4階に来た3人は、指定された場所に、一人の女性が座っているのを見つけた。後ろ姿では顔までは見えない。ベンチに座り、時折携帯電話を気にしている。髪は黒く、ふわっとボリュームがあった。
「あれかな…」
 こそこそと修平が覗く。
「うん、あれだね。たぶん」
 その横から、美華子が顔を出した。竜馬も一緒に顔を出した。身のこなし、服装から見るに、とてもしっかりしている女性のようだ。
「ほら、行って来いよ。好きですって」
 どんっ
 竜馬が修平の背中を、張り飛ばすように押し出した。
「ばっ、お前!何…」
「あ…その声は、砂川君?」
 修平の言葉が、途中でうち切られた。ぱっと、修平が女性の方を見る。女性が、ゆっくりゆっくりと振り返った。
「あ、あなたが…え…え?」
 修平は目を疑った。振り返った彼女は、地球人でも獣人でもない、爬虫人だった。立ち上がってみれば、確かに大きな尻尾が見える。修平が目を疑ったのは、彼女が爬虫人種だったからではない。彼がよく見る顔がそこにあったからだ。
「あ…」
 竜馬も美華子もその顔に見覚えがあった。皆がよく行くレストランで、ウェイトレスをしている女性だ。何度もその店に行くので、既に顔を覚えている。
「本当に来てくれたんだ…嬉しい。お弁当、美味しかった?」
 女性がにっこりと笑った。見ようによっては、そのほほえみが怖くもある。
「え、ええ。美味しかった、です。ありがとう」
 修平がおどおどしながら弁当箱を渡した。
「いやー、道理で料理が上手いはずだよ…そりゃ、レストラン勤務じゃ…」
「関係ないと思うよ。フロア入ってんのにキッチンの仕事は覚えられないでしょ」
 竜馬と美華子が、こそこそと覗きながら、ひそひそと話し合った。竜馬の本音としては、あそこまでしっかりとした弁当を作れるという人がいることで、少し劣等感を感じていた。彼は料理が上手いと仲間内で言われている。もちろん、恵理香を除いて、まともな料理を作れないメンバーはいない。しかし、毎日自分で食べる食事を作っているということで、料理の技術は高いと思っていた。それが、あそこまでしっかりとした「料理」を見せつけられて、少しだけ悔しい思いをしていたのだ。
「まだ自己紹介してなかったね。3年、コイレ・オケウェって言います。いつもうちの店に来てくれてありがとう」
 コイレは嬉しそうに修平を見つめた。その視線にはどこか熱っぽいものを感じる。
「あ…い、いえ。あそこが美味しいもんですから。えーと、オケエさん、でいいんすか?」
「コイレでいいよ。この国のしきたりに従った名前になってるけど、本当は長い名前があるの」
「あ、そうなんすか。じゃあ、俺も修平って呼んでもらえれば…」
 2人はこれといったところのない会話を始めた。好きな教科、苦手教科、名前の意味や出身地、得意なことなどだ。いつまで経っても本筋に入らない会話に、竜馬と美華子はいらいらしはじめた。
「はあ…と、ところで、なんで俺に弁当を?」
 とうとう話すことがなくなり、修平が本題を持ち出した。
「もちろん、君が好きだから。急でごめんね。なんだか、我慢出来なくて」
「はあ、そうですか…え?」
 さらりと言うコイレに、修平がたじろいだ。
「ええ、えええ?そんな、俺なんかなんの取り柄もないバカっすよ?それなのに、なぜ…」
 修平があたふたと手を振った。彼はどうやら、あまりにも事が簡単に運んでいるので、混乱しているようだ。無理もない、と竜馬は思った。彼自身、アリサに告白されたときは、とても混乱した。彼女がいじめっ子だったというのもあるが、唐突に告白をされるということは、男性にしろ女性にしろ驚くことに変わりはない。
「あ、あの、俺、実は片思いの女性がいて…」
「じゃあ、あたしと付き合ってくれれば両思いの恋人が出来るんじゃない?」
「そ、そうじゃなくて、その、その人のことを忘れられないと言うか…」
「大丈夫大丈夫、すぐに忘れるくらいにしてあげるから」
「つーか、まだ好きだし、その人に告白すらしてないし…そ、そんな言葉尻を捕らえられても困るっすよ」
 しどろもどろになっている修平とは対照的に、コイレは落ち着いていた。話の流れから見るに、修平は一時的に待って欲しいと言いたいようだ。
「と、とりあえず、今はまだどうも言えないから、待ってくださいよ…」
 コイレの追撃を振り払って、修平が言い切った。
「今返事しても後で返事しても、結果は同じでしょ?なんで?」
 コイレが首を傾げる。彼女の中では、修平と恋仲になることで決定しているらしい。
「え、えーと…あ!お、俺、ものすっごい性欲魔人ですよ?ほんと、エロでエロで仕方なくて、三度の飯より…」
 がすっ!
「ふぐっ…!」
 修平が倒れた。彼の後頭部には、小さな注射器が刺さっている。もしやと思って竜馬が見れば、美華子の手におもちゃのハンドガンが握られていた。
「失礼。こいつ、今はまだ興奮してるから、後にしてあげてください。じゃ」
 銃をしまった美華子が、コイレに一つ礼をして、修平を引きずって持ち帰った。こんな状況は想像していなかったらしく、コイレが呆気にとられて見送る。
「美華子さん、ガッツあるなあ…もしかして例の、人の物だと思うと欲しくなるってやつ?」
 倒れている修平を竜馬が担ぐ。
「いや、別に。放送禁止用語が出そうだったから止めただけ。修平には食指が動かないよ」
 首に刺さっている注射器を抜く美華子。おそらく、麻酔薬のようなものが入っていたようだ。美華子は前にも、笑気ガスの入ったスプレーガンを携帯していたことがある。一体、彼女はどこからこんなものを調達してくるのだろうか。
 後に残されたコイレは、しばらくはぼーっとしていたが、はっと気が付いて修平の後ろ姿を追った。そして、隣にいる美華子の背中を、穴が空くほど見つめた。
「あれが、好きな子なのね…確か、松葉美華子さん…前から戦いたいと思ってたわ…」
 コイレが小声でつぶやいた。彼女の目の奥には、どす黒い炎が、ちらちらと燃えていた。


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