これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十九話「ケーキとクリスマスとブサイク猫」



 白い地平線。暗くなった空。暖炉では炎が燃え、小屋の中は暖かい。
 外は銀色の世界、森と山と、雪だけが小屋を包む。小屋の中には、一組の男女。木で出来た大きなテーブルには、女の手料理と、安くても美味いワインが並ぶ。
 話は弾む。尽きるところを知らない話題。お互いがお互いに、おもしろおかしい時を過ごす。食事は終わり、ワインも胃の中、暖炉の炎が少しずつ弱まる。
「君に贈りたいものがあるんだ」
 男の手に、赤い箱。ビロード布を張られた、小さな箱。開くと中には、金色の指輪。きらりと光る、白い宝石。
「うそ、これって…」
「ああ。結婚しよう。前から言いたかった」
 泣きそうに歪む女の顔。箱を受け取り、指輪をはめる。薬指に光る、小さな宝石、ダイヤモンド。美しさに永遠の愛が刻まれる。愛の言葉は星の煌めき。何者にも侵すことの出来ない、最高の愛…


「…っていうような恋愛がいいわよねー」
 一人の犬娘が、宝飾店のショーウィンドウの中で再生されるコマーシャルを見て、うっとりと目を細めた。長い金髪、クリーム色の艶やかな体毛、耳の先は黒い。彼女はアリサ・シュリマナ。この東京都にある高校、私立天馬高校に通う、女子高生だ。彼女は、同じクラスにいる人間少年、錦原竜馬に対して、すさまじいほどの愛を抱いている。しかし、竜馬は彼女の愛を受け取ろうとしない。彼女は、このコマーシャルのような恋愛がしたいと、ぼやいているのだった。
「手順さえ間違えなければ、そうなり得る場面だってあるだろうに。アリサには押しがあるが、引きがないからな」
 一緒にコマーシャルを見ていた、狐耳尻尾で青銀髪ロングのハーフ獣人少女が、アリサに向かって苦笑いを見せた。彼女は汐見恵理香。アリサと仲が良い、古い日本人のような口調と考え方をする少女だ。今は制服を着ているが、普段着は着物が多い。2人は今日の授業を終え、学校から帰る途中だった。
「引いたら負けちゃうじゃない。攻めて攻めて攻め抜かないと。ま、恵理香は恋愛初心者だから、わからないでしょうね」
 ショーウィンドウから離れ、アリサが歩きだした。冬空は既に暗く、寒い風が吹いている。12月半ばになり、街にはクリスマスソングが流れ始めている。街路樹は煌びやかなイルミネーションでおしゃれをして、赤い服を着た白髭の老人が街灯に立つ。この空気に、アリサはときめきを隠せなかった。
「ああ、素敵…今年は竜馬と一緒にクリスマスを過ごすつもりなの…」
 うっとりとアリサが顔の前で手を組んだ。夢見る乙女のようだ。
「家族とじゃないのか?」
 道行くサンタクロースから、ポケットティッシュを受け取った恵理香が、裏面の広告を読む。
「両親が、クリスマスデートに行っちゃうのよう。仲いいんだから、もう。私がいるから、去年まではそういうわけにもいかなかったんだけどね。気を利かせて、彼氏と一緒に過ごすって言ったら、お父さんは落ち込んで、お母さんは喜んだの」
 くふふ、とアリサが微笑んだ。竜馬と一緒に過ごすというのは、アリサにとってはとても大きなイベントなのだろう。
「竜馬だがな、アリサと過ごす気はないと言っていたぞ。他の誰かと過ごすつもりだという話だ」
「なんですと?誰とよ?真優美とか美華子?まさか、修平じゃないでしょうね?」
 恵理香の言葉に、アリサが突然不機嫌になった。真優美とは、褐色体毛で銀髪パーマの犬少女。美華子とは、茶髪ショートで鋭い顔つきの人間少女。修平とは、体格と性格のよい人間少年。3人とも、アリサや竜馬、恵理香と仲がよかった。
「それは知らないな。まあ、アリサから逃げ出したくなる気持ちも、わからんでもない。さっきも言った通り、押しが強すぎるから…」
 ぎゅうううう!
「ぐえ!」
 恵理香を掴み、アリサが首を絞める。
「うっさいわね!あんたなんか、油揚げの炊き込みご飯でも食べてればいいのよ!」
 アリサの腕力は、常人のそれを遙かに上回っている。恵理香にはひとたまりもない。
「このたわけー!」
 ぐいいい!
 首を絞めている腕を掴み、恵理香が投げの姿勢を取る。
「合気道もやってる私に、そんな投げが通用するとでも思ってるの!?」
「やかましい!気合いと根性は技術を凌駕するんだ!!」
 ばしぃ!
「きゃん!」
 恵理香のチョップが、アリサの腰辺りにきれいに入った。痛みに腕を緩めるアリサから、恵理香が必死の形相で抜け出す。
「何すんのよ!このまぬけ狐!デパートの屋上からうつろな目で釣り糸垂らしてればいいじゃない!」
「お前が首など絞めるからだ!痴れ者が!家に帰って妄想日記でも書いてろ!」
 また2人の言い合いが始まる。その2人を通行人が、面白いものでも見るような目で見つめて、通り過ぎていった。


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