「ごめん。私、家族で過ごすから」
「私も、今年はそのころから、少々忙しくてな。せっかく誘ってもらったのに、悪いな」
 授業も終わり、家に帰る途中。竜馬は、一緒に帰っていた美華子と恵理香にも誘いをかけたが、2人とも申し訳なさそうに断った。他のクラスや先輩にも、竜馬は友人がいる。彼らにも話は聞いたが、返事は似たようなものだ。クリスマスが空いている人間は誰もいなかった。
 帰る途中、竜馬達は繁華街を通る。いつもこの時期になると、定番のクリスマスソングが、あちこちから流れている。竜馬はこの曲達が嫌いだった。季節が来れば、全てのBGMがこれに変わる。一色に染まった街。正直、彼はもうお腹いっぱいだった。元々はそんなに嫌いじゃなかった曲もあるが、狂ったように流れ続けるそれに、竜馬はうんざりしていた。同じ「季節の音」というジャンルならば、蝉の声の方がよほど風情があると、竜馬は普段から思っていた。
「兄貴がね。いつも彼女を連れてくるんだ。いい人だし、こんな時でもないと一緒にご飯食べられないから」
 美華子がどこか遠くを見る目で言う。
「兄貴?お兄さんいるんだ?」
 竜馬が聞き返した。美華子に兄がいるなどとは、初耳だった。
「うん。一応。ただ、大学行ってて、家出てるから、みんなは見たことないだろうね。東京都心の方の大学だし、ここから通うのも遠いから、アパート借りてる」
 素っ気なく返す美華子。普通の人が見れば、あまりこの話に興味を持っていないと思うかも知れない。だが、竜馬には彼女が嬉しそうなのがよくわかった。
「お兄さんか。美華子さん、とても嬉しそうだな」
 どうやらそれは、恵理香も気づいているようで、微笑みながら美華子に言った。
「そうでもないよ。うざいし。彼女さんはいい人だけど、兄貴はうざい」
「素直じゃないな、美華子さんは。兄弟のいない私にはうらやましい話だ」
 手を振って否定する美華子に、恵理香が苦笑を返した。恵理香の狐尻尾がぺったんぺったんと揺れた。
「恵理香さんが忙しいって言うのは?」
 道ばたに落ちている空き缶を竜馬が蹴る。
「私か。今年の夏は、叔父からのバイト巫女の話を断ったんだが、年末はどうしても忙しいということでな。手伝いに行くのだよ」
「あれ、あんなに嫌がってたのに?」
 意外そうに竜馬が聞く。恵理香の叔父というのは、恵理香を巫女にしようとがんばっていた人物だった。美華子は夏ごろまではランクのあまり高くない、別の高校に行っていた。その傍ら、演劇もしており、巫女になる気はなかった。そして、勉強をがんばるという理由で、その叔父を説得するため、恵理香は天馬高校に編入した。今では、巫女をしろという話が叔父から来ることもなく、平穏無事に過ごしている…はずだった。
「もちろん嫌だよ。断れない理由があってな。これがなければ、私は巫女などしないよ」
 恵理香が肩を落とす。彼女としても、本意ではない様子だ。
「時に、なんでクリスマスが暇かと聞いたんだ?」
 ふいに、恵理香が竜馬の方に振り返った。
「暇だから、誰かと一緒にいたいなー、と…」
「お姉さんは?」
「部活の仲間と遊びに行くんだと」
 清香は既に、遠くまで遊びに行くという話をしていた。彼女も竜馬とは過ごしてくれない。
 これで、アリサ以外の全ての心当たりを当たったことになる。他にもいないかと、竜馬はあちこちにメールもしてみたが、帰ってきたのは全て断りの文句だった。結局のところ、竜馬と過ごす相手は誰もいなかった。
「あ、じゃあ、私らこっちだから」
「また明日な。明日のテストで最後だから、気を入れていこう」
 分かれ道で、美華子と恵理香が、曲がっていった。
「ああ、うん。また明日」
 竜馬が手を振った。俯きながら歩く。後少しで、自分のアパートだ。寂しいのもあるが、これをアリサに知られたら、のんびりも過ごせなくなる。何をされるかわからない。アリサは女性だが、力が並ではなく強い。比喩ではなく、冷蔵庫2台は抱き上げてしまうのではないかと言うほどだ。彼女が本気になれば、物理的に竜馬が逃げる術はない。
『別に一人でもいいが、アリサに知られないようにしないと…』
 と、目の前に人影を見つけた竜馬は、顔を上げた。
「あら、竜馬。こんなところであうなんて奇遇ね」
 わざとらしく微笑むのは、アリサその人だった。どうやら、帰る途中のこの道で、竜馬を待っていたようだ。アリサの尻尾が嬉しそうに振れた。
「ねえ、クリスマスなんだけど、誰と過ごすの?実は私、空いててね」
 アリサが両手を広げ、竜馬に抱きついた。
「クリスマスは別に過ごす相手がいる。残念だったな」
 さらりと嘘をついた竜馬は、アリサに抱きつかれたまま、足を進めた。アリサは体毛があるので暖かいが、こうして抱きつかれていると邪魔以外の何者でもない。
「あら、誰かしら?私、みんなに聞いたんだけど、みんな忙しいみたいよ。お姉さんも出かけるみたいじゃない」
 全てを見透かす目で、アリサが竜馬を見つめた。そこまで調べられていると思わなかった竜馬は、言葉を無くし、目を泳がせた。アリサの視線はあまりにも強い。
「お、お前の知らないやつが家に来るんだよ」
 苦し紛れの嘘をつく竜馬。アリサがにやりといやらしく笑う。
「あら…その人とは、どんな関係なのかしら?」
「友達だよ。別のクラスのやつだ」
「へー。何組?男の子?」
「い、1組だよ。女だ。案外仲がいいやつで…」
「私、1組にも友達いるのよね。結構顔は広いつもりなんだけど…名前、なんて言うの?」
 しまった、と竜馬は思った。自分でどんどん、逃げ道のない方向へ話を進めている。このままでは危ない。
「だ、誰でもいいだろ!お前なんかよりずっとかわいい子だよ!」
 とうとう言い逃げが出来なくなった竜馬は、大声を出した。
「…要するに、そんな見え見えの嘘ついてまで、私と一緒にいたくないってことね?」
「そうだよ。悪いか。サンタをうちに上げるつもりはあっても、お前を上げるつもりはない。ほら、噛めよ。いつもみたいに。いくら噛まれたって、俺は嫌だからな」
 ぐい
「んむっ」
 わざと、アリサの口に腕を押し当てる竜馬。いつも噛まれている場所だ。どうせまた噛まれるんだろうと思いこんだ竜馬は、半ばやけくそになっている。
「噛まないわよ。そんな喧嘩腰にならないでも…」
 竜馬の腕を押しやるアリサ。耳を伏せ、しょんぼりと体を縮める。
「しおらしい顔したってダメだ。お前の考えてることは、手に取るようにわかる」
 冷たく突き放す竜馬。アリサは言い返そうと口を開いたが、あきらめたようにまた口を閉じ直した。
「ともかく、そういうことだから。クリスマスだからって何も変わらないからな。適当に一人で飯食って、適当に一人で盛り上がって、勝手に寝る。お前も家族とでも過ごせよ」
 そう言い残し、竜馬がその場を去る。後ろからアリサが追ってきそうな気がして、ちょっと振り返る竜馬は、悲しそうにとぼとぼと歩く彼女の背中を見た。
『言い過ぎた、かな…』
 一瞬、同情をした竜馬だったが、すぐにその感情を振り払った。いつも、暴走したり攻撃的になったり、竜馬が迷惑をしているのだ。全てアリサが悪い。だが、それでいいのだろうか。今日のアリサは、いつものように喧嘩腰でも押しつけ女房でもなかった。どこか、心の中にもやもやしたものを感じながら、竜馬は一人家に帰った。


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