のことがよみがえる。意地を張ってしまったこと、そして結局は彼の言うことの方が正しかったこと。素直になれない自分。今こうして、知らない他人の船の中で、酒など飲んでいる自分。全て、自分が悪いのだ。
アリサは、胸につかえていたことを、全て吐き出していた。見も知らぬ、敵となっている他人に、なぜここまで話せるのか、アリサは自分自身が不思議でもあった。もしかすると、思いの丈を吐き捨てられる場が欲しかったのかも知れない。気がつけば、30分以上の時間が過ぎていた。
「大体はわかった。アリサと言ったか?君は、その錦原という少年のためになりたくて、ここまで来たのだな」
空になったボトルをテーブルの下に置き、ライドラックが確認した。
「そうよ。空回りだったけどね。こうして捕まっちゃったし」
アリサがカップを振る。中にはもう酒が入っていない。ボトルを取ったアリサは、新しく酒をカップに注いだ。
「捕縛する気はない。先にも言ったが、関係のない少女には、船を降りてもらいたいだけだ。このことを他言無用にする約束をしてな」
アリサがこれだけ飲酒をしているのを見ても、アリサがこれだけ悩んでいるのを見ても、ライドラックは顔色一つ変えない。その余裕綽々の態度が、ますますアリサの怒りを誘った。
「あーら、そう。これ、なんだ?」
ポケットから携帯電話を取り出すアリサ。ライドラックが眉根をしかめる。
「この携帯、偶然録音モードになってたのよね。今の話、みんな録っちゃった」
にやりと笑うアリサ。もちろん、携帯電話は録音モードになってなどいない。ただ単純に、男を挑発して、溜飲を下げているだけだ。アリサとしては、ここまでバカにされたことが、許せなかった。すぐに、アリサは携帯電話をポケットに入れる。録音モードではないことに気づかれたら、面倒なことになる。
「何がしたい?」
理解に苦しむ、といった表情で、ライドラックがアリサを睨み付けた。
「…連れていってよ。遠くに行くんでしょ?あんたに拒否する権利はないわ」
飲酒をしたせいか、そうでないかはわからないが、今のアリサは投げやりになっていた。もし遠くに行けるのならば、それでもいい。そんな気持ちだ。
「是非とも拒否したい。1人増えるだけで、どれだけの負担になるか。錦原少年も、君を待っているのじゃないか?」
「待ってないわ!あいつ、常日頃から私のこと、邪険に扱ってたもの!あんなやつ!」
ライドラックの放ったその言葉が、アリサの最後の未練を断ち切った。言うなれば、水の縁まで入ったコップに、彼はコインを入れ続けていたのだ。今まさに、水はあふれてしまった。
「離れたいの!あいつから!もう知らないんだから!もう、知らない…んだから…」
目の縁から涙がこぼれるのを感じた。それを止めることは出来なかった。今年の始め、アリサと竜馬は約束をした。アリサは、竜馬に対して無理矢理恋人になる行動をやめるように言われ、その通りにしてきた。でも、彼は…
「…じゃあ、1週間だけでいいわ。乗せて。旅客船じゃないことはわかってるわ。お願い、船長」
涙を拭い、アリサが下からライドラックを覗き込んだ。ライドラックの目が、一瞬大きくなり、すうっとまた細くなった。
「…私物を持ち込む暇はないぞ。シャワーは24時間に1度。家族が心配しないように、今のうちに連絡を入れておけ。いらぬトラブルで誘拐犯にされてはたまらない」
カップをそのままにして、ライドラックが部屋から出ていった。
「キザな男ねー、全く。未成年を連れ回してる時点で、この国では誘拐なのよね。でも…」
からん、とカップの中で氷が鳴った。
「…ありがとう」
聞く人間のいない独り言を、アリサが呟く。そして、手元のカップに入っている酒を、ぐいと飲み干した。
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