これは、2045年、とある高校に入学した少年と、彼をとりまく少年少女の、少しごたごたした物語。
 日常と騒動。愛と友情。ケンカと仲直り。戦いと勝敗。
 そんな、とりとめのないものを書いた、物語である。


 おーばー・ざ・ぺがさす
 第十六話「妹がやってきた!」



 日本には四季がある。春、夏、秋、そして冬。この4つの季節は、1年という長い時間をかけて、ゆっくりと回っていく。そして、11月に入った東京では、秋がゆっくりと終わりを告げ、寒さが目立ち始めた。冷たい風がビルの間を通り過ぎて行く。少し痩せて、黒い髪をぼさぼさにしている地球人少年の男子高校生、錦原竜馬も、この寒さには閉口していた。
「う、あああ…寒みぃ…どうしろってんだよ…」
 学校からの帰り道、竜馬は体を振るわせた。だいぶ日が短くなっているせいか、まだ6時だというのに、空が薄暗くなっている。
「無理するからよ〜。ほら、半分貸してあげるわよ?くふふふ」
 隣を歩いていた、ロングの金髪にクリーム色の体毛、ピンと立った犬耳の獣人少女が、首に巻いているロングマフラーを半分竜馬に差し出した。彼女はアリサ・シュリマナという、竜馬に惚れまくっている女子高生だ。後ろを歩いている、銀髪パーマで褐色体毛の犬獣人は真優美・マスリ、その横の狐耳狐尻尾の獣人ハーフの少女は汐見恵理香と言う。
「いや、いいよ…」
 竜馬は片手を振って、アリサのそれを拒否した。彼は昔、アリサから愛という名のいじめを受けたせいで、彼女のことを嫌いになっている。それでもアリサはくじけずめげず、竜馬に愛を押しつけるアタックをしていた。
「ここ数日で、いきなり寒くなりましたねえ…こういうときには獣人に生まれてよかったって思いますよぉ」
 真優美がコートの襟を直した。確かに、彼女の体毛はとても暖かそうだ。夏は見ているだけで暑苦しかった彼女だが、冬になるにつれて、その体毛が本領を発揮しているようだ。
「うむ、うらやましいな。新しく冬服を買いに行きたいと思っているんだが、みんなよければ、明日の土曜日にでも行かないか?」
 恵理香が順繰りに顔を見た。
「あ、いいですねえ。美華子ちゃんも誘って」
 真優美がにっこりと笑う。美華子と言うのは、彼女たちの共通の友人の名だ。フルネームは松葉美華子。銃を扱うスキルが高い少女で、ショートボブの茶髪に、金色の目をしている。
「美華子か。彼女はこの間、男に言い寄られていたのを見たよ」
 恵理香が少し上を向き、記憶をたぐり寄せた。
「え、それって、眼鏡の気の弱そうな人ですか?それとも、金髪にしてて背の高い、あからさまに不良な人?」
 真優美が顔をしかめる。前者は、美華子に告白して振られた後、事情があって学校をやめてしまった少年。後者は、美華子と付き合っていたとき、美華子に対してよろしくないことをして別れた少年だ。前者を城山、後者を三木下と言う。
「いや、どちらでもないな。年上だったのではないかな。彼女は、好きな人がいるからと言って、誘いを断っていたよ」
 ふうと恵理香が息をつく。また冷たい風が吹いていった。
「誰なんでしょうねえ…好きな人って」
 真優美が顎に手を置き、悩み込む。そのとき、ピピピと、音がなった。竜馬が携帯電話を取りだし、開く。
「わかんないけど…でも、あの子、最近女の子っぽくなってきたよね。あーあ、私もロマンスしたいなあ。ね、竜馬?」
 ぎゅう
 アリサが竜馬の腕に抱きついた。ここで、いつもならばアリサが振り払われるはずだったが、今日はそんなことがなかった。竜馬が、携帯電話の画面を見て、凍り付いている。
「どうしたのよ?竜馬?」
 アリサが竜馬の目の前で手を振るが、竜馬はそれに反応する素振りすら見せない。耳を引っ張っても、頬を叩いても、手をぐいと引いても、反応しなかった。
「気絶してる…ってわけじゃないですよね」
 真優美がじいっと竜馬の目を見る。竜馬の目が死んでいる。腐った魚の目だ。
「この隙にちゅーしちゃおっと」
 アリサが口を近づける。
「あー、だめー!」
 それを真優美が慌てて止めた。彼女もまた竜馬に惚れており、アリサほどではないがアタックをかけている。目の前でキスをされるなど、許せないのだろう。
「離しなさいよー!ダメわんこのくせにー!」
「嫌です!アリサさんの意地悪!バカー!」
 アリサと真優美が、わにゃわにゃとケンカを始めた。が、竜馬はそれにすら興味を示さなかった。
「どうした?体調でも悪いのか?困ったものだな。引きずっていくわけにも…」
「…来る…」
「え?」
 竜馬が小さい声で何かをつぶやいた。恵理香が狐の耳を竜馬に寄せる。
「妹が…来る…あいつが…」
 さっきよりははっきりした声で、竜馬が言った。それでもまだ蚊の鳴くような声だが。
「妹って、前言ってた、仲の悪い妹さんですかぁ?」
 ケンカをする手を止め、真優美が聞いた。
「ああ…しかも、今日…来るって…う、嘘だろ?お、おい!どうしろってんだよ!」
 持っていた携帯電話を投げ出し、竜馬が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「妹が嫌いなんて、初めて聞いたわ〜。そんなに嫌なの?」
「嫌だよ!あー、思い出すだけで腹が立つ!あいつが来るとかマジありえねえよ!」
 竜馬が叫んだ。その言葉は、魂の叫び声だ。とても嫌がっているというのが、傍目にも痛いほどわかった。
「うーん、大変ねえ…ね、今日はうちに泊まっていかない?」
 アリサがにやにやと笑いながら、竜馬にすり寄った。真優美が額にしわを寄せる。それでも止めないのは、竜馬がアリサの家に進んで泊まりに行くことがないと確信しているからだろう。
「最悪中の最悪ならば、それもありかもしれん…が、ネットカフェに泊まるからいいよ。大体、アリサの家になんか泊まったら、何されるか…ん?」
 竜馬が言葉を切った。アリサがいない。彼女は、携帯電話でどこかに電話をかけていた。少し話して、電話を切る。
「お姉さんに聞いたら、もう駅について、歩いて来てるんだって。ねえ、早く決めないと、知らないよ?」
 アリサがいやらしく笑う。彼女はきっと、何かよからぬ妄想に浸っているのだろう。
「そういう事情ならば、あたしの家でもいいですし…」
 真優美が恥ずかしそうにもじもじしながら、竜馬をちらりと見た。真優美の目には、小さな期待がこもっている。
「ともかく、なんとかしなきゃいけんな、どうにかして逃げる算段を立てないと…」
 竜馬がぶつぶつ言って、ふらふらと歩いた。
「確かに、あいたくない相手にあわなければならない、というのは苦痛よな。竜馬も…ん?」
 恵理香が顔を上げた。駅方面の道から、大きな荷物を持った、黒髪ツインテールで、少し日焼けをした少女が走ってくる。
「見つけたー!」
「あ?」
 少女が叫んだ。その声に、竜馬が振り向く。と、少女は荷物を切り離すように投げ捨て、高く跳躍した。
 がんっ!
「ぎゃあ!」
 少女が突きだした片膝が、竜馬の顔に吸い込まれるように向かい、激しくぶつかった。竜馬がアスファルトに倒れこむ。
「相変わらずとろいね。まさか入るとは思わなかったさ」
 少女はくすくすと笑った。顔を押さえる竜馬に、真優美が心配そうに駆け寄った。そして、アリサが少女に向かって、敵意をむき出しにして詰め寄った。
「あんた、私の竜馬に何すんの?ブッ殺スよ、マジで。調子くれてると痛い目みんよ?」
 心なしか、アリサが口に出す言葉まで、ケンカを売っているかのようだ。少女はしばらくきょとんとしていたが、豪快に笑い出した。
「何?竜馬、彼女いるの?うわ、キモい竜馬にも彼女出来たんだ?よかったじゃん」
 少女がまた笑う。その笑い方は、竜馬をバカにしているようでもあり、逆に近しい友人のように扱っている様子でもあった。
「ずいぶんと礼儀知らずだな。知り合いか?」
 恵理香が眉根をしかめる。
「ああ…そうさ、昔から知ってるさ。なんせ、こいつは俺の妹だからな…」
 竜馬が憎々しげに言い放ち、がくりと倒れた。


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