クリスマスイブの日。夕方になり、惰性で続けていたゲームの電源を切った竜馬は、少しの憂鬱さを感じていた。結局、竜馬はクリスマスもクリスマスイブも1人で過ごすことになってしまった。親しい友人も、姉もいないし、誰か他に誘える人間がいるわけでもない。外出するつもりで着替えはしたが、外は寒すぎて、どこか遠くに行く気にもなれない。冬休み2日目なのに、既に竜馬はだるくなっていた。
「実家に帰るのは、大晦日前だしなあ…」
 聞く者のいない独り言をつぶやく竜馬。5時半を回り、既に日は沈んでしまっていたが、電灯をつける気すら起きない。コタツから出て、肌寒さを感じた竜馬が、電気ストーブをチェックすると、オフタイマーが働いていた。
「はあ…道理で寒いはずだ」
 ぴっ
 ため息をして、竜馬はストーブをオンにした。ストーブがだんだんと赤くなるのを見て、もごもごとコタツに入り直す。夕食を作ろうと思っても、だるくてやる気が起きない。外に食べに行ったらカップルを見ることになるだろう。今の時期は、どこに行ってもカップル、アベック、ペア、恋人だらけだ。普段は、彼女がいなくても何も感じない竜馬だったが、このときばかりは寂しさを感じた。
「うー。こんなことならば、真優美ちゃんに…」
 そこまで言って、竜馬は首を横に振った。いくら寂しいからと言って、自分に好意的な少女の気持ちを利用することは出来ない。付き合うからには、最後に終わるときまで面倒なく過ごす覚悟がないといけない。これが竜馬の信条だ。
 やることがなくなった竜馬は、消したテレビを再度つける。チャンネルをころころ回していると、ドラマが偶然映った。春に始まった、トマトフレンズという、人気ドラマ。主人公とその友人の少女、2人の恋愛を描いた物語だ。夏の時点では完結せず、2期目に入っているが、その2期目の最終回が今入っているようだ。何の気なしに、ドラマを見る。
「へえ…」
 5分ほどで、竜馬はドラマに見入ってしまった。今までの展開を知らなくても、今回を見るだけで、話が分かる。ストーリーが薄いわけではなく、それだけわかりやすく、オーソドックスな話の作り方をしているようだ。紆余曲折あり、デート後に2人は結ばれるはずだったが、主人公が病気で倒れてしまう。ちょうど今は、主人公が病院に運ばれたシーンが入っていた。
『そんな…嘘でしょ?ユウくん、もう病気治ったって…』
『悪りぃ、あれ…嘘なんだわ…エリのこと、心配させたくねえじゃん?全然大丈夫だし…俺、お前嫌いだしよ…』
『ちょ…なにそれ?マジウケるんですけど!こんなときまで嘘っすか!?そんなの、やだよ…やだって…本当のこと言ってよ…』
 女性の方が、ベッドの脇で泣き崩れる。
『不治の病なんて、そんなんテレビの中だけのものじゃないん?ねえ、ユウくん…』
 テレビの中で、繰り広げられるドラマをぼんやりと見ながら、竜馬はこんなことが実際に起こったらと考えていた。ちょうど3日ほど前、似たような夢を見たことを思い出す。
 その夢の中で、竜馬は学校にいた。いつも通りの授業を受けているはずが、いつの間にか教室を出ている。部屋の外には、大きなドームのような空間があった。体育館のようでもあり、どこかのホールのようでもある。
 妙な薄明かりのホールには西洋式の墓地が広がっていた。そのときちょうど、誰かが埋葬されるところだった。運ばれる棺桶に、知っている名前が書かれている。とても死にそうではなかったその人物。名前を思い出すことは出来ないが、死んだらとても寂しく、とても困る人物だった。竜馬は怖くなり、その人物の顔を見ることが出来なかった。死を間近に感じたその夢を見たとき、竜馬は泣いていた。起きてからも、不安感が消えず、竜馬は泣き続けた。
『悪りぃ…またデート行きたかったよな…』
 主人公の言葉に、そのときの、意味の分からない悲しみを思い出した竜馬は、思わず涙をこぼした。目を拭っても、涙がまたこぼれる。気が付くと、声をあげて泣いていた。
「な、なんだ、これ…」
 目を擦る竜馬。テレビの画面がぼやけてしか見えない。自分の周りにいる知り合いは、皆健康で、死ぬ恐れがある人はいないはずだ。なのに、なぜこんなに悲しいのだろうか。
 ピンポーン
 チャイムが鳴った。何かの集金だろうか。テレビを消した竜馬は、覗き穴からドアの外を見るが、暗いせいか何も見えない。
「あれ…?」
 不審に思った竜馬が、周りを確認した。傘が数本置いてある。こうして、何の関係もない人の家に来る強盗の話を聞いたことがある。相手が悪意を持った誰かであっても、傘を武器にすれば、部屋に入れないように対抗は出来るだろう。
 かちゃり
 鍵を開ける竜馬。ゆっくりとドアを開いていく。
「どなた…」
「メリークリスマス!」
 ばっ!
「おわあ!」
 ドアが急に開いた。部屋の中に、赤い何かが入ってくる。竜馬は押されてよろめき、尻餅をついてしまった。
「あ…ごめん、倒しちゃった。大丈夫?」
 赤い誰かが手をさしのべた。最後の涙を拭い、見上げると、それはサンタクロースのコスチュームをしたアリサだった。赤い服に、白くてふわふわした縁取り。ご丁寧に、ズボンではなくミニのスカートを穿き、暖かそうなオーバーニーソックスを穿いていた。背中には白い袋を背負っている。
「あ、アリサ!お前なんで…」
「だってぇ、竜馬言ったじゃない。サンタならば家に上げるって。ほら、サンタの格好してるわよ?お土産だってあるんだから」
 ふぁさふぁさと尻尾を振り、アリサは玄関にしゃがみ込むと、脱ぎにくそうなブーツと格闘しはじめた。
「クリスマスの街ってきれいねー。もし私が地球の日本に生まれなかったら、見ることもなかったのかな…ん?」
 ブーツを脱いで部屋に上がったアリサが、竜馬の顔をまじまじと見つめた。自分が赤い目をしていることに竜馬が気づき、目をさっと逸らす。
「泣いてたの?こんな暗い部屋で?しかも、かなり寒いじゃない」
 心配そうに聞くアリサを無視して、竜馬はコタツに入った。後を追ったアリサは、電灯をつけ、向かい側に座る。
「そうだよね。クリスマスの日にひとりぼっちなんて、寂しかったよね。竜馬、泣かないで?私が一緒にいてあげるから…」
 赤い帽子とマフラーを取り、アリサが優しい声で竜馬に言う。見ようによっては、聖母のようにも見えるだろうが、今の竜馬にはただの面倒くさい少女にしか見えなかった。
「何勘違いしてんだか…」
 少々、竜馬はいらいらしていた。このまま勘違いをされていても面白くはない。だが、正直なところを言うのも面倒くさい。
「寂しい思いさせてごめんね?今日は私が一緒にいてあげるから…」
 態度の上では優しく見えるアリサだが、どう暴走するかわからない。人がいる方が確かに安心はするが、その相手がアリサでは、少々疲れる。寂しさがなくなる代わりに、うっとおしさがわき上がることだろう。
「すまん。悪いが、一人でいたいんだ。別に悲しんで泣いてたわけじゃないけど、人がいると気使うし、ちょっとさ…」
 意味ありげな含み笑いを見せて、竜馬がアリサから目を逸らした。
「ダメよ!そんな気分の時、一人でいたら、悪くなるわよ!」
 興奮したアリサが膝立ちになる。がたん、とコタツが動き、上に乗っていた調味料のビンが揺れた。
「悪いけど、叫ぶのだけは、やめてくれよ…周りの部屋にも人が住んでるんだから」
「あ、ごめん…で、でも、心配なのよう…悲しい気分のときの竜馬って、落ちるところまで落ちるから…」
 面倒くさそうな竜馬を見て、アリサが口に手を当てた。だんだんと、竜馬は理解してきた。アリサは純粋に、竜馬のことを心配しているのだろう。以前、竜馬が風邪を引いたときには、アリサは竜馬の看病を一生懸命した。その時と同じように、何かスイッチが入ってしまったようだ。
『そう思うと、なんか悪い気がするな…』
 ちらりとアリサの目を見る竜馬。確かに、彼女の目には心配の色が見える。竜馬は今まで、アリサを邪険に扱い、あまりよくない考えで接していた自分が恥ずかしくなった。
 こうしたアリサの優しさは、普段は余り出てこない。それを修平に言わせると、アリサは竜馬に甘えているから、だそうだ。そんなに甘えられても、迷惑なだけの竜馬だったが、大きな心配をかけるくらいならば、うざったいくらいにじゃれてこられた方が、気は楽だった。例えそれが、小学生のころから嫌だった、アリサであったとしても。
「そうでなくても俺、これから飯も食いたいし、風呂も入りたいしな。アリサだって、家族が家で待ってるんじゃないのか?俺のことはいいから、帰れよ」
 竜馬がふうと息をつく。
「あれ、言ってなかったっけ。私の両親、出かけてるのよ。2人とも、明日の遅くになるまで帰ってこないから、それまで私は家に一人なの」
「マジで?」
「そうよ。だから、今日は遅くても問題ないのよ」
 ふふん、と鼻を鳴らすアリサ。彼女の顔はとても嬉しそうだ。それが、竜馬と一緒にいられるからなのか、それとも両親がいなくて遊び歩けるからなのかは、竜馬には判別がつかなかった。
「そうだ。クリスマスプレゼント、持ってきたの。2つあるんだけど、まずこれ、受け取ってくれる?」
 先ほど背負っていた白い袋を取り、アリサが中から四角いプレゼント箱を取り出した。
「ああ、うん。開けていいか?」
「どうぞ〜」
 受け取ったプレゼントの包装紙を、竜馬が丁寧に取り外す。中から現れたのは、一つのパッケージ。竜馬が先週買い損ねたゲームだった。
「え?こんな高いもん、貰っていいのか?」
 不安になった竜馬は、アリサに聞き直す。
「もちろん。私のせいで買えなくなっちゃったでしょ?だから、どうにかしないとと思って、買っておいたのよね」
「次回入荷分はどこでも未定なのに…一体、どうやったんだよ」
「くふふ、内緒。秘密なの〜」
 アリサはころころと笑った。高い出費までさせてしまったことで、竜馬はますます気分が重くなった。
 竜馬は、冬が苦手だった。普段はどうとも思わない、本当につまらないことで、気分が落ち込んでしまうことがよくあるからだ。これも、普段起きない鬱症状なのだろうが、一旦起きてしまうともうどうしようもない。竜馬は、アリサに何か、とても大きな負い目があるかのような気分になっていた。
「あー、コタツっていいよね〜。なんか、竜馬と2人きりで、暖かいお風呂に入ってるような気分になっちゃった。くふふ」
 竜馬の心を知ってか知らずか、アリサは楽しそうにコタツに潜り込んだ。竜馬の膝に、アリサの足裏が当たる。
「ねえ、竜馬…なんか、どきどきしてこない?くふふ」
 アリサが流し目を使う。本気なのか、それとも冗談なのか。アリサのことだ、本気に違いはないだろう。だが、竜馬はとてもそんな気分にはなれなかった。相手がアリサだからというよりは、冬の鬱のせいだった。
「ごめんな。俺、クリスマス一人のつもりだったから、プレゼント用意してないんだ」
 ぐてぐてとコタツの中で伸びるアリサに、竜馬が謝った。
「…え?ああ、いいのよ。私、竜馬と一緒にいられるだけで幸せなのよ」
 精一杯色っぽい目をしたのに、それを受け流されてしまったことで、アリサは少し狼狽した。彼女の言葉に嘘はないようだ。今のアリサは、とても幸せそうに見える。全く関係のないことだが、アリサにサンタのコスチュームは、あまり似合わないと竜馬は思った。
「そうそう。もう一つのプレゼントっていうのはね…」
 もごもごとコタツに潜るアリサ。竜馬はその動作だけで、アリサが何をやろうとしているかを理解して、コタツを出た。彼女がコタツの中で何かをしている間に、無言で流し台に立つ。
「じゃーん、私なのよ〜!くふふ…ん?」
 竜馬の方から顔を出したアリサは、竜馬がコタツを去ってしまったことを知った。
「何よー。つまんないの。竜馬ってほんと奥手なんだから」
 アリサがコタツから這い出した。
「単純に、お前に興味がないだけだよ」
「あ、ひどい。それって、私を恋愛対象として見てないってことじゃない」
「その通りだな。ま、せいぜい努力してくれ」
 冷蔵庫を漁る竜馬。昨日の夕食に、ほぼ全ての食材を使ってしまったせいで、ろくなものが残っていない。あるとしたら卵くらいだ。竜馬一人ならばインスタントラーメンでも食べるが、アリサと2人で食事をするとなると、食材が足りない。
「何?食べ物がないの?」
 コタツから出たアリサが、後ろから冷蔵庫を覗き込んだ。
「じゃあちょうどいいから、どこか食べにいかない?いいじゃない、クリスマスだし、レストランでも行こうよ〜」
 竜馬の背中に抱きついたアリサが、頬をすりすりと擦り付けた。
「いいけど…お前、その服で行くのか?」
「うん。ダメ?」
「流石に、なあ…普通の服はないのか?」
 子犬のような目をするアリサに、竜馬がしかめ面を見せる。
「あるわよ〜。サンタの袋には、何でも入ってるのよ?」
 白い袋に手を突っ込むアリサ。中をかき回していたが、しばらくして一着のカジュアルスーツを取り出した。
「じゃあ、それに着替えてから、だな。ほら、隣の部屋行って、着替えてこい」
「はーい」
 言われたとおり、アリサはスーツを持って、隣の部屋に入っていった。アリサにも困ったものだと、竜馬は苦笑する。スーツがあるならば、最初からそれで来ればいいものを、わざわざサンタのコスチュームで来たのだ。それとも、竜馬の言葉を逆手にとって、文句を言えないようにしたつもりだろうか。
「おまたせ。行こっか」
 奥から、スーツを着たアリサが出てくる。その顔は、とても嬉しそうで、にっこにっこと笑っている。ハンドバックを持てば、どこかの一流OLのようだ。対して竜馬は、ラフな格好をしている。世間から見れば、釣り合わないんだろうなと、竜馬は考えた。
『…いや、釣り合わなくていいんだよ。別にアリサと付き合ってるわけじゃないんだから』
 竜馬はぶんぶんと首を横に振った。そして、このことに対して考えることをすっぱりとやめた。


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