それから5日が過ぎた。相変わらず、コイレからの弁当は届き続けた。美味い物を食べているはずの修平だったが、弁当を食べるたび、何かを悩むようになっていた。学校が終わり、竜馬の家にこうして遊びに来た彼だったが、その間もずっと悩み続けていた。
「よくもまあ、毎日あんなことしてられるよね。痛くないの?」
美華子が修平の顔を覗き込む。部屋にいるのは、真優美、美華子、竜馬、そして修平の4人だ。
「ああ、痛くはないよ。手加減されてんのかな。はは」
小さく笑う彼の体は傷だらけだ。あれから修平は、何度もコイレに挑んだが、戦い慣れをしているコイレ相手にはなかなか勝つことが出来なかった。そもそも、フェミニストが入っている彼が、女性を殴ろうとしても無理がある。勢い、パワーレスリングのような寝技に持ち込もうという方向になってしまい、それが修平本来の戦闘スタイルを乱していた。
『HAHAHA!今日こそ最後だな、カテキング!』
テレビでは、おじさんおばさんから少年少女まで思わず見入ってしまう特撮アニメ「飲料戦者カテキング」を放送している。それぞれ、カテキングは好きな番組なので、チャンネル争いが起きることもなく、テレビに見入っていた。
「あ、この人、祐太朗君に似てませんかぁ?」
テレビに映ったライオンの獣人を、真優美が指さした。祐太朗というのは、本名を西田祐太朗と言う、獅子獣人の少年だ。普段は謙虚で礼儀を忘れない紳士なのだが、アリサにこれ以上ないほどに惚れており、それに関しては理性を失う部分があった。
「祐太朗か。あいつ、とっととアリサ連れてってくれねえかな…」
竜馬が、わざとらしいほど大きいため息をつく。
「お前が彼女作っちまえば、アリサちゃんも何も言わなくなると思うぜ。いないのかよ?」
「いないな…うん。つか、他の女に手出したいのはやまやまなんだが、報復が怖いな」
茶化すような言い方の修平に、竜馬が真面目な顔をして答えた。
「最近、美華子ちゃんが、竜馬君にひっついてる感じするんですよねえ…」
不安そうな、それでいて怒っているような顔で、真優美が美華子を見つめる。美華子はそれに対して特に反応もしなかったが、少しだけ焦った表情を見せた。
「修平も、彼女作れば、コイレさんのことで悩むこともないだろうに」
竜馬が苦笑する。
「いや、彼女に勝つか、彼女に勝てる人を連れてこないといけんだろ。けじめがつかん。俺、もう毎日挑んでんだぜ。格ゲーで勝てないやつの気持ちがよくわかる…」
ばたん
「ただいまー」
扉の開く音で、修平の言葉がうち切られた。玄関のドアが開き、一人の女性が中に入る。長い黒髪、色の白い肌。竜馬の姉、清香だ。
「あ、錦原のお姉さん」
美華子が清香に顔を向けた。
「おじゃましてます〜」
「ああ、うん」
真優美がにっこり笑い、清香の方を向いた。清香も、それに答えるようにうなずく。
「いやー、外やばいよ。寒い。コート出しておいて正解…ん?」
にこにこしていた清香の顔が、一瞬で変わる。その目は、修平の傷だらけの姿を捉えていた。
「最近あってないと思ったら、どうしたのよ?それ。ずいぶん痛そうだね〜」
背負っていた荷物を置き、清香が修平の隣に座る。見るだけで、擦り傷やみみず腫れが多い修平は、何かハードな運動練習でもした後のようにも見えた。
「大丈夫っす、大したことじゃないですから」
修平は、清香から顔を背けた。目をあわせられない。最近、意図的に彼女とあうことをやめていたが、こうして顔を見ると、今の悩みが吹き出しそうになる。
「大したことだよ。何があったの?」
「えーと…ちょっと、転んで。自転車で。しかも、転んだ先が、よくわからん端材とか転がってたんすよ。鉄っぽいので、切っちゃったりとか…」
心配する清香を安心させようと、修平は嘘をついた。周りの3人が、どうするべきかと顔を見合わせる。
「そんな怪我するほどでもないでしょ?大体、制服はまったく破れてないじゃん」
「い、今のこれ、夏服なんすよ。冬服は破れちゃって…」
「それにしちゃ分厚い布じゃない。着てるベストだって、2枚持ってるわけじゃないだろうし」
「べ、ベストは破れなかったんすよ。いいじゃないですか。ほ、ほら。竜馬が飯作ってくれましたよ」
修平が、清香の背中を押し、キッチンへと連れていく。
「修平」
立ち止まった清香が、くるりと後ろを向いた。
「心配されまいとするのはやめな。相手に、もっと大きな心配をかける。ま、そこまで頼りないと思われてちゃ、なんとも言い様はないけどね」
清香がため息をついて、作ってあった炒飯を皿に盛りつけた。
「…心配させたくないわけじゃないんす。なんつか、みっともない様を見せたくないっつか…自分のことしか考えてなくて、ごめんなさい…」
修平が頭を下げた。清香が、片手をその頭に置き、優しく撫でた。
「バカだね、この子は。竜馬とまた違う優しさを感じるけど、ここはあたしの心配を取り除くことを考えてほしい。詳しく、話してごらん?」
「あ、ええ…」
修平が清香に、ぼそぼそした声で事情を説明し始めた。その顔は、好きな女性にみっともない話をしたくない、と言った風にも見えた。
「なあ…これはおーばー・ざ・ぺがさすっていうギャグノベルで、恋愛小説とは関係ないんだよな?」
竜馬が、美華子と真優美の顔を順繰りに見つめる。
「うう、恋愛ではあって欲しいですよ。竜馬君のこと、好きだもん…」
真優美がうつむいて、顔を隠した。
「そんなこと言われても…前も言ったかも知れないけど…」
「竜馬君…言いたいこと、わかりますよね?やっぱり、アリサさんの方が…?」
真優美がじっと竜馬を見つめている。その目に涙が溜まっている。悲しそうなその顔は、美しさとかわいらしさが入り交じる、少女の顔だ。そしてその瞬間、竜馬は狼となった。
「真優美ちゃん、かーいいな!かあいい!」
ぎゅう!
竜馬が真優美を抱きしめた。
「きゃあ!?」
突然のことに反応できず、叫び声をあげる真優美。尻尾がぴーんと張る。
「そうだよな、アリサがいない場所でまで、自制することはないんだよな!」
ぎゅううう
彼女が逃げられないほどの腕力で、竜馬が抱きしめ続ける。
「う、うう、あーん!あーん!」
混乱してしまった真優美は、涙をぽろぽろこぼして、泣き始めた。
「かあいいよ、真優美ちゃん!やばい!」
「やめてー!やめてよぉ、竜馬君!あーん!あーん!」
美華子が呆気にとられている前で、竜馬が真優美に頬ずりをした。まるで痴漢のような行いだ。もっとも、これだけおおっぴらに手を出す痴漢はいないだろうが。
「あんた、何やってんの…?」
気が付くと、竜馬の後ろに清香が立っていた。話をしていた修平が、清香のそのオーラに怯え、震えている。
「や、スキンシップをして、親交を深めようと…」
竜馬が頬ずりをやめ、冷や汗を流した。
「い、いいじゃねえかよ!俺はアリサなんか嫌いなんだよ!今回、俺が主役じゃないんだから、これぐらいしてもいいじゃねえか!」
竜馬は逆切れしながら、真優美をぎゅっと抱く。
「竜馬君、えっち、嫌いです!う、うう、優しい竜馬君じゃないと、大嫌いです!えぐ、えぐ、バカー!」
泣きながら逃げる真優美。心のよりどころを求めるように、美華子に抱きつく。
「馬鹿野郎!女の子に手出すなんざ千年早いんだよぉ!」
どげしっ!
「ふぐぁ!」
清香の長い足が、竜馬の頭を蹴りとばした。
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