その宴会は、長い間続けられた。鍋がなくなり、酒がどんどんなくなり、百合子が寝てしまってもまだ続けられていた。竜馬とアリサは未成年。酒を飲むことが出来なかったので酔ってはいなかったが、大人は全て酔ってしまっていた。
「こうですね、ぐぅいーん!って伸びていくのがいいんですよね。ぐぅいーん!って」
 テンションの上がったカイオヤが、何かを振るふりをする。ゴルフのクラブのようだ。
「そうなんですか。私はゴルフなどやったことがないのでわからんのですが…奥様は何かスポーツを?」
 ぐぅいーんぐぅいーんと言い続けるカイオヤから和馬が目を逸らし、パリヴァに話しかける。
「そうですねえ…以前は、音楽を少し…」
「あら、奇遇ですね。実は私も…」
 パリヴァの話に、燕が飛び込む。そこここで、無秩序に会話が入り乱れている。パーティーではよくある光景なのだろうが、すっかり疲れた竜馬は、適当なところで部屋に引っ込もうと思っていた。
「うーん。ここにいてもつまらんだろう。小遣いやるから、アリサちゃんと遊んで来るといいぞい」
 竜馬の考えを見越した真一が、ポケットの財布から1万円札を出し、竜馬に握らせた。
「遊んでこいって、どこでだよ」
「覚えてないのか。今日の大晦日、それに正月3日の4日間は、あっちの神社で祭りをやっとろう」
 真一に言われ、竜馬は祭りのことを思い出した。多数の人々が集まる、年越しの祭りだ。20分ほど歩いたところにある神社で、毎年この時期に祭りをやっている。
「俺らも酔いが醒めたら行くぞ。先に遊んでおいでな」
 機嫌よさそうに、真一が手を振った。竜馬も無言で頷き返し、居間を出る。その後ろを、アリサがとことことついてきた。
「先に聞いとくけど、お前、酒飲んでないよな?」
 階段を上りながら、竜馬が質問した。
「今日は大丈夫よ〜。心配?」
 アリサも一緒に階段を上る。竜馬の部屋に入った2人は、外出用のコートを羽織った。
「ああ。また噛みつかれたら嫌だしな」
「もう、意地悪言って。そんなことしないわよ」
 玄関に下り、アリサがブーツを履く。ロングのブーツは、履くのに手間がかかるらしい。自身の靴を履き終えた竜馬は、そっとブーツを履くのを手伝った。
「これ、結構いいブーツなんじゃないのか?」
 アリサの足を入れてやり、ブーツのファスナーを上げながら、竜馬が聞く。
「うん。それなりに高いのよ。ほら、靴底見て」
 片足を上げるアリサ。靴底の形は、波線がメインだが、真ん中に大きなハートマークがある。
「これ、ハートの形に製造されたわけじゃないんだけど、そう見えるから気に入ってるの。かわいいでしょ?」
 アリサがにこにこと聞いた。竜馬が何も言わず頷く。2人がそんな雑談をしている間に、アリサはブーツを履き終えていた。
「ありがと。じゃあ、行こうか」
 立ち上がったアリサが外に出る。雪は止んでいるが、それでも寒いことに変わりはない。凍り付いた空気が、2人を包み込んだ。
「寒ぅ…」
 家の鍵を閉める竜馬。体が小さくかたかたと震える。暖かい室内が名残惜しい。
「年末のお祭りかぁ…くふふ、楽しみ」
 降り積もった雪を、さくさくとアリサが踏みしめる。朝は雪かきをしたのに、もう雪が積もっている。また明日の朝も、雪かきをしなければなるまい。
「そうだな。着いたら、少し何か食べていいか?俺、実はほとんど鍋食ってないんだ」
「実は私も。ちょっと、量が少なかったかな」
 2人は、つまらないことを話しながら、雪の道を歩く。少し行ったところで、音が聞こえ始めた。狭い路地をうろうろと行き、田圃の間を歩き、大きな道を渡ったところに、その神社はあった。神社の境内の前にある道には、所狭しと屋台が並んでいる。もう夜もだいぶ遅いというのに、この一帯には熱気が溢れていた。
「案外大きいのね。てっきり私は、神社の前に屋台が少しだけ並ぶ感じかと思ってたわ」
 楽しそうに、祭りの様子を見回すアリサ。今にでもスキップを始めそうだ。
「ともかく、まず何か食べようよ」
「ん。焼きそばでいいか?買ってくるよ」
「ああ、うん」
 竜馬が一つの屋台に並ぶ。焼きそばを扱う屋台だ。竜馬が並び、焼きそばを2つ買った。列から離れたところで、片方をアリサに渡す。
「ありがと」
 焼きそばを受け取るアリサ。彼女は少し周りを見回して、空いてるベンチを見つけた。
「ここ、空いてるよ」
 アリサが先に座る。その横に、竜馬が座り、割り箸を割った。
『はーい、というわけで、大晦日にちょうど放送日のサクラ・コネクション。MCのサクラなんですが、こんなお葉書頂いております。ラジオネーム、ハリマオさん…』
 どこかの屋台が流しているらしい。ラジオの放送が、小さな音で2人に届く。何も言わず、竜馬はもくもくと焼きそばを食べる。
「あ?」
 目の前を通り過ぎていく人影。その中に、竜馬は昔の知り合いらしき姿を見た。混雑しているのでよくわからないが、知り合いに間違いはない。
「すまん、アリサ。俺、友達を見たから、話してくるわ。すぐ戻る」
「え?あ、ちょっと?」
 アリサが止める間もなく、竜馬が人混みに紛れ込む。後には、焼きそばを食べるアリサと、空になったパックだけが残された。


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