昼食時のハンバーガーショップは混んでいた。ビジネスマンや学生の姿が多く見える。竜馬とアリサは2階で席を確保しながら、修平と真優美が戻ってくるのを待っていた。2人が場所取りを、もう2人が4人分の注文を持ってくる、ということになっている。席取りは竜馬とマリサだ。マリサは分厚い本を読み、竜馬は暇そうにぼんやりしていた。
「2人きりね」
 マリサがつぶやくように言う。
「2人きりってわけじゃないよ。周りには他のお客さんがいるし」
「そういうのは問題じゃないの。邪魔者がいないってことよ」
 本から目を上げ、竜馬を見るアリサ。竜馬は彼女の顔と言葉に、少しいやらしいことを想像してしまい、目を逸らした。
「あのさ、アリサさん、何読んでるの?」
 竜馬が話を逸らすように、慌ててマリサに声をかける。
「さんはつけないでいいわ。ちょっと昔の恋愛小説をね」
 アリサは抱えている分厚い本に、クローバーが押し葉にしてあるしおりを挟みながら答えた。
「爬虫人体系の男と、獣人体系の女の、許されそうで許されない恋愛の話よ」
「面白い?」
「ちょっと読んでみる?この辺とか読めば、だいたいの内容はわかるから」
 アリサがページを開き、竜馬の前に置いた。活字に目を通す。書いてある内容を読み進めるにつれて、竜馬は顔が赤くなるのを自覚した。男女間の濃厚な恋愛が描かれている。顔を上げると、アリサがにやにやしながら、竜馬の顔を見つめていた。
「な、なんだよ」
「かわいいなーって思って」
「男にかわいいは誉め言葉にならないよ」
 竜馬は目をそらし、本をそっと返した。
「お待たせ。持ってきたよ」
 修平がお盆を2枚持って、階段を上ってきた。片方をアリサの前に、片方を自分の前に置く。
「真優美ちゃんは?」
「もうすぐ来ると思うけど…」
 そんなことを言ってるうちに、階段を上る音が聞こえてきた。真優美が2枚のお盆を持ち、階段を上ってくる。片方のお盆には大量のハンバーガーが乗り、もう片方には飲み物とフライドポテトが乗っていた。ハンバーガーは数えてみれば10個は乗っている。
「お待たせしました〜。あっ」
 ごんっ!
 何もない床で、片足が滑り、前のめりに転ぶ真優美。お盆が押し出されるように床を滑っていく。突き当たりの壁にぶつかり、お盆は動きを止めた。周囲の客が何事かと真優美を見る。
「大丈夫?」
「痛いよぉ…」
 アリサが真優美を起こす。鼻を打ったらしく、真優美は鼻を押さえていた。よほど痛かったのか、目が潤んで涙が溜まっている。
「あ、あの、ごめんなさい〜」
 真優美は急いでお盆を拾い上げるとテーブルまで持ってきた。飲み物は零れてはいなかったが、フライドポテトがお盆の上にぶちまけられている。
「大丈夫だよ、食べられるから」
「ありがとうございます〜」
 竜馬がフォローすると、真優美はにっこり微笑んだ。制服に付いた埃をぱたぱたとはたき、イスに座った。
「そういえば明後日、入学おめでとうテストがあるんだよな」
 竜馬がハンバーガーを囓りながら言う。
「あたし、勉強全然だめなので、怖いです〜…」
「ああ、俺も。まいったな〜」
 いかにもいやなことを思い出した、という顔で、修平と真優美がつぶやいた。
「テストって言っても、数学、理科、国語、英語、社会くらいでしょ?簡単よ」
 アリサが当たり前のように言う。彼女にとっては、これぐらいのテストは、怖い物ではないらしい。
「えぇ〜?全然簡単じゃないですよぅ」
 真優美はそう言いながら、3つ目のハンバーガーに手を伸ばした。
「真優美ちゃんは、まあ、わかるけど…まさか男衆もそうだ、なんてこと、ないわよねえ?」
 アリサがふふんと鼻を鳴らす。竜馬は気まずそうに俯き、修平は愛想笑いをして見せた。
「え、なに?だめなの?」
「ああ、まあ…」
 唖然としているアリサに、竜馬が言葉を濁す。
「なっさけないわねー。中学校の延長なんだから、がんばってみなさい?わかんないところあったら、聞けば教えてあげるから」
 アリサはストローをくわえ、ジュースを一口飲んだ。
「聞けば、って言ってもなあ…どうやって?」
 ふてくされたように竜馬が言う。
「この際だし、アドレスと番号、交換しましょうよ」
 アリサがカバンから取り出したのは、一枚のルーズリーフだった。一番上の行に、自身のメールアドレスと電話番号を書き、それを置く。
「そうですね〜。じゃあ、そうしましょうか」
 真優美がその次にメールアドレスと電話番号を書き入れる。竜馬、修平もそれに習い、紙にメールアドレスと電話番号を書いた。各人、携帯を取り出すと、順番に打ち込み始める。
「何も紙に書かないでも、赤外線とかでやりとりすればよかったんじゃ?」
 修平が携帯のボタンを操作しながらアリサに言った。
「それもそうねー。誰かの携帯に、赤外線ついてないかも知れないと思ったから。それに…」
 手元の携帯を見るアリサ。黒く、赤外線受信のスペースが付いている。
「私、モノによっては、見えちゃうのよね」
 アリサは携帯を手元でくるくると回してみせる。
「見えちゃうって、何が?」
 竜馬がハンバーガーの包み紙をくしゃくしゃにしながら聞く。
「赤外線。ほら、獣人体系って、目いいでしょ?うっとおしかったりするから、あんまり好きじゃないの」
「はー。なるほどねえ」
 アリサの答えに、感心した声を出す竜馬。真優美も同じらしく、アリサの言葉にうんうんと頷いている。
「やっぱ獣人って、こっちの生活に慣れなかったりするの?」
 修平が女性陣に疑問を投げかけた。
「んー…言葉の壁が大きかったですねぇ。あ、外国人の方とかも、そうかも知れませんけど」
 真優美がフライドポテトに手を伸ばす。彼女の前には、ハンバーガー6つ分の包み紙が、くしゃくしゃになって置かれていた。
「私はこの国で生まれ育ったから、特にそういうのはなかったけれど、他の人の話を聞くと、よくあるみたいね」
 アリサが周りを見回す。ハンバーガーショップにはますます人が増えたようで、様々な人が座っていた。獣人、爬虫人ももちろんいる。彼らのうち数人は、竜馬や修平が理解できない異国の言葉を話していた。
「服とか、どうなの?尻尾があるじゃん」
「ああ、尻尾用の穴とか、ベルトとかがあるわ。尻尾があるのが、あなた達でいう尾てい骨だから、そこから腰上、腰下で着こなすの。太く見えても、毛がなければ意外と細いのよ?」
 立ち上がって、背中を見せるアリサ。制服のスカートの上部に、尻尾を通す切れ目が見える。彼女はそれに尻尾を通さず、そのままスカートを履いていた。ベルトの上側にふさふさとした尻尾が乗っている。
「他に地球人体系の人と、体の面で違うところある?復乳だとか、聞いたことあるんだけど…」
「復乳…ああ、おっぱい?」
 あっけらかんとその単語を発するアリサに、竜馬は思わずジュースを噴き出しそうになった。
「人によっては、複数の乳首がある場合もあるけど、普通は一対ね。見たまんまよ」
 アリサが自分の胸を持ち上げてみせる。竜馬は恥ずかしくなり、目を逸らした。今まで彼は気が付かなかったが、アリサも真優美も、標準的な女性より胸が大きい。
「はー。俺、身近に獣人も爬虫人もいなかったから」
 修平が感心したように言った。アリサは尻尾を一つ振り、イスに座り直す。
「学校にいなくても、部活の大会とかであわない?何部だったの?」
「中学のころは、柔道部だったよ。こう見えても俺、柔道と空手やってるんだぜ」
 自慢げな修平に、アリサはすうっと目を細めた。
「ねえ、腕相撲しましょうよ。どのくらい力あるのか、知りたいわ」
 空いたお盆をまとめ、アリサが腕を出した。
「いいの?俺、強いぜ?」
「いいからいいから。女の子だからって手加減しないでいいわよ」
「はは、すごい自信だなあ」
 笑いながらアリサの手を握る修平。彼の目は笑っている。アリサには絶対負けないだろうという顔だ。
「竜馬君、スタートかけて?」
 ジュースを飲んでいた竜馬は、アリサの言葉を聞いて、ストローを離した。
「じゃあ…レディー…ゴッ!」
 ガッ
 2つの手が、互いを倒そうと回転する。一瞬膝が動き、テーブルが大きく揺れた。
「に、ぐ、ぎぎぎ…」
「ふふ、そんなもの?」
 修平は、精一杯の力を出しているのだろう。必死の形相で力を入れている。アリサは涼しい顔で、彼の手を握手でもするかのように握っている。そのうち、だんだんと修平の腕が倒れ始めた。
「ほへー…」
 真優美が腕の動きをじっと見ながら、間の抜けた声を出す。
「んっ!」
 ばたんっ!
 最後の仕上げと言わんばかりにアリサが力を入れると、修平の拳はテーブルに叩きつけられた。
「嘘だろ?まさか…」
 修平が荒い息をつきながら自身の腕を見る。筋肉のしっかりついた、力強い腕だ。かなり重いダンベルでも易々と持ち上げることが出来るだろう。だが、そんな彼の力を、アリサはうち破ったのだ。
「ふふ、まだまだね。これからは女王様とでも呼んでもらおうかしら」
 アリサがにやにやしながら修平を見つめた。息一つついていない。その瞳には、男をうち倒したという征服感が見え隠れしている。
「あ、思い出した。アリサさん、もしかして、ものすごい強い人じゃありませんでしたぁ?」
「知ってるの?」
「ええ〜。何でも、西洋剣術とアーチェリーと中国拳法とテコンドーと射撃と砲丸投げと100メートル走ですごい人なんでしょ?」
 一気に並べ立てた真優美に、アリサは呆れたような笑いを浮かべた。
「もしかして、適当に言えば当たると思ってる?」
「えへへ、実はそうだったり…」
 アリサの言葉に、真優美が恥ずかしそうに微笑んだ。
「西洋剣術とアーチェリーと合気道よ。特にアーチェリーは、大会で優勝もしたわ。新聞で見たことない?」
 アリサは得意げに鼻を鳴らす。
「道理で勝てないわけだ…俺なんか、お呼びも付かなかったんだなあ」
 悔しそうに修平は拳を握る。
「どっかで見たと思ったら、新聞だったんですねぇ。すごい〜」
「うふふ、もっと誉めて誉めて。特別に握手まで許してあげる。あ、サインはだめよ」
 素直に感心している真優美に、アリサは気をよくしたようで、ますます嬉しそうな顔をした。
「ふふ、竜馬君もしてみる?さっきから黙り込んでるけど」
 にやにやしながらアリサが腕を出す。
「あ、いや。俺はいいよ。ちょっと考え事してただけ」
「考えごとって?」
「なんでもないんだ」
 竜馬はそう言いながら、アリサの顔をぼーっと見つめた。彼女の顔に見覚えはないし、名前にも聞き覚えはない。だがさっき竜馬は、修平が確実に負けるだろうという、何か確信めいたものを感じていた。理由はわからない。むしろ、理由がわからないから、今こうして悩んでいる。どうしてそう思ったのだろうか。
「そんなに私を見つめちゃって…ふふ、恥ずかしいわ」
 恥じらう乙女の顔をするアリサ。竜馬はそんな彼女の仕草に、またもやどきっとした。


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