次の日の朝。竜馬とアリサ、そして百合子は、あるビルの前にいた。あまり高くないビルだ。アリサの父のいる、カイオヤコーポレーションが入っているビルである。本当ならばアリサと百合子の2人だけで来るはずだったのだが、百合子に「どうしても来てほしい。東京はわかんないんだもの」と言われて、渋々ついてきていた。
「会社説明会に出席する方はこちらです。資料、どうぞ。こちらです」
 会社員らしい人間女性が、スーツを着ている大学生を誘導している。百合子がその列に並んだ。スーツの中に学生服がいると、浮いて見える。
「どうも」
 百合子がにこにこしながら資料を受け取った。と、案内している女性が、苦笑いを見せる。
「申し訳ございません、こちらはKOコーポレーションの会社説明会でして…」
 百合子はむっとした顔をした。そして、ポケットから1枚の紙を取り出した。それは、この会社の説明会を受けることを証明した、予約用の用紙だった。
「ちゃんと予約してます。ダメですか?年齢で差別しない会社なんでしょ?」
 用紙を見た女性が黙り込む。百合子は彼女を無視して先に進んだ。
「とりあえず、これで出番は終わりか。終わる頃に迎えにこればいいんだよな」
 中に入っていく百合子を見ながら、竜馬が伸びをした。
「こんだけなら、別に俺らが出張る必要もなかったんだよなあ…」
 竜馬がビルの前から歩き去る。ここは、竜馬達のいる街から、駅3つほど離れている。慣れないから、どうしてもと言う百合子に引っ張られて来た竜馬だったが、都会を歩き慣れていたり会社の場所を把握していたりと、百合子がかなり完璧な行動をとってみせたおかげで、来た意味があまり意味がないように感じていた。
「そうねえ。あと2時間くらいかしら。その間、どうしよっか?」
「出来れば帰りたい。あいつ、方向感覚いいから、道に迷うとかないだろうし、帰っても問題ないだろ」
 尻尾をふりふりついてくるアリサの方を見ることもなく、竜馬がぼやいた。竜馬はジャケットにジーンズという、至って簡単な格好で来ている。対して、アリサはフリルのスカートにロングブーツ、そして秋セーターを着て、カチューシャをつけている。彼女なりに、気合いが入っているようにも見える。
「あのね、私、壊れたポシェットの修理に行きたいのよ。この街には、いいカバン屋さんがあるから。ごめん、付き合ってもらっていい?」
 アリサがハンドバックを開け、小さなポシェットを見せる。ポシェットの表面には、犬のアップリケが縫いつけてあったが、それが取れそうになっている。また、肩掛け紐を縫いつけている糸が切れ、外れそうになっていた。
「別にいいけど…」
「よし、決まり!それじゃあ…」
 嬉しそうだったアリサが、何かを見て凍り付いた。彼女の目線を辿ると、一人の獣人少年が歩いている。
「やあ、アリサさん。それに竜馬君も。奇遇だね、まさかあえるとは思ってもいなかったよ」
 その少年は、白い歯を輝かせながら、アリサに近寄ってきた。アリサがさっと、竜馬の後ろに隠れる。彼は西田祐太朗。ライオンに近い、猫科の獣人だ。髪は茶、体毛は黄。何の因果か、アリサにベタ惚れしている。しかし、アリサは竜馬に惚れているために、あけすけにアタックをかけてくる祐太朗を、アリサは嫌っていた。
「あんた、何しに来たのよう」
 アリサが嫌悪たっぷりの表情で祐太朗を睨んだ。
「今日はKOコーポの会社説明会だと聞いてね。もしかするとアリサさんが来ているかも知れないと思ってね。あいに来たんだよ」
「じゃあ、最初からあう目的なんだから、奇遇って言わないじゃない。あえると思ってたんだろうし」
「ははは、細かいところは気にしないでおくれよ。さて、行こうか」
 祐太朗が、アリサの手を取った。アリサがそれを振り払う。
「これから竜馬と行くところがあるのよ。あんた、邪魔よ。わかる?」
 アリサが指を顔の前に突きつける。
「そんなに恥ずかしがることはないと思うよ。照れるなんて、ますますアリサさんはかわいいね」
 くすくすと笑う祐太朗。その、あくまで好かれていると信じて疑わない姿勢に、竜馬は呆れを感じた。祐太朗の性格は、アリサとどこか似ているように見える。
「まあ、バッグ直しに行くくらいなんだから、ついてきてもいいんじゃね?どうせ暇だしな」
 竜馬が大きくあくびをする。
「あ、竜馬…!」
 アリサは、「何言うのよ、バカ!」とでも言いたげな顔で、竜馬を睨んだ。
「ああ、なるほど。では、ご一緒しようか」
 祐太朗がついてくるのを確認して、竜馬が歩き出した。


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