「あー、くそ、腹が立つ！」
　6畳ほどの畳の部屋、簡素なその室内で、竜馬が愚痴を言っていた。ここは竜馬の部屋。隣の居間では、女性陣が楽しそうに話をしている。夕飯を済ませた一同はまた楽しく話を始めたのだが、竜馬がそこにいるとアリサや百合子が暴走するせいで、竜馬は避難を余儀なくされていた。
「妹ねー。俺は弟2人だからわからん感覚だわ」
　テーブルの上に広げられたプラモデルのパーツを、ピンセットで1つ1つ丁寧に組み立てていく修平。精密作業をしながらのせいか、竜馬の言葉に対しても、生返事を返すことが多くなっていた。その横には、興味津々にプラモデルを見つめている真優美の姿がある。
「なんであいつがあんな腹立つかわからん。というか、あいつマジで俺を目の敵にしやがる。腹立つなー」
　畳の上に、竜馬がごろりと横になる。そして、修平が持ってきたマンガを読み始めた。マンガに登場する機械のほとんどが、架空の2足歩行ロボットだ。現実では、人間を乗せて走り回ったりするようなロボットはまだ性能が高くないし、一般化もされていない。ロボットアクションにあこがれるのは、男子の共通認識なのだろうか。
「妹さんがいるだけいいじゃないですかぁ。あたしも、妹欲しかったなあ…」
　修平のプラモデルを見ながら、真優美が手を動かす。彼女が持っているのは壊れたラジカセだ。真優美は機械関係にはかなり詳しい。今はどうやら、修平の作るロボットの兵器を、見よう見まねで形作っているようだ。
「ったく…器用じゃないからプラモの作り方教えてくれって頼んでたくせに。俺、なんのために作ってるんだよ？愚痴言ってないで、見てろよ？」
　カチッ
　音がして、プラスチックの部品がはまった。プラモデルは、だいぶ形を作りつつある。
「一時的にでもいいから、逃げ出したかったんだよ。悪かった」
「いいけどさ。そこにあるパーツ取ってくれ」
　謝る竜馬に、修平が指示を出す。竜馬は言われたとおりに、プラスチックの部品を渡した。
「そういや、俺はここで産まれ育ったけど、お前どこ出身だっけ？」
　手を休め、修平が振り返る。
「石川だよ」
　ちらりと、竜馬は修平を見た。
「石川…ああ、兼六園とかいう、三大名園に名を連ねる日本庭園がある場所だな。人口は2045年現在で160万人、県庁所在地と県名が違う県の一つで、日本海で獲れる魚が美味い。古くは加賀と呼ばれ、江戸時代には100万石を越える大きな県だったとか…」
　修平がゆっくりと思い出しながら言った。
「よく知ってますねえ。行ったことあるんですかぁ？」
「行ったことはない。社会が好きなんだよ。地理も歴史もね」
　尊敬のまなざしを向ける真優美に、修平が軽く手を振った。くるりとテーブルの方に向き直り、修平はもう一度プラモデルに取り組み始めた。
「あたし、弟が1人いるんですよね。でも、あの子もあたしをダメわんこ扱いして…はぁぁ、妹だったらきっともっと仲良く出来たのになあ…」
　真優美がため息をついた。手に持つプラスチック片に、ピンバイスで穴を開ける。
「うーん、そっか。困ったもんだね」
　竜馬が真優美の横に腰を下ろした。びくっ、と真優美がその場を退く。
「どうした？」
「竜馬君、先週、いきなり抱きついたじゃないですかぁ。またされるのかと思って…」
　真優美の顔は不信感たっぷりだ。
「し、しないよ。ありゃ、一時の気の迷いだって。安心してよ」
　竜馬が慌てて弁解した。
「それならいいですけど…うん、だって、好きな竜馬君には、かっこよくいてほしいんだから…」
　ばきぃっ
　怒ったような悲しんだような、微妙な顔のまま、真優美がプラスチックの板を割った。
「しっかしなー。お前、こっちの部屋にいていいのか？」
　心配そうな声で修平が問う。
「う…居間に行けって？」
　竜馬が面白くなさそうな顔をする。
「そうは言わないが…妹さん、何話すかわからんのだろ？アリサちゃんもいるぜ？」
「そういえば……」
　竜馬は胃に重い物を感じた。嫌な予感が、竜馬の中を駆けめぐる。襖は薄いので、隣の部屋の会話は聞こえていたが、聞く気がなかった竜馬は断片的にしか覚えていなかった。
「顔が青いぞ。よっぽど嫌いなんだな」
　かち
　音を立てて、修平がパーツをはめ込む。
「ん…まだやんちゃが抜けた方だよ。あいつが小学生のころなんか、まんまプロレスごっこだったぜ。嫌な思いはまだしてるが、成長したんだなって、ちょっと驚いたよ」
　竜馬が考え込む。来たときの膝蹴りは痛かったが、思えばそれほど暴れているわけでもない。昔はもっとひどかったことを考えると、落ち着いているように見える。
「そりゃあ、成長しますよぉ。悪い子じゃなくなったでしょ？」
　真優美がにこにこしながら竜馬を見つめた。
「まあね。ただ、今はアリサ気質が目に見えてるけど」
「アリサ気質…なんですか？それ」
「要するに、直接的な暴力がなくなった分、嫌味言うようになった、ってことさ」
　きょとんとする真優美に、竜馬が言葉を返した。と、部屋の襖が開き、アリサが顔を見せた。
「みんな、こっちおいでよ…ああ、なんか作ってるのね」
　アリサがにこにこと笑っている。彼女は一度引っ込んで、もう一度竜馬の部屋に入ってきた。お盆とティーセットを持ってきたようだ。
「アリサか…噂をすれば…」
「くふふ。お茶、淹れてあげる。修平、ちょっとごめんね」
　げんなりしている竜馬と対照的に、アリサはとてもはつらつとしていた。何か良いことでもあったかのようだ。修平は、広げていたものを軽く片づけ、お盆を受け取った。
「お姉さんも、久々に百合子ちゃんと話せたからか、すっごく楽しそう。かなり盛り上がってるわよ」
　ポットから急須にお湯を注ぐアリサ。お茶を淹れる傍らで、羊羹を果物ナイフで切り、皿に乗せる。
「ほら、修平も真優美ちゃんも、休んだらいいわよ。目が疲れるでしょ？はい、これは竜馬の分ね」
　アリサが3人の前に湯飲みと羊羹を置く。手に着いた甘い汁を、アリサはぺろりと舐めた。
「おう、ありがとう」
　ニッパーを置き、修平が一息ついた。
「アリサさん、お茶を淹れる手が慣れてますねぇ」
「そりゃそうよ。一般常識よ？料理洗濯、なんでも出来るわよ〜。今すぐだってお嫁さんになれちゃう。くふふ」
　お茶を飲む竜馬を見ながら、アリサがにやにや微笑んだ。
「楽しそうでうらやましいこって。そっち行ってもいじられるだけなら行かねえよ」
「もう、そんなこと言っちゃって。百合子ちゃん、竜馬と久々にあえて、嬉しいって言ってたのに」
　アリサが拗ねたような物言いをする。嘘だ、と竜馬は直感で感じた。百合子はそんなに謙虚な人間ではないということが、竜馬にはよくわかっている。
「百合子ちゃん、いい子じゃない。かわいいわよ。妹にしちゃいたいくらい」
　くすくす笑うアリサ。その言葉に、何かの意図は見えない。どうやら、アリサ相手にはいい子でいたようだ。
「冗談きついぜ…かわいげのかけらもない妹だよ。お前みたいな性格してるね」
　竜馬はきっぱりと言い切った。
「そうねー。私とすっごく気があうもの。いろいろ、教えてもらったりしたわよ」
「…は？」
　アリサの言葉に、竜馬は耳を疑った。あれ以上に恥ずかしいことも、百合子はたっぷりと知っている。
「おま…何を…はは、バカ言うなよ。教えてもらったって何をだ？」
　竜馬は焦りを隠すように、アリサに強がった。
「竜馬の好きな食べ物とかね。鮭のホイル焼きだって？今度、作ってあげるわ」
　竜馬の心配とは対照的に、アリサは何でもないことを口に出した。アリサは本当に聞いていないのか、それとも聞いているのに秘匿しているのか。それを知る術は、今の竜馬にはない。
「ん、出来た〜」
　がちゃん
　テーブルの上に、真優美が作っていた機械を置いた。修平の作っているロボットの持つ銃と、まったく同じ形をしている。
「これは？」
　修平がその銃を握る。拳銃のような形をしているが、どこかおもちゃ感が見て取れた。
「銃口から、赤い光が出るんですよぉ。ちょっと、真似して作ってみましたぁ。テストしますね〜」
　真優美が銃をひょいと持ち上げた。銃口の先にはアリサが座っている。真優美の言うことが本当ならば、赤い光でアリサが照らされるだけなのだろう。
「そうそう、竜馬。さっき百合子ちゃんが言ってたんだけど…」
　アリサがにんまりと笑った。竜馬はそれを見て心の中が凍り付くのを感じた。やはり、竜馬にとって知られたくない、危ない情報をアリサが知っているのか。
「言うなよっ！」
「わ！」
　ヴィー！
　竜馬がアリサを押し倒すのと、真優美が銃の引き金を引くのとは、ほぼ同時だった。まるでレーザーポインタのような真っ赤な光が銃口から飛び出す。1秒ほど出続けていたが、光が当たっている襖の一点が、じりじりと焦げ始めるのが見えた。
「あ…れ？」
　焦げた襖を見て、真優美が顔を青くした。
「こ、焦げてる…」
　襖を撫でる修平。襖は、直径5ミリメートルほどの大きさで、焦げが出来ていた。レーザーはそれなりに一般化しているし、医療機械や鋼材のカッティングにも使われている。天馬高校の生徒会部隊には、レーザーを使ったスタンガンも支給されている。だが、真優美が作ったこれは、SF映画に出てくるレーザーと同じ、一般人が持つことのないような危険な殺傷力を持っている、正に兵器だった。
「あっぶな！何だよそれ！」
　竜馬が真優美に抗議した。彼の顔も真っ青だ。
「ご、ごめんなさい！こんな危ないものになるなんて…」
　真優美はレーザーガンからバッテリーを抜く。
「竜馬…私を、身を挺して守ってくれたの？」
　アリサの目が潤み、竜馬を見つめる。
「や、そういうわけじゃ…危なかったから…」
「危なかったから、助けてくれたのね？」
「違う！他人に聞かれたら恥ずかしいことを言いそうになったからだ！そういうことは、他人がいないときに言えよ！」
「そんな…恥ずかしいなんて…百合子ちゃんが、世界で一番好きな人は誰って私に聞いたから、竜馬って答えたことを言おうと…は、恥ずかしがってるってことは、私に気があるの？」
　アリサの顔が一瞬で紅潮した。やばい、と思った竜馬が、逃げだそうとしたときにはもう遅かった。
　ぎゅううううううう！
「いだだだ！あー！」
「竜馬、大好きっ！もう離さない！」
「やめろっ！いや、やめてくれっ！ぎゃああああ！」
　ごきごきっ！
　アリサが、持ち前の怪力で、竜馬に抱きついた。骨が嫌な音を立てる。竜馬の意識が、ゆっくりと薄れ行く。気絶する前に、最後に見たのは、狼の形相でアリサとケンカを始めた真優美と、何事かと居間から顔を出した3人の姿だった。


前へ　次へ
Novelへ戻る