そして、12月も20日が訪れた。24日はクリスマスイブ。ここ、東京の外れにある、私立天馬高校の生徒達も、誰が彼氏と過ごすとか、クリスマスプレゼントは何を贈るとか、色のある話をしていた。
「ようやく物理終わったな。面倒な科目が終わったから、後は昼寝してても大丈夫だよ」
 机に座っている、眼鏡をかけた少年が、向かいに座っている竜馬に冗談交じりに言った。その横には、少し太った少年が、だるそうに座っている。前者は西川、後者は黒田。どちらも、竜馬のクラスメイトだ。
「今日終わったら、明日は1科目で、明後日に終業式で終わり。なっげえ2学期がようやく終わる」
 西川が大きくため息をついた。天馬高校の冬休みは、12月25日から始まる。その1週間ほど前からテストをしているのだが、今年は23日と24日が土日で休みになっている。そのため、終業式はいつもより2日早い22日に行うことになっていた。
「冬休みになったら、すぐクリスマスか。どうすっかなー」
 イスの背もたれにぎゅうと背を押しつけ、竜馬が伸びをする。
「お前はシュリマナがいるからいいべよ」
「まーた始まった。俺がアリサと付き合うとか、宇宙から侵略者が来るくらいの確率もない。こないだも面倒があったんだぜ?」
 西川の言葉に、不機嫌に竜馬が言い返す。
「面倒?」
「ああ。あれは…」
 竜馬が少し上を向いて、過去の記憶を引きずり出した。
 それは先週。竜馬はその日発売のゲームを買いに、ゲーム屋に行っていた。人気の出ているそのゲームは、老若男女を問わずみんなで遊べる対戦型のゲームで、発売前からすさまじい人気を誇っていた。ゲームは、店によっては予約するだけでも予約金を取られてしまう。竜馬は予約せず、発売日に予約無しでゲームを買える店を下調べして、朝から並んでいた。既に10人は並んでいるだろうか、その列は竜馬が加わった後も長くなり続け、最終的には40人ほどにまで膨れ上がっていた。
 しっかりした列ならばいいのだが、狭い道に人がならぶせいでごちゃごちゃとしている上、順番がはっきり守られていないという事態に陥っていた。下手をすると…いや、下手をしないでも、駆け込み早い者勝ちになってしまうだろう。そうなったときでも、竜馬はなんとか手に入れられるように、出来るだけ中に駆け込みやすい場所に位置取っていた。
 事件は、開店が3分前に迫ったところで起きた。
「あ、竜馬。こんなところであえるなんて嬉しいわ〜。どしたの?」
 残り時間を、携帯電話をいじりながら待っていた竜馬は、後ろに知った声を聞いた。携帯電話から顔をあげると、にこにこ顔のアリサが、竜馬の顔を覗き込んでいる。
「今日発売のゲームがあってな。買うために並んでるんだよ」
 竜馬が列を見せた。先ほどより、人が多くなっている。このゲームショップならば予約無しで買えるという情報が広まっているのかも知れない。
「え、それって、もしかしてアレ?」
「アレって…知ってるのか?もしかして、買うとか?」
「うん。私は予約だから、来週到着なの」
 竜馬の期待を込めた声に、アリサが頷いた。
「これって対戦もいいけど、協力もいいのよね〜。愛の力とかいいと思わない?くふふふ」
 妖しい目をして、アリサが笑う。
「ゲームは欲しいが、お前の愛はいらん。正直、持ってても邪魔だ」
 その目に気づけなかったのが、竜馬の敗因だった。
 がばっ!
「その素っ気ない態度がまた好きなのよー!」
 気がつくと、竜馬はアリサの強い抱擁を受けていた。
「ばっ、お前…」
 がちゃん
 やめろ、と竜馬が言葉を続ける前に、ゲームショップのドアが開いた。並んでいた人々は、我こそ先にと、陳列棚へ走る。先人は言っていた。戦場では、一瞬の判断が運命を左右する、と。
「やべえ!」
 大慌ての竜馬は、アリサをふりほどいて中に入ったが、既にソフトは一本も残っていなかった。機を逃した竜馬には、ゲームを手にする権利は与えられなかった。
「あ…ご、ごめん。あの…そっか、開店間近だったのね…あはは…」
 ばつが悪そうにアリサは笑う。朝早く、開店の1時間前からずっと並んでいた竜馬。寒いのを我慢し続けたせいで、手足が冷えて握手も出来なくなっている竜馬。その努力は、アリサのせいで、水の泡と化した。
「はああ…」
 一気に気が抜けた竜馬は、何も言わず、ゲームショップを後にした。
「…ということがあってだな」
 話を締めくくった竜馬が、またため息をつく。
「その後もアリサは俺につきまとって…はあ。嫌になるよ。わざとじゃなくても、あいつは俺に不幸を運んでくる。今年は誰か、他のやつとクリスマスを過ごすからいいんだ」
「他のやつって誰よ?例えば?」
 ずずいと、黒田が竜馬に顔を近づけた。
「まさかアリサしか友人がいないとでも思ってるのか?例えば、そう、修平とか…」
 そう言う竜馬の横を、修平が横切った。
「おう、修平、ちょうどいいところに」
 通り過ぎようとした修平に、竜馬が声をかけた。
「なんだい?」
「お前さ、クリスマスの日、暇?」
 振り向いた修平に、竜馬が少々の期待を込めて聞く。
「うーん、予約がある。コイレ先輩が飯作ってくれるらしくてね」
 嬉しそうに修平が笑った。とても得意げだ。
「お前…まさか、付き合ってんのか?」
 竜馬が目を見開いて驚く。 コイレというのは、3年生で爬虫人の女先輩だ。修平に激しく惚れていた彼女だったが、とあることが元で、まだ修平と付き合う時期ではないと身を引いていた。修平自身は、竜馬の姉である人間女性、清香に想いを寄せている。そこからか、コイレと修平が付き合うことになるとは、竜馬は思ってもいなかった。
「はは、別に付き合ってるわけじゃないさ。他の先輩も来るし。俺、原チャの免許取ろうと思ってるから、先輩に聞いてみようと思ってね。仲いい先輩ばっか集まる、クリスマス会におじゃまするんだよ」
 だいぶ楽しみにしているようだ。修平の微笑みが、竜馬には眩しい。クリスマスに期待することがなにもない竜馬は、修平に羨望を感じた。
「ああ、そうか。うん、楽しんでこればいいよ」
 そんなに楽しみにしているのを止めることは出来ない。竜馬は、力無く手を振った。
「これで1人、候補から落ちたな。誰と過ごすって?」
 黒田が、からかいまじりに竜馬をつついた。
「え、えーい!他のやつだっておるわな!最悪でも、アリサと2人きりという状況さえ防げればいいんだから!そんなことより、お前らこそ過ごす相手いんのかよ!」
 ほぼ八つ当たりのように、竜馬が黒田と西川の顔を交互に指さした。
「俺、部活の仲間内でクリスマスパーティー」
「俺も友達と飯食いに行く」
 黒田、西川が、順々に答える。その2人の得意げな顔に、竜馬はいらだちを感じた。
「もう、いいわ。パンでも買ってくる」
 音を立てて席を立つ竜馬。1階の食堂にいくために、ドアを開ける。
 がらっ
「おっと」
 目の前に、銀色のパーマヘアが突然飛び出した。竜馬がその肩を受け止める。廊下の空気は、教室の空気に比べ、冷たかった。
「悪い、気づかなかった」
 竜馬が真優美の横に回る。
「今から外出るんですか?そろそろ次のテストが始まりますよ〜?」
 真優美がにっこりと笑う。彼女も、アリサと同じように、竜馬に想いを寄せている女の子だ。だが、竜馬は彼女に関しては、なぜだか申し訳ない気がして、付き合うことが出来ない。しかし、こうして微笑む場面を見たりすると、どきりとしてしまうことがあった。
「そうだ。真優美ちゃん、クリスマスとか空いてる?」
 少し意識しながら、竜馬が聞いた。
「ん。俺、暇だからさ。もしよかったら、一緒に飯食いにとかいかない?」
「え?それって、もしかして…」
 出来るだけ自然に言う竜馬。真優美がいきなり、落ち着きをなくし始めた。尻尾をぱったぱったと振り、竜馬と目を合わせようとしない。
「まあ、せっかくのクリスマスだし、一人で過ごすのがもったいないしね。アリサが俺と一緒にいたいらしいけど、あいつと2人きりなんてやだしさ」
 照れ隠しに、はははと笑う竜馬。真優美の恥じらい顔が、少し曇る。
「で、でも、ごめんなさい。ちょっと、親戚が来るんですよぉ。地球の人じゃないんで、クリスマスは案内をしないといけないかな…」
 とても残念そうに、真優美が俯いた。尻尾が元気をなくして垂れる。
「そっか…そうだよね。うん。親戚さん、大事にしてあげてよ」
「あ…はい。ごめんなさい」
 頭を下げ、真優美が居室に戻る。竜馬はがっくりと肩を落とした。これで2敗。2人に断られたことになる。
「あーあ。お前アホだろ?そこは嘘でも、君だから誘ったんだとか言うもんだぜ。おまけみたいな言い方されたら、マスリだって傷つくわな」
 後ろでこそこそと覗いていた黒田が出てきて、苦笑を浮かべる。
「そう聞こえたか?」
「おうよ、まったく。俺には関係ないけどなー」
 竜馬を追い越し、黒田がトイレに入って行った。自分では意図しないのに、相手に悪い印象を与えることがある。今まで高校に入るまでに、そんな経験はほとんどしたことがない。それを知ることが出来ただけで、竜馬にとっては儲けだった。
「真優美ちゃんには悪いことしたなあ…」
 竜馬が階段を下りていく。その後ろ姿を、アリサが柱の影から身を乗り出し、目を輝かせながら見つめていることに、竜馬は気付かなかった。


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