「はい、お茶」
 長い黒髪を後ろでたばね、ポニーテールにしている地球人女性が、テーブルの上に6つのコップと、お茶請けの砂糖菓子を出した。彼女は竜馬の姉、名を清香と言う。時代劇と和風テイストの好きな女性だ。清香は竜馬と2人でアパートで暮らしており、今日妹が来ることは前から知っていたそうだ。竜馬の妹嫌いを知っていた彼女は、わざと竜馬にこのことを伝えていなかった。
「自己紹介してなかったさ。あたし、錦原百合子。清香と竜馬の妹さ」
 百合子と名乗るその少女は、にこにこと笑った。服装は冬服なのに、どこか夏を感じさせるその少女は、笑い方一つ取っても好感が持てた。
「私はアリサ・シュリマナよ。こっちの子が真優美・マスリで、そっちの耳尻尾が汐見恵理香。さっきは物騒なこと言ってごめんね」
 竜馬の身内だとわかったとたんに、アリサの態度が軟化した。いずれ身内になるのだから、ということをぼそりと言っていたところを見ると、アリサは自分が竜馬と結婚すると信じて疑わないようだった。
「別に問題ないよ?でも、竜馬に彼女ねえ…こんなバカにこんなに美人な人、もったいないさ」
 百合子の目が細くなった。その目は、竜馬の顔を見つめている。
「なんだよ。そんなやつ、彼女じゃねえって」
 抱きついてくるアリサを、竜馬が押しやった。正直なことを言うならば、竜馬はアリサが暖かいので、抱きつかれていてもよかった。だが、これ以上何かあると、百合子が誤解したままになってしまうだろうと思い、アリサを引き離していた。
「うー…」
 真優美が、悔しそうな顔をする。さすがに、妹のいる前で、その兄に抱きつくようなまねは出来ないようだ。その割には、清香の前では、それなりにアタックをかけているが。
「大体、いきなり来るってどういうことだよ。学校は?」
「明日から3連休で休みじゃん。何言ってるさ」
 不機嫌に問いただす竜馬に対して、百合子が当たり前と言いたそうな顔で返事をした。
「3日も泊まるってか?冗談きついぜ…」
 竜馬が、心底嫌そうに、肩を落とした。
「それほど悪い子でもないではないか。何かされる、と思うからそうなるのではないか?」
 恵理香が一口、茶を飲んだ。それに反論したかった竜馬だが、何か気疲れのようなものを感じて、口をつぐんだ。
「すごいよ。来る途中に、でっかいクマがいてさ、道の補修工事のおじさんと一緒に働いてたよ。あんなのいるなんて、東京すごいね〜」
 その場面を思い出しているのだろう。百合子は、楽しそうに笑った。
「あー、あの子ですか。キツネコブラって言うんですよぉ」
 真優美が言うキツネコブラというのは、以前竜馬達が長野の温泉に行ったとき、車の屋根に乗っかって東京に来た生物のことだ。耳は大きく、顔はキツネ、腹は蛇のようになっており、体はクマのように大きい。だが、心は優しいし、とても人なつこい。カップラーメンが大好きで、カップラーメンを食べるお金を稼ぐために、工事現場でアルバイトをしていた。
「やっぱ有名なんだ?誰かのペット?」
「んー、有名って言えば有名ですねえ。あたし、あの子と仲いいんですよぉ」
「あー、すごい!かわいかったなー、写真撮っておけばよかったさ」
 百合子がキツネコブラを思い出し、身もだえした。
「そういえば、東京まで何をしに来たんですかぁ?」
 テーブルの上においてあった和菓子に、真優美が手を出した。。
「今、中学1年生なんだけど、企業見学に来たんさ。将来のことは早めに考えて、問題ないでしょ?」
 百合子はカバンの中から1冊のファイルを取り出した。ファイルの中には、様々な企業が大学や高校に向けて発行している、就職関係のパンフレットが入っている。その中から1枚、百合子がパンフレットを取り出した。
「この会社、気になってるんさ。いいところみたいよ」
 嬉しそうに語る百合子の姿は、未来に希望を持つ少女のそれだった。
「あら、これ、うちのお父さんの会社じゃない」
 パンフレットを覗き込んだアリサが、驚いた顔をした。そこには、「株式会社カイオヤ・コーポレーション」と書かれている。アリサの父親、カイオヤ・シュリマナは、この会社の社長をしている。通称、KOコーポレーション。電子関係のメーカーではそれなりに大きい、中堅どころの会社だ。カイオヤがたった10年で、10人から始まった会社を2000人まで増やした。
「そういえば、社長さんの名前と同じ姓だったね。なんか、偶然とは言え、運命を感じるさ。それが、竜馬の彼女なんだから」
 ちらり、と竜馬を見る百合子。悪意が隠っている。
「なんだよ、その顔は」
 嫌な予感が竜馬を駆け抜ける。
「いっちょまえに男の子しちゃって。キモイったらないさ。高校受験の前、勉強するふりして、えっちビデオ見てたでしょ。知ってるんだ、あたし」
 百合子がくすくす笑う。彼女には、悪意が満ちあふれていた。そう、誰かにも感じる、同じ類の悪意が。
「う、うっせーな!お前…」
「他にもさー、ゲーム屋で、もう会計済ませたと勘違いして、万引き紛いしそうになったこともあったなー」
「そんな、恥ばっか他人がいる前で…」
「某ドラマの主題歌を、風呂場で練習してたりもしたねー。あー、恥ずかしい恥ずかしい、こんなんばっかり」
「やめろよ!バカ!ちくしょぉぉ!」
 がたん!
 竜馬が立ち上がり、玄関へ転がり込んだ。
「竜馬、どこ行くの?」
「こんなところにいられるか!俺はもう限界だ!どっか行ってやるー!」
 驚いて声をかける清香に、竜馬が乱暴に返事した。そして、靴を履くと、乱暴に玄関のドアを開けてどこかへ行ってしまった。
「たったあんだけで発狂するんさ。見てて面白いね」
 百合子の顔は、とても幸せそうだ。
「うん…面白いわ、竜馬。あなたと私、案外気があうかも…」
 アリサが百合子をぎゅっと抱く。この2人は、竜馬をいじめて楽しむという点において、かなり意気投合するようだ。
「よぉ。今、竜馬が泣きながら走ってったが、何かあったんか?」
 開け放された玄関ドアから、体格がとてもいい、人間少年が顔を見せた。彼は砂川修平。竜馬のクラスメートであり、よき友人でもある。修平の腋には、ロボット物のプラモデルの箱が抱えられている。
「ちょっと、な」
「うーん…」
 真優美と恵理香が、顔を見合わせた。


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