竜馬が何も言わず、暗い廊下の中を、歩を進める。彼の右腕には、怯えきった真優美がしがみついて、一緒に歩いている。後ろには美華子と恵理香。美華子の手には、真優美が以前製作したレーザーガンが、恵理香の手には懐中電灯が握られている。4人は、階段を上りきった3階で、アリサ達を探すべく探索をしていた。
「懐中電灯を持ってきたのは正解だったな」
 手に持ったライトを振り、恵理香が言った。4人の前に広がる光の輪が、恵理香の手の動きにあわせて上下する。
「うん。俺、もっとぼろくて、日差しとか入ってくるとばっか思っててさ」
「私も。こんな暗いと思ってなかった」
 竜馬と美華子が言葉を返す。真優美だけは何も言わない。小刻みに震えながら、竜馬の腕にひっついている。
「真優美ちゃん、そんな怖がらないでも大丈夫だって。アリサ達もすぐ見つかるよ」
 ぽんぽんと、竜馬が真優美の頭を撫でた。竜馬は、恐がりな真優美が、なぜこの幽霊屋敷探検ツアーを持ち出したか、感づいていた。その上で、真優美が怖がるフリをして自分に抱きついてきたりするのではないかと、少しの不安と期待を胸に抱いていた。アリサの束縛から解き放たれた今、自由恋愛の神は竜馬に祝福を与えてくれたはずだ。しかし、今の真優美は本気で怖がっている。あまり不謹慎なことを考えないように、竜馬は必死に自分を諌めるが、真優美の暖かく柔らかな感触は、竜馬の理性を鈍らせた。
「準備不足もいいところだ。次回同じようなことをするときは…」
 恵理香が言葉を切る。行き止まりだ。廊下の終端には、いかにもな木の扉が4人を待ちかまえていた。
「入る、しかないよな…」
 竜馬がドアノブに手をかけた。かちゃり、と音がして、ドアが開く。部屋の中はだいぶ広い。大きなクローゼット、比較的きれいなベッド、そしてよくわからないものがあちこちに転がっている。ワインのビン、ボロボロになった本、首の折れたギターなどだ。奥には、別の部屋に通じるであろう扉も見える。
「ひっ!」
 真優美が部屋の奥を見て小さく悲鳴を挙げた。奥に何かが浮かんでいる。うすらぼんやりと見えるそれは球形で、ふわふわと、挙動を安定させない。部屋の中に存在するくすんだ物達とは違い、とても鮮やかな赤色をしていた。
「なんだ、あれは…」
 恵理香が懐中電灯を向けた。その瞬間、赤い物は意識を取り戻したかのように、4人に向かって高速で飛んできた。
「わ、わああああああ!」
 竜馬が背中を壁にぶつける。真優美が力無くぺたんと座り込んだ。目が開いたまま、放心状態になってしまったようだ。その赤い球体は、恵理香の持つ懐中電灯に向かって、真っ直ぐに飛んでくる。
「く、来るな!」
 恵理香が懐中電灯を握ったまま、走って逃げ出した。逃げ惑う懐中電灯に向かって、赤い球体が飛んでいく。その隙を見逃さなかった美華子は、レーザーガンを構え、赤い球体を狙って引き金を引いた。
 バァァァン!
「きゃあ!」
 大きな音と共に、赤い球体が消えた。恵理香が叫び声をあげる。同時に、白い粉がもうもうと舞い上がった。
「な、なんだったんだ…風船?」
 竜馬が部屋の中に踏み出した。白い粉は埃か何かか。こんな面白くないいたずらは、一体誰のせいだろう。突然、竜馬に不愉快な気持ちがこみ上げた。
「大丈夫?」
 白い粉にまみれた恵理香に、美華子が話しかけた。恵理香の様子がおかしい。ふらふらとして、立ちつくしている。手に持った懐中電灯がころりと落ちた。
「恵理香さん、大丈夫か?」
 竜馬も同時に声をかける。
「…なんだか、憂鬱になってきた…とても、気分が、重い」
 恵理香は粉を払う様子もなく、俯いたままぼそぼそと返事をする。
「え、恵理香ちゃん…?」
 泣きそうな顔の真優美が恵理香の顔を覗き込んだ。
「すごく、嫌な気分だ…ああ、悪かった…一昨日、真優美の家でぬいぐるみ破ったの、私なんだ…」
「えー!?恵理香ちゃんだったんですかぁ!?」
「竜馬の部屋で、スケベ動画見てたのも私だ…それに、アリサのカバンを持っていくふりして…」
 ぶつぶつと、暗いテンションで懺悔を続ける恵理香。聞いてもいないのに、自分の罪をとつとつと話す。他の3人は、呆然と恵理香の懺悔を聞き続ける。
 ぴしゃっ!
「ひいぃぃ!」
 と、いきなり真優美の顔に液体がかかった。どうやら天井から降ってきた様子だ。
「な、なんだよ、今度は…雨漏りか?」
 竜馬がポケットのハンカチで真優美の顔を拭った。何か、おかしな臭いがする。雨水などではない、何か薬品系統の臭いだ。
「ふ、ぁぁ…」
 とろんと、真優美の目が細くなる。竜馬は美華子と目を合わせた。お互い、何も言わなかったが、心が通じ合った。何か嫌な感じがする。
「真優美ちゃん、どうした?眠い?」
 ぺしぺしと真優美の頬を叩く竜馬。真優美は叩かれていることに気がついていない様子で、しばらくはぼうっとしていたが、おもむろに腕を広げて竜馬に抱きついた。
「真優美ちゃん?」
「くぅぅん…竜馬君、あったかい…ああ、幸せ…大好きなんですよぅ…」
 明らかにいつもの真優美と様子が違う。真優美は控えめで、ここまで積極的なことをする女子ではなかったはずだ。嬉しいを通り越し、異常を感じた竜馬は、顔を青くした。
「…それに、この間はアリサとつまらないことでケンカをしたし…ああ、もうたくさんだ、私なんかみんなに嫌われてるんだ…」
「竜馬君、竜馬くぅん…好きぃ…もっとなでなでしてくださいよぅ…」
 明らかにおかしいこの2人に、竜馬はすっかり困り果ててしまった。どう対処していいかわからない。
『ともかく、どっかで休ませないと…』
 竜馬が2人を座らせるものを探す。イスか何かがあればいいのだが。辺りを見回している竜馬は、戸棚に並んでいる紙箱が、不自然に光っていることに気がついた。戸棚に近寄り、その紙箱を開く。中にあったのは、ビデオカメラだった。カメラは録画中を示すランプがついており、太いコードがどこかへ繋がっている。
「…」
 ガチャアアン!
「うっわ!」
 いつの間にか隣に来た美華子が、竜馬の手からカメラを奪うと、床に叩きつけた。大きな音と共に、カメラがひしゃげ、コードがちぎれた。美華子はカメラを踏みつけ、さらに破壊した。
「誰かがこれを仕組んだんだ。くそっ、ようやく理解した。俺達はおもちゃ扱いされてたってことか」
 憎々しげに、竜馬が壊れたカメラを見下す。恵理香は相変わらず自分を卑下した言葉をはき続け、真優美は普段は言わないような甘い愛の言葉を竜馬に囁き続ける。この2人がおかしくなったのも、このカメラを設置した「誰か」のせいなのだろう。
「これもそうみたいだね」
 美華子が拾い上げたのは、先ほどの球体の残骸だった。小型のモーターと羽、よくわからない回路、そして赤いゴム。風船におもちゃをつけただけの、単純な代物だ。お化けや妖怪とは全く違う。
「…腹が立ってきた。この館の主を探して、謝罪させよう。その後に、アリサ達を見つけて、真優美ちゃんと恵理香さんを元に戻させないと」
 決意も新たに、竜馬が奥への扉に手をかけた。


前へ 次へ
Novelへ戻る