その屋敷は、気がついたときにはそこにあった。誰が建てたのか、持ち主が誰なのか、知る者はいない。ただ一つ知られているのは、今その屋敷に住む人間はいないことと、古くは小さな少女が一人で住んでいたらしいことだけだ。東京の外れ、山の中に建てられているその屋敷。それは、現代まで残る典型的な幽霊屋敷だった。
「なんとかここまで来ることは出来たな。みんな揃ってるか?」
恵理香が背中のリュックサックをおろし、一同を見渡した。竜馬、修平の他に、一人獣人の青年が混ざっている。黄色と茶色を基調とした、猫顔の彼の名前は西田祐太朗。埼玉に住むライオン系獣人の高校生で、かなりアリサに惚れている少年だ。遠くに住んでいるが、このメンバーの中に入ることが多い。後は、アリサ、真優美、美華子、そして恵理香の女性陣だ。
総勢7名に及ぶ少年少女がここにやってきたのは、真冬に肝試しをするためだった。それぞれ、リュックサックや肩掛けカバンなどに、思い思いの物を詰めて集まっている。
「問題ないよ。しかし、大丈夫かい?もうこんな時間だよ?」
そう言って祐太朗が見せたのは、腕時計だった。既に4時を回っている。冬の昼は短い。5時になれば暗くなってしまうことだろう。
「まあ…少し遅くなったからなあ。しゃあないっちゃ、しゃあないよ」
修平も時計を見る。既に日は落ち始め、日の暖かさもなくなってきていた。
「じゃ、入ろうか。廃墟探訪って、前から興味あったのよね」
ギィ…
大きな外門を押し、アリサが開いた。前庭は、丈の高い枯れ草が生えている。その中を、獣道と化した小さな道が、屋敷の入り口まで続いていた。
「確認するが、何か危ないと感じたら、すぐ携帯電話で誰かに連絡するんだぞ」
がさがさと草を踏み、恵理香が一同に言い渡す。
「大丈夫ですよぉ。これだけ人がいるんですもの」
いつもは恐がりの真優美だが、これだけ人がいるということで、安心しきっていた。集団心理の一種だろうか。
「アリサさん。怖くはないかい?」
祐太朗が優しくアリサに聞く。
「例え怖がっていたとしても、あんたには頼らないわよ、このライオン丸」
対するアリサは、祐太朗に話しかけられたとたんに不機嫌全開になってしまった。
「はは、そうかい。まあ、何かあったら僕を呼んでほしいところだね」
軽口を叩き、祐太朗が笑った。
長い前庭を通り抜け、屋敷の扉の前に、7人が着いた。大きな扉だ。獅子のドアノッカーの片方は、口に挟んだリングが取れ、錆びて足下に転がっていた。
「いいか?開けるぞ?」
言うが早いか、竜馬は片手をドアにかけた。
ギギギギイイイ…
大仰な音でドアが軋む。その音に、真優美はびくりとした。
「わあ…」
中に入ったアリサが、感嘆の声を挙げた。大きな屋敷のエントランスは、まるで映画に出てくるような豪華さだった。赤い絨毯、煌びやかなシャンデリア、大きな花瓶。2階へと上る階段。映画と違う点は、打ち捨てられた建物独特の廃墟感だろうか。シャンデリアは半分落ちかけてぶらぶらしているし、花瓶にささっている花はすっかり枯れている。壁に至っては、白い漆喰が大幅に剥がれ、半分腐った木の建材がむき出しになっていた。
次々と人が中に入る。最後に、真優美が入ったとき、彼女は鼻を押さえて顔をしかめた。埃臭い。カビと埃と、その他よくわからないものの臭いが漂っている。こんなところに小一時間もいたら病気にでもなってしまいそうだ。肝試しを提案した身ながら、真優美は早くも後悔しはじめた。
「埃臭い…」
同じことをアリサも思っていたらしい。顔を押さえている。真優美がドアを閉めるため、軽く押した。そのときだった。
バタァァァン!
「きゃあ!」
少し押しただけで、ドアはまるで体当たりでもされたかのような早さで閉まってしまった。いきなり視界が奪われ、薄暗くなる。心なしか、ドアは斜めになっているようだ。
「ちょ、暗いって。まだ開けてようよ」
美華子がドアに手をかけ、引っ張った。開かない。同じように今度はドアを押す。開かない。
「大丈夫?」
「わかんない。開かない」
後ろからアリサがやってきた。アリサもドアに手をかけ、押したり引いたりと力を入れた。彼女の力はかなり強い。腕相撲ならばこのメンバーの誰にも負けないし、比喩ではなく冷蔵庫を持ち上げることなど容易いほどだ。彼女の怪力がドアを開けられない。その事実を知ったとき、7人の中に一つの事実が入り込んだ。
「と、閉じこめられた?」
がっちゃがっちゃ
竜馬もドアを開けようと試みるが、どうやっても開かない。暗闇に目が慣れた真優美は、辺りを見回した。先ほど、神秘的ですらあったその屋敷内は、今では悪魔や妖怪のうろつくダンジョンのように感じられた。心なしか、外より寒く感じる。
「な、なんか、肌寒くありません?」
真優美が勇気を出して口を開く。
「たぶん、日の光の関係だろうね。日中だし、まだ外の方が暖かかったのだろうよ」
そう言っている祐太朗も、ドアを蹴ったり押したりして、なんとか開けようとしていた。
「開かないな。まあ、最悪、窓を割れば外に出られるだろう」
ドアを開けられないと悟った恵理香が、腰に手を当てて、ふうと息をついた。
「窓、ねえ…あったっけ?」
アリサがとことこと歩き、廊下の方を見渡した。廊下へのドアはすっかり破壊されてしまっているようだが、日の光が見えない。
「外から見た分にはあったと思うんだが…気のせいか?」
同じように恵理香も首を伸ばす。
「うーん…あるにはあるよ。けど、内側から、板か何かで打ち付けられている。台風をしのぐときにやるようなやり方。確か、この板の向こうが、窓だったはず」
エントランスにあった板を、美華子がこんこんと叩く。
「丈夫な板ですねえ…外すには手間がいりますねえ」
閉じこめられたことを、出来るだけ忘れようと、真優美が大きめに声を出す。下手をすると、脱出口の見つからないまま、ここでミイラ化などと言うことになるかも知れないとまで考えてしまう。そんなのは嫌だ。
「いよいよもって肝試しだなあ。一通り見て、これでもまだどこかへ出ることが出来なかったら、最悪どこか壊して出よう。俺、ハンマー持ってきてるんだよ」
リュックサックの中から、ハンマーを取り出す修平。かなり大きな物だ。
「そうねー。じゃあ、まずどこ行く?」
あくまで軽いノリで、アリサが大きく伸びをした。
「道は4つだな。左右の廊下と、2階にドアが2つある」
一つ一つ、道を指さす恵理香。2階に上る階段は、ぱっと見は木のようだが、ところどころ補強用の柱が入っている。少なくとも、踏み外して大けがということはなさそうだ。
「迷ったときには左、だね。あっち行こう」
美華子が先に立ち、すたすたと歩きだした。それに、残りの6人が続く。
「真優美ちゃん、またお漏らししないでよー?前のときのこと、覚えてるんだからね」
からかい半分に、アリサが真優美に言う。
「しませんよう!もう!」
憤慨した真優美は、言い返して顔を真っ赤にした。以前、真優美は失禁してしまったことがあるのだが、このことは彼女の名誉にかけて詳細を話すことはやめよう。今回もそうならなければいいが、と真優美は少し心配になったが、これだけ人がいるのだから大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
前へ 次へ
Novelへ戻る