天馬高校へ繋がる道を、一人のやせ形の人間少年が歩いている。その隣を、筋肉の付いた、背の高めの人間少年が歩いている。この2人が、今まで女性陣の話に上がっていた、竜馬と修平だ。休日の朝9時から、2人は連れだって、結婚式場に向けて歩いている。それも、昨日アリサが、2人に是非とも見に来て欲しいとメールをしたからだ。竜馬はまず最初に断ったのだが、アリサは「あら、そう。じゃあ、こっちも考えがあるわ」とだけ返事を返した。アリサは竜馬のことが好きであると同時に、昔からかなり竜馬に対して攻撃的に接している。何をされるかわからなかった竜馬は、仕方なく来ることにしたのだった。
「真優美ちゃんも出るんだとよ。あー、ウェディングドレスか。楽しみだな」
 修平がのんびりと歩く。彼は今にもハートマークを飛ばしそうだ。
「真優美ちゃんの方は見たいが、アリサはいらない。正直、ブライダルコンテストなんて出たら、あいつが暴走するに決まってるよ…」
 はあ、と竜馬がため息をついた。その顔はとても憂鬱そうだ。
「それもまたかわいいじゃないか。白い花嫁衣装のアリサちゃんを、受け止めてやりなよ」
「やだよ。下手なことすると、婚姻届が提出されかねん。この年でも婚姻届が出せる国を、あいつなら探しかねない」
「結婚は人生の墓場ってか。高校1年生の発言とは思えないねえ」
 やはりというべきか、竜馬は不機嫌を解かない。そんな竜馬に、修平が苦笑いをしてみせた。
「修平。俺は気づいたんだ。押しが強い女の子は、正直好みじゃない。加えて、アリサは攻撃的だし、自己中だ。これ以上の危険牌はないよ」
 はっきりと竜馬が言い切る。
「単にアリサちゃんが嫌いなだけだろ?理由つけて逃げ回ってるだけじゃん」
「それもあるかもな。昔のトラウマは痛いぞ〜。ああ、鬱んなってきた」
「まあ、ついてみたら気分も変わるって。アリサちゃんだけがウェディングドレスなわけじゃないしな」
 肩を落とす竜馬の背中を、修平がばんばんと叩いた。
 そんなことを言っている間に、2人は結婚式場の入っているホテルへとついた。結婚式から披露宴、宿泊まで一度に出来るこのホテルだが、都心の方へ客を持って行かれているせいか、あまり流行ってはいない。今回のイベントも、この式場が出した苦肉の策なのだろう。
「俺、ジーンズにパーカーだけど、大丈夫かな」
 竜馬が我が身を振り返る。
「大丈夫だろ。今日はコンテスト形式で、一般の客もいっぱい来てるんだから、問題ないべよ。ほら、あれ」
 修平が入り口の方へ目を向ける。そこでは、出場者らしい美人な人間少女と、両親らしい普通の服装をした男女が、ホテルへ入るところだった。
 安心した竜馬がホテルに入る。ホテルの中には、通常の宿泊客らしい人間もいたが、それ以上に見物に来たらしい人々の数が多かった。
「竜馬〜!」
 聞き慣れた声に、竜馬が体をびくりとさせる。
 どすぅっ!
「ぐっは!」
 次の瞬間、竜馬は強烈なタックルを受け、柱まで吹っ飛ばされた。
「来てくれたのね!嬉しい!私、がんばる!」
 アリサがぶんぶんと尻尾を振り、竜馬に抱きついた。端から見れば、とても仲がいいカップルだろう。
「うざい!離せよ!」
 べしっ!
 竜馬がアリサの頭を一発叩いた。
「ぎゃん!」
 アリサが怯む。その隙に、竜馬はアリサを引き剥がした。
「女の子を叩くなんてー!バカ竜馬!」
 アリサがきゃんきゃんと竜馬に文句を言う。竜馬も慣れたもので、ポケットに入っていた一口クッキーの袋を開けると、それをアリサの口に押し込んだ。
「むぐっ」
 クッキーをくわえたアリサが、恨みがましそうにそれを食べる。
「…クッキー?」
 何も言わなくなったアリサを、修平がしげしげと眺める。
「うるさいのを黙らせるときは、口に物突っ込むのが一番だ」
 竜馬はアリサを置いて、受付へと歩いていった。受付の女性と2、3言話す。どうやら、10階の披露宴会場にステージが作られ、そこで出場する女性がコンテスト形式でお互いの花嫁度を競い合うようだ。審査員は5人。それぞれが、ファッションデザイナーや新婚芸能人など、結婚やファッションに関係した人間だった。
「おお、来たのか」
 ロビーの大きなイスに座っていた、2つの人影が、腰を上げた。美華子と恵理香だ。
「うん。2人は出ないんだっけ?」
 パンフレットをもらいながら、修平が返事をする。
「ん。出る方に興味はないかな」
 美華子が大きく伸びをする。
「残念だなー。美華子さん、きれいだと思うんだけどな」
 竜馬はいかにも残念といった風に、大仰にリアクションを取る
「…ありがと」
 俯いた美華子の口から、小さな声が漏れた。その反応に、竜馬が少し顔を赤くする。
「ふんだ。そんなこと言ってられるのも今のうちよ。私のウェディングドレス姿に、竜馬は惚れちゃうんだから」
 仲よさげな美華子と竜馬に、アリサが座った目をして文句を言う。
「そうだな。お前のウェディングドレス姿に惚れるやつも出るかもな」
 竜馬はアリサの言葉を、にやにや笑いで受け流す。
「それってどういう意味よ」
 バカにされたと感じたのか、アリサが一気に不機嫌になった。
「こういう意味だよ」
 入り口を顎で指す竜馬。一人の猫獣人の少年が、自動ドアを開けて入ってくる。
「やあ、待たせたね」
 少年は、白い歯を輝かせ、にこりと笑う。その笑顔を見たアリサは、露骨に嫌そうな顔をした。この少年の名は西田祐太朗。獣人系の2世で、アリサに強烈に惚れている少年だ。今回、騒動の気配を感じた竜馬は、彼を呼んでストッパーとして使おうと画策していた。
「なんであんたが来るのよ。呼んでないわよ」
 目に見えて不機嫌になったアリサが、竜馬の腕をぎゅっと抱く。
「ははは、アリサさんは照れてしまっているんだね。そんなアリサさんも素敵だ」
 アリサの不機嫌も意味がないようだ。祐太朗は、勝手な自己完結をして、にっこりと微笑んだ。
「松葉さんと汐見さんも出場するのかな?」
 かぶっていたニット帽を脱いだ祐太朗が、それをポケットに入れる。
「私たちは出場はしないな。後は、真優美が出場するらしい」
「へえ、マスリさんか。まだ来ていないのかな?」
 恵理香の言葉に、祐太朗が真優美を捜す。
「そういえば…まだ寝てるのかな。俺、メールしてみるわ」
 携帯を出した修平が、真優美にメールを打つ。
「そうそう。竜馬君、今日は君の誕生日だったね。ささやかながら、僕からのお祝いだよ。受け取ってくれるかい?」
 コートのポケットから、祐太朗が小さな包みを出す。
「知ってたんか?マジありがとう」
 竜馬がプレゼントを快く受け取る。中を開くと、銀色の腕時計が入っていた。
「すごいね。高かったんじゃない?」
 美華子は時計を見つめ、ぼそりと口に出した。
「そうでもないんだ。安物で済まない。まあ、もしよければ使ってほしいよ。公の場では、携帯電話を出せない場合もあるだろうしね」
 祐太朗が顎を撫でる。そうだ、と竜馬はぼんやり思い返した。高校入試の時、てっきり部屋には時計がついているものだと思ったらついていなくて、焦った時があった。普段は携帯電話の時計を見るので、それほど不便でもなかったのだが、入試会場では携帯電話を開くことは出来ない。そのせいで、竜馬は時間のプレッシャーと戦うハメになり、余計な苦労を受けたのだった。
「いやー、マジありがとう」
 早速竜馬が腕時計をつける。
「被ってしまったな。私はブレスレットを買ってきたんだよ」
 そう言って恵理香が取り出したのは、鞣し革で出来た腕輪だった。R.Nと、サイドに掘られている。
「ありがとう。なんか、みんなごめんな」
 竜馬が微笑んだ。とても嬉しそうだ。
「わ、私も、竜馬にすっごいプレゼントがあって…」
 話の中に、アリサが割り込んだ。竜馬を取られたとでも思ったのだろうか、悔しそうな顔をしている。
「それでは、出場者の皆様は、こちらへおいでください。参加費を…」
 アリサがプレゼントを出そうとしたそのときに、結婚式場の運営者らしき人物が、大声をあげた。ロビーにいた女性達が、ぞろぞろとそちらへ並ぶ。10人はいるだろうか。
「あ、やば!私も行かなきゃ!竜馬、また後でね!」
 アリサがたたたと走った。集まった女性に、説明が始まる。エレベーターの前に、メインの式場への看板が置かれた。式場が一般の観客に向けて開放されたようだ。多数の人に混ざって、5人がエレベーターに乗り込む。
「真優美ちゃん、寝坊したのかな。来なかったな」
 修平が心配そうに言う。
「だろうな。心配だよ」
 寝坊という線はかなり正しいだろう、と竜馬は一人で納得した。真優美は少しとろいところがある。今日も、出場することを忘れて、寝ているのだろう。竜馬は真優美のウェディングドレス姿をぼんやりと思い浮かべた。


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