「…ふふ…」
 自分の笑い声に起こされた美華子は、南国が嘘だったことを、その時初めて知った。薄い日の光が外から射し込んでいる。記憶が正しければ、今日は土曜日のはずだ。携帯電話には、土曜の9時を少し回ったところだと、表示されている。
「…」
 ここは南国でもなければ、自分は竜馬と結婚もしていない。自宅の2階にある自室だ。出来ることならば、もう少し夢の中で、幸せを感じていたかったと、美華子は思った。今日は、両親が忙しい日で、出かけているはずだ。眠い目を擦り、美華子はベッドから下りた。
 ピピピピピピピ
 肌寒い部屋の中に、いきなり大音量で電子音が鳴り響いた。目覚まし時計をかけていたのかと、美華子がベッドを振り返る。ベッドの上では、携帯電話が、着信を報せているところだった。
 ピッ
「もしもし?」
『美華子さん?俺、修平だけど』
 携帯電話の通話口から聞こえてきたのは、修平の声だった。
「なに?」
 気怠い空気を壊された美華子が、やや不機嫌気味に声を返す。
『これからボウリング行こうと思うんよ。他に真優美ちゃんと祐太朗が来るんだけど、美華子さん来ない?』
 修平が早口に誘いをかけた。会話の中に出た祐太朗というのは、本名を西田祐太朗と言う、埼玉在住の獣人だ。獅子系の獣人で、アリサに激しい愛を抱いているが、残念なことにアリサに嫌われている。竜馬などは、アリサを彼に押しつけたくて仕方がない様子だが、それも出来ない。株式会社ニシダの御曹司という話を聞いているが、美華子はそれを信じていない。悪い人間ではないのだが、少々気障なところが鼻についていた美華子は、彼とは距離を置いていた。
「…ん、わかった。どこに行けば?」
『学校近くのヒタカで待ってる。んじゃ、後で』
「ん」
 ピッ
 電話を切った美華子が、寝間着を脱ぎ始めた。遊びの誘いであろうと、デートの誘いであろうと、人に誘われるとそれなりに嬉しい。寝起きで空腹ではあるが、普段からそれほど多くの食を必要としないので、食べないでも一働きは出来るだろう。ズボンに足を通しながら、美華子は軽く髪を撫でた。


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