「もう、頼むよ。カメラ機材が壊れちゃうだろ?携帯電話は禁止なんだよ」
 黒島が、まるで凍り付くような目で、真優美を説教している。隣にいる平井が、デジタルカメラの裏面の操作パネルを、わざとらしくいじくっていた。
「ご、ごめんなさい…今時のカメラって、みんなシールドしてるから、大丈夫だと…」
 真優美がおどおどと頭を下げる。今にも泣き出しそうな彼女は、まるで捨て犬のような目をしていた。
「あー、そう。知らないかもしんないけど、カメラってものすごい精密機器なんだよね。だから、近くで電子レンジ使うだけで、壊れるんだよ」
 メモ帳にまたもや何かを書き込む黒島。彼の怒りは、なかなか収まらないようだ。
「うーん、それは違うと思いますよ。2030年くらいから頑丈なカメラが出てるんですよぉ。本当なら水をかけても壊れないくらいで…」
「あー、わかったわかった。すまんね、うちのカメラは化石時代のがらくたなんだよ」
 真優美の話を遮って、黒島が不機嫌そうな返事を返す。真優美は機械工学関係に関しては、並々ならぬ知識を持っており、よくわからないがらくたを組み合わせて新しいものも作っている。カメラのことも、そこで得た知識を言っただけなのだが、どうやらそれは黒島にとっては面白い話ではなかったようだ。
「ちょっとタバコ吸ってくるわ」
 黒島が部屋の外へ出ていった。ばたん、とドアが閉まり、真優美が目を伏せる。
「ごめんよ。怯えさせたね。黒島さん、ああ見えていい人だから、心配しないで」
 謝りながら、平井がカメラを構えた。カメラのシャッターが連続で切られる。
「いえ、いいんです。あたしも悪かったし…」
 真優美ががっくりと肩を落とす。
「よし、これで普通の写真はおしまいにしよう。次はこれ、着てもらっていいかい?」
 カバンを漁る平井。彼が取り出したのは、白地に南国の花がプリントされた、ビキニの上下だった。
「ひっ!そ、そんなの、無理ですよぅ!さっ、寒いし!」
 慌てて拒否する真優美。必死に首を左右に振る。
「大丈夫だって。この部屋、暖房入ってるしさ。それに、これも審査基準に入るから…あ、嫌なら嫌でもいいんだよ。無理強いはしないつもりだからね」
 平井の言った、審査基準という言葉に、真優美の耳が反応した。ここで拒否すれば、もしかすると落ちるかも知れない。となると、竜馬にウェディングドレス姿を見せられないかも知れない。不安が渦巻く。
「…わ、わかりました。じゃあ、着替えてきますから…」
 泣きそうな顔で、真優美が水着を受け取る。部屋についているバスルームに入った真優美は、かちゃりと鍵をかけ、着替え始めた。
 部屋のドアが開いた。入ってきたのは黒島だ。部屋の奥まで上がり込むと、先ほどまで座っていたイスに座り直した。
「どうよ」
 黒島がメモ帳をナイトテーブルに置く。
「そう、ですね…行けるんじゃないですかね。その気にさえさせれば、行けると思いますよ。世間知らずっぽいですし」
 カメラを置いた平井が返事をした。
「なかなかにかわいいよな。これだから、この商売はやめられねえ」
 くっくっく、と黒島が嫌な笑いをした。賢明な方はもうお気づきかも知れないが、実はこの2人、コンテストとは何の関係もない人間だ。その実は、裏グラビアアイドルを育てるプロダクションの構成員。東京でありながら、都心とは離れたところにあるこの街で、上手く利用出来そうなイベントを見つけた彼らは、女性が罠にかかるのを待っていた。真優美はまんまと罠にかかってしまったわけだが、彼女はまだそれを知らない。
「しかし、あんな純真な子、騙すなんて気が引けますよね…」
 がんっ!
「あだっ!」
 気の毒そうに言う平井を、黒島が拳で殴りつけた。
「バカヤロー、それがまたいいんじゃねえかよ。泣き顔の1枚2枚入れてみろ、売り上げが上がるぞ」
「そう、なんすかねえ…なんか、やり方がものすごい古いような気が…それに、合意なしで写真集出版っていいんすか?そりゃ、うちは弱小だから、モデルが集まらないってのもあるけど…」
「いいんだよ。ばれなきゃ問題ねえ。ばれたところでどうすることも出来ねえよ。偽名も使ってるんだから安心しろや」
 平井の頬を叩く黒島。その顔は、嫌ににやけていた。
 がちゃり
 バスルームから、真優美が顔だけを出す。
「うう…」
 しばらくためらっていた真優美だが、やがて観念して、恥ずかしそうにバスルームから出てきた。水着を付けた彼女は、まるで今から泳ぎにでも行くかのようだ。
「おお、かわいいじゃないか。じゃあ、これも写真に撮らせてもらうからね。そっちに回って」
 にこにこしながら、平井がカメラを構える。
「あの…その前に聞かせてください。本当に、他の人は、別の部屋にいるんですよね…?」
 心細そうに、真優美が俯く。
「ああ、もちろん」
 黒島が面倒くさそうに答えた。その口調に、真優美の不安が加速する。
「あ、あの…それなら、あたしの友達の名前、わかりますよね〜?アリサさんって言うんですけど…名字、言ってみてください」
 こわごわ聞く真優美。彼女の目には、涙が浮かんでいる。よほど怖いか、不安らしい。ここで黒島と平井が答えることが出来なければ、彼らは他の出場者に関して何も知らないことになる。薄々と、怪しさを感じていた真優美は、これを判断材料にしようとした。もし危ないようならば、バスルームにまとめておいた衣服と所持品を握って、部屋から逃げ出すつもりだった。
「えーと…?ああ、アリサ、シュリマナさんかな?」
 予想に反して、平井はアリサの名字をぴたりと言い当てた。真優美が驚いて、尻尾をぴんと立てる。平井は、こんなこともあるかと、出場者名簿のコピーをくすねてきていた。ケーキやハンバーガーを買いに部屋を出たとき、こっそりと本コンテスト会場の裏手に入り込み、ハンディスキャナで紙を読み込んだ上で、パソコンで印刷する。これで、名簿を手に入れることが出来た。
「うーん、疑われるとは思わなかったなあ…あー、ひどいな」
 わざとらしくつぶやく黒島。退屈そうに、右手でボールペンをくるくると回す。
「あ、あのあの、ごめんなさい…あたしに出来ることなら、なんでもしますから…」
 よほど罪の意識を感じたのか、真優美が必死に謝った。
「なんでも、ねえ…」
 平井と黒島がにやりと笑う。真優美の背筋を、何か冷たい物が滑り降りていった。


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