それから30分ほどして。真優美は一生懸命に、ホテルへの道を走っていた。昨晩緊張した真優美は、なかなか眠りにつくことが出来なかった。明け方になり、ようやく眠ることが出来た真優美だったが、起きる時間は思い通りに行かなかった。そして、遅刻してしまった彼女は、急いでホテルへと向かっていた。冷静な頭が彼女にあれば、タクシーに乗るなりバスに乗るなり、まだ早く着く手段はあったのだろうが、それも無理な相談だ。
「はあ、はあ、はあ…」
 ようやくホテルに着いた真優美は、ふらふらになってロビーに滑り込んだ。やはりというべきか、通常のホテル利用客らしい人間はいるが、知り合いの顔はどこにもない。
「あ、あの」
 真優美はすっかり取り乱し、ホテルのフロントに話しかける。
「こちらでウェディングコンテストが開かれるって聞いたんですが…」
「はい。ご観覧ですか?」
「あ、いえ、出場したいのですが…」
 真優美がおどおどと切り出す。
「困りましたね。今は前審査の段階でして…原則、時間厳守ですから、追加の出場は難しいかと…」
 フロントが微妙な笑いで間を取った。通常のホテル業務の他に、コンテストまで行おうとしているのだから、ホテル側はとても忙しい。時間を守らなかった少女を救済することは難しいのだろう。
「お、お願いします。私、頑張って…うう…」
 真優美の目に涙が浮かんだ。気の弱い真優美にとって、これは一種の苦行だった。しかし、諦めようとは思わない。今の彼女は、何か使命感のようなものに突き動かされていた。
「そういうことでしたら、私がご案内しましょう」
 後ろから声をかけられ、振り返る真優美。スーツ姿で髪の短い、太めの人間男性がそこに立っている。
「あの…あなたは?」
 涙を引っ込め、真優美が男性を見つめる。
「私、このホテルに勤めている、平井と言います。今はまだ審査と前準備の最中ですから、大丈夫だと思いますよ」
 平井と名乗るその男が、にっこりと笑う。その笑顔には、人を安心させる何かがあった。
「本当ですか?私、出られるんですか?」
 真優美の顔が輝いた。とても嬉しそうだ。諦めてはいなかったが、こんなに簡単に話が進むとは、真優美は思ってもいなかった。
「そういうわけで、私がこの子を責任を持って預かります。後は何もしないで結構ですよ」
 平井がフロントに声をかける。
「あ、じゃあお任せします」
 フロントが頭を下げた。今まで焦っていた真優美だったが、ここに来てようやく安心した。彼女にはささやかな望みがあった。竜馬は今日、誕生日だと言う。プレゼントのつもりでもないが、そんな特別な日なのだから、自分は精一杯おしゃれして竜馬の前に姿を現したい。ウェディングドレスは、そんな意味でも最高のおめかしだ。これで、竜馬に一言でも「かわいい」と言ってもらえれば、それだけで嬉しいのだ。
「先に、年齢と年を聞いていいかな?」
 ポケットから手帳を出す平井。白紙のページを開き、ペンを手に取る。
「真優美・マスリです〜。16歳です」
 真優美がにっこりと笑い、平井の後をついて歩く。ただでさえギリギリなのだから、出来るだけ愛想良くしなければ、出場させてもらえないかも知れない。
「真優美・マスリ、と。じゃあ、これから審査をするために、部屋に行くよ。いいかい?」
 メモをし終えた平井が手帳をしまった。
「え?部屋って?」
 真優美が聞き直す。パンフレットには、大きなホールで競い合うとしか書いていない。真優美は、更衣室かどこかで着替えをして、そこからホールへ向かうのだとばかり思っていた。
「なんだ、何も知らないのかい?一般客に公開されるのは、最終審査だけなんだよ。それまでは、各審査員があちこちの部屋を回りながら、一人一人審査していくんだ。あまり結婚とは関係のない審査もあるけど、ある種の美人コンテストだからね。我慢してください」
 間に口を挟む隙を与えず、平井が言った。
「は、はあ。わかりました…」
「うん。ホテルの部屋を貸してもらっているから、そちらに。4階の部屋になるから」
 ついていけなくなった真優美に、平井が微笑みかける。エレベーターに2人が乗ったとき、フロントがふと顔を上げた。
「平井…だっけ。いたっけ、そんな人」


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