「だってえ、だってぇ…」
真優美がぐすぐすと泣き続けている。その真優美を半ば放置するような形で、美華子はベッドに寝転がり、マンガを読んでいた。美華子は泣きじゃくる真優美を放っておくわけにもいかず、自分の家に呼んだ。真優美は一旦泣きやんだ。だが、アリサと竜馬のことを思い出すたび、何度も何度も泣きじゃくった。アリサの態度が何か企んでいる態度だとか、竜馬のことがこんなに好きなのにだとか、考えてしまうのが悲しい。
真優美はとても悲しかった。そして悔しかった。理由などないが、涙がずっと溢れていた。美華子も対応には慣れたものだが、時折真優美をちらりと見る目が、心配度を物語っていた。いつもは我関せずで通し、毒にも薬にもならない態度を取る美華子だが、真優美の尋常ではない涙の量に戸惑っているようだった。
「もう泣きやみなよ。私、正直どうすればいいかわかんないし。そんな泣かれても困る」
美華子がマンガを閉じ、起きあがった。ある程度話してすっきりした真優美だったが、まだ少し胸が痛い。論理的に考えれば別に問題はない、アリサと竜馬の間柄。だが、思い出すたびに悲しくなってしまう。
「そんなに悔しいなら、アタックすればいいじゃん。何かそういう場をセッティングしてさ。錦原誘ってどっか行けばいいし、修平に手助け求めたりも出来るし」
美華子の言う修平というのは、竜馬や女性陣と仲のいい、人間少年のことだ。フルネームを砂川修平と言い、がたいがよくて気さくな少年だ。竜馬が誰かとくっつくことを望んでいるらしく、何かにつけて誰かに肩入れをする。この「誰か」というのが問題で、その場その場で変わることがあるので、根本的な味方にはならない。ある種、一番の傍観者は彼なのだろう。
「前に、恵理香のときも、アリサがうちに来て愚痴ってったんだよ。何?私って相談しやすいわけ?」
「うう…ご、ごめんなさい…」
少し怒り気味の美華子に、真優美がまた涙を浮かべる。
「いっそ、錦原の方から真優美の方に来るのを待つしかないんだろうね。何か手を考えれば?」
「例えば…どんなのがあります?」
「わかんないけど…錦原の好きなものに似るようにがんばるとか。なんかあるでしょ?」
おどおどと聞く真優美。対して、美華子は半分突き放すように答えた。流石に1時間も泣き通しては迷惑だっただろうと、真優美は心の中で反省した。
「竜馬君、どんな有名人が好きでしたっけねえ…」
真優美が首をひねった。いくら考えても、考えがまとまらない。最近のお笑い芸人のネタをやっている竜馬のことは見たことがあるが、あまりヒントになりそうもない。置いてあるジュースを手に取り、ストローでちゅうちゅうと吸う。
「…あー。もうこんな時間じゃん。リモコンリモコン」
時計をちらと見上げた美華子が、手探りでリモコンを探す。ようやくリモコンを見つけた美華子は、テレビの電源を入れた。テレビでは、ちょうど動物番組が始まるところだった。
『それでは、今日は、マケカマボコのお2人にお越し頂きました。オレカマさん、ササカマさん、どうぞ!』
会場が割れんばかりの拍手に包まれる。出てきたのは、今流行りの芸人2人だった。2人とも、手にはリードを持っている。その先には、犬種の違う2匹の大型犬が繋がれていた。
「そうだった。今日は犬との生活特集だったね」
マンガを本棚に戻し、ベッドから降りた美華子が、座布団を敷いて床に座った。
『なんてーか…やっぱ、犬って最高っすね。あれなんすよ。この子、暮らしてみてわかったけど、ものすげえ頭いいっすよ。言うことちゃんと聞きますし…』
画面では、連れてこられた犬がちゃんと座り、その隣でコンビの片方が犬についての講釈を垂れている。
「これです、これ!」
黙ってテレビを見ていた真優美が、興奮した面もちで立ち上がった。
「突然なに?マケカマのこと?」
「違いますよ、わんこですよぉ!これ、これ!」
立ち上がった真優美を避けてテレビを見続ける美華子に、真優美は上気した顔で、座っている犬を指さした。
「男の人って、人生のパートナーを求めてるんでしょ?もしあたしがかわいいワン子なら、竜馬君だって…」
「…ああ、そう。まあ、頑張って。まずどうやって犬らしくするか考えてちょうだい」
トンデモな話を持ち出した真優美に、美華子はすっかり呆れてしまったようで、彼女を無視してテレビを見続けた。
「やっぱ、鳴き声からですかねえ…」
真優美は悩み始めた。竜馬に好かれるために思いついたこれだが、この酔狂度がまた面白いと感じ始めている。真優美は、よくわからないノリで何かを行うのが、とても好きだった。
「あー、はいはい。で、どんな声で鳴くって?」
もうすっかり興味の失せた面もちで、美華子が真優美に聞く。
「こう…わうん、わぅぅん、わおぉぉぉぉん!みたいな…」
試しに鳴いてみたのはいいものの、恥ずかしくなった真優美は、照れ隠しに笑った。
「なんか、エロビデオの女優みたいな鳴き方だったね」
「…え?」
冷静に寸感を述べる美華子。想像すらしていなかった返答に、真優美が表情を凍り付かせる。
「いっそ、それで錦原に迫れば?知らないけど」
美華子の言う言葉に、真優美は考える。それが一体どんな結末をもたらすかを。
『うおおー!真優美ちゃん!好きだ、好きだー!』
好きだと言ってもらえるのは嬉しい。が、こんなの違う。想像の中の竜馬は、竜馬であって竜馬ではなかった。真優美が顔をさあっと青くする。
「やだやだ!そんなのやだあ!」
がくがくがく!
「ふげ!」
美華子の肩を掴み、真優美が前後に揺さぶった。
「やめてよ!」
怒った美華子が真優美を突き放す。真優美は正気に返ると同時に、悲しみが胸一杯に広がった。
「うううう…あたし…あたし…」
めそめそと真優美が泣く。あまり誉められた傾向ではない。
「あー、めんどくさい。今の泣き虫を錦原に見せてあげたいね。錦原は優しいし、すぐに撫でてくれるでしょ」
動物番組を見続ける美華子が、いらだった声で言う。
「うう…それを、どうやって自然に竜馬君に見せるんです?」
「それこそ、私に聞かれてもわかんないし。自然に泣ける場所にでも行けば?悲しい映画見るとか、お化け屋敷行くとか」
涙を拭う真優美に、美華子がつんけんした態度で返した。お化け屋敷。その単語に、真優美はびくりとした。最近噂になっている幽霊屋敷のことを思い出したからだ。ここから少しだけ山に入ったところにあると言う、その屋敷。古くには、ある少女が一人きりで住んでいたらしい。怖いけれど、そのシチュエーションならば、竜馬に…
「…お化け屋敷、行きましょう」
真優美は決断した。その決断が、後に恐ろしいことになるとは、つゆ知らず。
前へ 次へ
Novelへ戻る