「こっち、シュークリーム2つね」
「チョコケーキをワンホールちょうだい。サイズは…」
「あ、モンブラン追加で」
 狭い店内が、人でごった返している。クリスマスの洋菓子屋は、まるで戦場か何かのように忙しい。
「はーい!かしこまりました!」
 その店内で、サンタクロースのコスチュームを着た犬娘が、コマのようにくるくると仕事をしていた。言わずと知れたアリサだ。その横で、竜馬も一緒になって働いている。
 彼らがなぜ仕事をすることになったか。それは、20分前のことだった。


「そっか…悪いね。でも、無理だなあ…無理だなあ」
 白い服を着て、甘い匂いをさせている太い男性が、裏口で竜馬とアリサに応対した。この青年こそが、先ほどの女性が言っていた恋人。名前はヒュダと言うらしい。名字も部族名も国名もない、ただのヒュダだ。腹は出ているが、みっともない太さではなく、どちらかといえば健康的な太さに見える。
 店の場所を聞いたアリサと竜馬は、すぐにその店に向かった。クリスマスということで、洋菓子屋は大盛況だ。店の中では、バイトらしき人間が多数、忙しそうに注文を聞き、ケーキを箱に詰めていた。
「そう言わずに、なんとかしてあげてよ。あの子、ずっとあなたを待ってるのよ?」
 背を向けたヒュダに、アリサがすがりついた。
「俺だって行けるなら行きたいね。だけどね、仕事が終わらないと、店を出られない…」
「バイトー!はよ来いや!そんなことしてる間にも、お前に給料払ってんだぞ!」
 店の奥から、コック帽を被った老年の男性が、怒り顔を見せた。彼の雇い主らしい。
「はーい!」
 ヒュダは声だけ威勢よく答え、アリサの方を向く。
「仕事が終わる条件ってなんなんだ?時間?」
 中に勝手に入った竜馬が、くるりと店の中を見回した。
「ノルマだね。需要を見込んで、多めにケーキを用意したんだ。いつもならそんなこともないんだけど、今日はクリスマスイブだからってことで、売り切ったところで店を閉めて、バイトを開放することになってる。わかったら…」
「じゃあ、私たちが手伝ってあげるわよ!終わらせてあげる!一人っきりの女の子を、見捨ててなんておけないんだから!」
 その場を去ろうとしたヒュダに、ずずいとアリサが詰め寄る。
「何やってんだ!おい!」
 業を煮やした店長が、ケーキを箱詰めする手を休め、ヒュダに文句を言いに来た。
「あんたが店長?」
 威圧感のある目で、アリサが店長を睨む。竜馬はその後ろで、おどおどしながら事の成り行きを見守っていた。
「そうだが…なんだ?客か?」
「違うわよ。あのさ…」


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