「わあ、すごい!」
 テーブルの上に広がる食材を見て、真優美が叫び声をあげた。テーブルに、庶民的な秋の味覚が、所狭しと並んでいる。秋も深く、空気も冷たいというのに、この部屋だけは熱気がこもっていた。
 時刻は7時。集まるのは、アリサ、真優美、美華子、恵理香、そして修平の5人と、部屋の主である竜馬と清香だ。一旦家に帰ったメンバーは、着替えをした後、自分なりの食材を持って集合した。ただでさえ大量の食材があったのに、それによって様々なものが加えられている。普段は金がなく、貧乏な暮らしをしている竜馬にとっては、これはまさに夢の満願全席だった。
「サンマは塩をしたし、栗ご飯は炊いてるし、椎茸にシメジに…」
 並んでいる食材のチェックをする清香。右に左に目がいくたびに、ポニーテールが揺れる。その様を、修平がうっとりと眺めている。清香に惚れている彼には、彼女の行いの一つ一つが美しく見えるようだ。痘痕も靨とはこのことを言うのだろう。
「ねえ、竜馬。今夜はどっちがいいかな?」
 部屋の隅に置いてあったお泊まりセットから、アリサが2セットの寝間着を出した。
「今日は帰れよ。親御さんだって心配するだろ」
「うー。竜馬、つれないんだから…それもいいけどね、くふふ」
 アリサが笑い、竜馬に抱きついた。彼女はご機嫌で、鼻歌でも歌い出しそうだ。対する竜馬は、げんなりとしている。
「しかし、素晴らしいな。学生の食事会だとは思えないよ。あ、私、これ好きなんだ」
 置いてある牡蠣を恵理香が手に取る。
「牡蠣?意外だね」
 美華子が籠に山盛りになっている牡蠣を覗き込む。
「別名、海のミルクだよ。いや、すごいな。これだけ立派な物を見るのは久しぶりだ」
 しげしげと見つめた後に、恵理香は牡蠣を元に戻した。
「さーて、煮たり焼いたり食べたりする前に、一つ言っておくことがあるよ」
 清香がバンダナで前髪を押さえ、一同を見回す。
「この中に、秋食材の王と言われる、あるものがないんだよ。なんだと思う?」
 清香がにやりと笑った。
「でも、大抵のものはあるのよね。一体何が?」
 置いてあったサツマイモを、アリサがそれとなしに持ち上げる。
「そういえば…松茸がないね」
「ビンゴ!」
 思い出したかのように口に出した美華子を、清香が指さす。
「ちょっと遠いところの八百屋さんに、特別にお願いして、格安で譲ってもらうことになったんだ。だから、品を受け取りに行って欲しい。その間に、あたしらが料理しておくからさ。竜馬、頼めない?」
 いそいそと、清香が焼き網を用意しはじめた。清香を補佐するべく、アリサと修平が立ち上がる。
「いいけど、金は?」
「前払いで払ってあるから問題なし。はい、これ地図。もしかすると、荷物多いかも知れないし、誰か一人、ついていってあげて」
 竜馬が清香から地図を受け取った。清香の手書きの地図らしいが、よくわかるように描いてある。これならば、迷わず八百屋まで行けそうだ。
「じゃ私、暇だしついて行くよ。料理するのはあんま好きじゃないし」
 部屋の隅に座っていた美華子が、膝を立てて立ち上がった。アリサの顔が、一瞬で美華子の方を向く。
「あ、いいのよ。私が行くから。くふふ、竜馬とお出かけね」
 不自然なまでににこにこと笑うアリサ。彼女が何かよからぬことをたくらんでいるのが、竜馬には見て取れた。
「アリサ、お前は料理の手伝い頼むわ。美華子さんと2人で行ってくるよ」
 竜馬がアリサを名指しで指定する。
「なんで?他にいっぱい人もいるし、私じゃなくてもいいじゃない」
 アリサは不満たらたらの顔をした。竜馬と一緒にお出かけがしたくて仕方がないようだ。
「比較的、料理が上手いからと思ったんだが。アリサの料理、わりかし好きなんだぜ?まあ、嫌ならば無理強いはしないけど…」
 少し挑発するような言い方で、竜馬がアリサを持ち上げた。これはあながち嘘でもない。このメンバーの中で、一番料理が上手いのは清香と竜馬だ。理由は、毎日自炊をしているからだが、アリサがその次にランクインする。一番料理が下手なのは恵理香。彼女は、普通の食材をえもいわれぬまずさの料理に変えてしまう。
「え?」
 料理が好きだと言われたアリサは、びくんと体を震わせた。
「し、しょうがないわね〜。そこまで言われたら、さすがの私もお手上げよ。恵理香、おいで。料理教えてあげる」
 はにかんだ顔でアリサが恵理香を呼ぶ。とても上機嫌なアリサは、今にも小躍りしそうだ。内心、竜馬はアリサとお出かけしないで済んだことに、ほっとしていた。
「じゃあ、行きますか。後は頼んだ」
 竜馬と美華子が靴を履き、玄関のドアを開いた。
「いってらっしゃい。気をつけてね〜」
 ちぎれんばかりに尻尾を振るアリサ。ただそれだけの言葉に、何か「意図しない違和感」を感じた竜馬だったが、それは忘れることにした。


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