これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。
おーばー・ざ・ぺがさす
第二十一話「寒い冬の怪談!」
1月も後半になると、東京にある私立天馬高校の生徒達は、3学期の授業に慣れ始めた。寒い冬の中、これまたあまり暖かくない教室で授業を受けることになるが、それも仕方がない。私立高校である天馬高校は、公立高よりほんの少しだけ、設備がいい。教室にはエアコンが入ってはいるが、それでも寒いものは寒いのだ。
「こーら。授業中にコートを着ちゃいけないって言ってるでしょう。それに、寝てもだめ」
コート着用で、机に突っ伏して授業を受けていた、短いシルバーブロンドの獣人娘に、スーツ姿の爬虫人教師が、声をあげた。
「あ…だって、寒いんですもの…だめですか?」
獣人少女は、はっと顔を起こし、哀れみを誘う視線で、教師を見上げる。
「だめよ、マスリさん。みんなだって寒いのを我慢してるんだからね?ほら、エアコンの温度上げてあげるから」
「はぁい…」
マスリと呼ばれた女子生徒は、おとなしくコートを脱いだ。彼女の名は、真優美・マスリ。銀髪ショートで、チョコレート色の毛に、ふさふさの尻尾。機械工作が得意で、天然大食いの獣人娘だ。今注意したのは、このクラスの担任、蛇山加奈子先生で、現在は彼女の受け持つ物理の授業だった。
「この公式、出るから覚えてね。物理の本当に基礎よ」
黒板に、すらすらと問題を書く蛇山先生。彼女は続けて、解答もさらさらと書いた。生徒達は、必死になってノートを取る。真優美も同じようにノートを取ろうとペンを取る。
と、真優美の目は、左前に座っている人間少年を捉えた。短めにしている髪はぼさぼさで、体は痩せ形、つまらなそうに授業を受けている人間少年。彼の後ろ姿を見るだけで、真優美は少し顔を赤くする。彼の名は、錦原竜馬。昔に剣道をやっていたらしい、人間少年だ。元は他県の人間で、東京には姉の清香と一緒に来ている。彼に、真優美は思いを寄せていた。
しかし、恋の道には邪魔者やライバルが付き物だ。真優美の友人の一人である、アリサ・シュリマナ。金髪ロングで、クリーム色の毛をした、美人の犬獣人。それなりのことをオールマイティーにこなすアリサもまた、竜馬に熱烈に恋をしている。真優美と違うのは、行動力が強い点だ。図々しさや甘え、またはいぢめなどの行動で、アリサは竜馬に迫っている。竜馬も竜馬で、アリサを遠ざけてはいるのだが、最近は様子がおかしい。なんだか妙にアリサに優しいし、彼女の自己中心的な行動を許容している節も見られる。真優美の知らない間に、2人に何かあったのだ。
アリサと真優美は、仲がいい友達だ。だが、このことについては、話は別。3学期に入ってから、真優美はもやもやした日々を過ごしていた。
「じゃ、呼ばれた人。前出てこれ解いて」
いつの間にか、3問の問題が黒板に書かれている。当てられた3人の生徒が、チョークを受け取って問題を解き始めた。その中には、アリサの姿もあった。
「はあ…」
真優美はため息をついた。彼女は、この授業の内容をほとんど理解していなかった。これが終わったら、友人に聞かなければならない。その中でも、人間少女の松葉美華子、狐獣人と地球人のハーフの汐見恵理香などとは仲がいい。2人とも、真優美よりは勉強が出来るので、前述のアリサと合わせて4人で勉強会をすることがよくある。美華子は面倒くさがりでクールな性格、恵理香はきまじめでしっかりした性格。性格の違う4人の少女は、なぜかはわからないが気があって、行動を共にすることも多かった。
「はい、正解です。みんな、基礎は出来てきたみたいね。3学期は電子基礎と力学で終わるから…」
ピンクのチョークで、蛇山先生が答えに丸を付ける。真優美がその答えを、漫然とノートに写す。物理や数学などの、計算が必要な教科が、真優美は嫌いだった。彼女は計算が上手く出来ないし、それによって導き出したい答えもなかったからだ。電子基礎の方ならば、直感である程度はわかるのだが、力学などは大嫌いだ。早くこの授業が終わらないかと、ペンをくるくる回していると、やはり視線が竜馬の方に吸い寄せられる。そして、思考は竜馬と仲良くしている自分を想像していた。
『真優美ちゃん、今日はどこ行こうか?』
空想の中の竜馬が、優しく真優美に問いかけた。
『そうですねえ…じゃあ、駅前のマルクで、服見てもいいですかぁ?』
駅前のデパートの名を、空想の真優美が口に出した。
『うん、いいよ。じゃあ行こうか』
2人が手を繋ぐ。そして、駅に向かって歩き出す。そんな2人が…
キーンコーンカーンコーン
ひときわ大きく、授業終了を報せるチャイムの音が響き渡る。その音に、真優美の空想は、音もなくばらばらに崩れてしまった。
「…というところね。ちょうどよく授業おしまい。難しいから、質問あったら職員室に来てね」
教卓の教材をまとめ、蛇山先生が部屋を出ていく。ノートを閉じ、真優美はぼうっと、目の前の何もない空間を見つめていた。
授業が終わり、数分が経った。真優美がのろのろと帰る準備をしている。今日も、惰性で一日を過ごしてしまった。なんだか最近、とても無為に毎日を過ごしている気がしている。昨日も一昨日も、あまり理解できない授業を漫然と聞くだけだった。それ以外に特筆するべきことがあるとすれば、竜馬とアリサのやりとりを見て、嫉妬心を燃やす程度のことだろうか。
「真優美。帰ろう」
後ろから声をかけられ、振り返る。金色のショートボブに金色の目の人間少女。美華子だ。彼女は元々茶髪だったが、休みの間に色を抜いたのか、金に近い色になっていた。
「ええ〜。いいですよぉ」
真優美が愛想良く答えた。
「ここ最近、ほんと寒くなったよね」
準備をする真優美の横に美華子が立つ。
「本当ですね〜。コートが欠かせませんねぇ」
カバンを持ち、コートを着る真優美。立ち上がろうとするが、カバンに入っていないものがあることに気づき、また座り直す。
「そういえばさ。最近、錦原とアリサ、仲良くない?知らないけど」
美華子がぽろりと言った。真優美が辞書を取り落とす。
「そ、そうですかぁ?あたし、わかりません。それより、駅前に出来た、マリーベルコーヒーのチーズケーキが美味しいって噂で…」
「ほんと、見てて驚くくらい仲良いよ。何かあったのかもね。知らないけど」
「わ、わかりませんねえ。ほら、あの、あたしが気付かないぐらいだし、大したことないんじゃないですかぁ?それよりほら、ケーキが美味しいって噂で…」
「案外、もう付き合ってるのかもね。知らないけど」
何度も何度も、しつこく話を修正する美華子。確信犯だろう。話を逸らそうとがんばっている真優美は、だんだんと悲しくなり、目に涙が浮かんできた。
「もう!美華子ちゃん、何がいいたいんですか!」
がたん!
怒った真優美が、イスから立ち上がった。
「別にー。ただ、早く行動しないと、手遅れになるって言いたいだけ」
美華子がにやにや笑っている。たぶん彼女は、この曖昧な状況が面白くて仕方がないのだろう。彼女自身、竜馬に手を出していたこともあったが、その真意もよくわからない。おそらく、気まぐれな行動で、本気で竜馬に惚れているわけではないのだろう。そう言う意味では、美華子は危険ではない。
「あ、あたしだって、行動出来るなら、行動しますよぉ。ただ、機会がないだけで…」
「嘘ばっかり。アリサといるところに、声でもかければいいじゃない。怖いの?まったく、しょうがないダメわんこだね」
うじうじとした態度の真優美に向かって、美華子が辛辣な言葉を投げつけた。
「こ、怖くなんかないです!わかりました、次に竜馬君を見つけたら、アタックかけますから!」
挑発された真優美が、むっとした顔で言い返した。立ち上がった真優美は、カバンを背負い、美華子と共に教室を出る。
「あ…」
廊下にはアリサと竜馬がいた。2人の姿を見た真優美の動きが止まる。
「もう、恥ずかしがらないでいいのよ?くふふ」
「えーい、うざいな。いい加減離れろよ。俺は帰る」
アリサがにこにこしながら竜馬の腕に抱きつき、竜馬はそれをうっとおしそうに払いのけた。やはり、2人がとても仲良く見える。いつもの通りにしているだけのはずなのに、なぜか真優美の目にはそうは映らない。心の中に、また嫉妬が揺れ始めた。美華子がにやりと笑い、顎で竜馬を指す。逃げ場はなかった。
「あ、あの、竜馬君」
真優美が後ろから竜馬に話しかけた。竜馬とアリサが振り向く。
「今日、遊びに行きませんか?その、マルクで服を選びたいんですけど、あたし一人じゃ難しいから…」
真優美はちらちらとアリサを見る。真優美にしては珍しいアプローチの仕方だ。あえてアリサのことを意識させないように物を言う。仲間はずれのような気がして、真優美は少し気が引けたが、ここでしっかりと竜馬にアプローチをしなければ取られてしまうと、自分を奮い立たせる。
「ああ、俺でいいなら行くよ。ちょうど今日は暇なんだ」
竜馬が頷いた。真優美が嬉しさのあまり、尻尾をぱたぱたと振る。
「あ、私も行っていい?」
アリサが話に首を突っ込んだ。ぴしり、と真優美の心に、痛みが走る。竜馬と2人きりで行きたいのに、行きたいのに…
「うう、竜馬君と2人で行きたいんですよぅ。今回だけ、見逃してくれません?ね?」
正直は美徳である。そう習ってきた真優美は、正直に話すことにより、アリサの理解を得ようとした。
「ふんだ。なーによう。私だけハブるわけ?」
真優美の言葉に、アリサはいい顔をしなかった。頬を膨らませ、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「今回だけ、お願いしますよぅ。ね?ね?」
なおも、真優美はお願いを続けた。
「やーよう。私だって、真優美ちゃんと一緒に服選んだりしたいもの。なんで竜馬と2人じゃないといけないの?」
アリサが突っ込んで質問をした。真優美が言葉を探しておろおろする。ここで正直に言ってしまえば、アリサに噛みつかれるかも知れない。それだけは避けたいが、ずばり言わなければ、アリサには一生勝てないだろう。いつも消極的な自分を変えなければ、と思った真優美は、心を奮い立たせた。
「り、竜馬君が好きだからです。なんですか、アリサさんこそ、付き合ってるわけでもないのにべたべたしちゃって。あたしだって、竜馬君と仲良くしてもいいでしょう?」
ぎゅううううう
「痛い痛い痛い、強いって」
竜馬の腕を取り、真優美がぎゅうぎゅうと抱きつく。ここで真優美は、噛みつかれる覚悟をして、目を閉じた。
「…うう、わかったわよう。じゃあ、2人で行ってくるといいわ。あ、おみやげお願いね」
アリサがさらりと言ったその言葉に、真優美は耳を疑った。アリサがこんな殊勝でしおらしいことを言うはずがない。これはきっと、寝不足のせいだ。幻聴が聞こえるとは、よほどの重病なのかも…
「あ…アリサさん、熱は?体調は?もしかして風邪とか…」
ぺたぺた
真優美の肉球が、アリサのおでこや首元を触る。
「…なによ、その失礼な態度」
「え、えーと。いつもなら噛みつくじゃないですかぁ。なんで今日に限って…?」
不機嫌なアリサに、問いただす真優美。真優美のその目は、不審な物を見る目だった。今にも爆ぜてしまいそうな爆弾を見るような。
「だってぇ、私と竜馬は、大事な大事なお友達なんですもの。恋人同士でもないのに、嫉妬するのもおかしいでしょ。ねー、竜馬」
アリサがにっこり微笑み、竜馬に同意を求める。
「ああ、そうだな。友達なんだわ」
竜馬もそれに同意した。真優美には信じられなかった。あれだけ独占欲の強いアリサがこんな取り決めをするなんて。いや、友達になったというには、あまりにも2人の距離が近いではないか。まるで恋人同士のような…
「な…なんか、あたし、調子悪くなってきちゃって…誘っておいてごめんなさい…今日はちょっと、休みます…」
真優美が竜馬の腕を離し、ふらふらと遠のく。
「…どうしたんだろう。大丈夫かな、真優美ちゃん」
「さあ…わかんないけど…」
竜馬とアリサが、真優美を心配する声が聞こえる。真優美はその声を背中に聞きながら、階段をふらふらと下りる。靴を履き替え、外に出ると、夕闇の空が美しかった。
「どうしたの。チャンスじゃん。なんであそこで引いたの?」
いつの間にか、隣には美華子が立っていた。その顔を見たとたん、真優美はいきなり胸が痛くなった。涙が突然こぼれる。
「ぶえええん!美華子ちゃーん!」
「わ!な、何で泣く?私、何かした?」
「違うの!違うのぉぉ!あーん!あーん!」
下校している他の生徒の注目を浴びていることは、真優美も理解していた。しかし、涙を止めることは出来ない。真優美は声をあげ、美華子の胸で泣き続けた。
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